第13話 人のもつ感覚――緻密さと精妙さ
通常空間に戻った<ケイローン>の超光速航行システムの心臓部はまだ振動していた。そこに起こりつづけている共鳴によって。
<ケイローン>の人格コンピューター、ペールとメールは、振動が繰り返された場合の疲労限界を計算し終えていた。システムのコア部分には、すでに目に見えないほど微細な亀裂が幾つかあることも検知していた。このままの状況がつづけば、いつか<ケイローン>は、超高速航行の機能を失うこともはっきり認識していた。
むろん、それをただ見過ごすようなペールとメールではなかった。思案をもちより、共鳴を止める手立てをひねり出そうと努力はされていた。だが、今のところ、解決策は見つかっていなかった。
そのころ、<ケイローン>のレーダースクリーンに数十個の光点が映しだされた。高速で接近してくるアルナブのルーヌ・カマル団であった。
「ヒドラ様の戦団をレーダーに確認しました!」
アルナブはすぐに指示を下した。
「よろしい、短距離超光速航行に入って、一気に距離を詰めよ!」
レーダー画面から光点の消えたことを目にしたヒドラは、
「やりおるな、アルナブ! 目の覚めるようなことをやりおる」
と呟いて、久しぶりの爽快感を味わっていた。
「わが方も乱れた団形を整え、加速して接触に備えよ」
<ケイローン>艦橋の床から振動が這いのぼり、身体が加速度に圧されるのを感じた。誰の顔にも久しぶりの高揚感があった。
「短距離超光速航行離脱後、即座にアズライール団の位置を走査。減速の準備を怠るな! 一隻たりとも衝突などまかりならん!」
<ウェルキエル>艦橋で、アルナブの緊迫した声がとぶ。
「通常空間復帰まであと三分です」
彼女はただ肯いてみせた。
「機関士、わが方も短距離超光速航行をかけるぞ! 小娘の鼻をあかすのだ! 少し遊んでやろうじゃないか」
ヒドラは沈着に指令席にある、レーダー画面を睨んで計算をすませると、
「跳躍時間は二分、即時突入待機! 秒読み開始は三十秒後とする」
と指示した。
超次元を跳躍している<ウェルキエル>のレーダーには何も映っていなかった。
そのときアルナブは、全天宇宙図にある、赤く瞬く輝点が高速で移動しはじめたことに気づいた。
まずい……このままでは大惨事になる……。
だが彼女は冷静に、目盛りと輝点との位置関係を見つづけていた。
「全艦にMBH通信にて通達! 即時離脱準備、即時最大減速準備!」
アズライール団がMBH通信を傍受してから減速しても衝突は回避できまい。すべてはこちらにかかっているというわけか……。
<ウェルキエル>の航法士も通信士も機関士も、冷や汗を流している。
アルナブは祈るような気持ちで、感覚に流れてくるものを信じた。
「離脱せよ!」
通常空間に戻っていたアズライール団の眼前に、ルーヌ・カマル団が突如出現するやいなや、凄まじい炎を吐いて急減速するのが見えた。
「なんと! これはいかにも近すぎるというものだ! アルナブめ、やりおるわい! わが方も短距離超光速航行に入っていたのだ、相互距離は掴めなかったはず……通信も途絶するなかでこうも鮮やかに……。小娘は返上するというわけだな、さしずめまだ若い雌獅子といったところか」
ルーヌ・カマル団は、さらに減速しながら団形を整え、堵列整然としたまま、アズライール団の側方に並んで、艦首を海王星に向け終えている。数こそ三十隻にみたない小規模な戦団だったが、ヒドラはその堂々とした挙動に胸打たれていた。
それは、科学技術万能の世紀にあって感覚だけを頼りにした合同といえた。ヒドラもアルナブもそのことに気づいていた。人間のもつ感覚の緻密さと精妙さに。




