38話:S事件―心が温まる小夜曲
温かい。何だろう、この温もりは。あの頃みたいな。誰かが近くにいる。とても温かな誰か。姉さん。姉さんがいるようなあの感じ。
「信也君、気がついたんですね」
嬉しそうな、そんな声がした。誰だろう。この声。寝ぼけ眼で、そちらをみる。
「良かったよ、無事で。本当に、」
泣いているのか、俺の頬に少し温かい水が落ちてくる。
「ん…ここは」
俺は、体を起こして、周りを確認する。どうやら、どこかの部屋、それも誰かが日常的に使っている部屋のようだ。女の人の部屋という感じがする。そして、ようやく横を見ると、そこには、お嬢様が居た。
「お嬢様、いったい何が」
何があったのか。そう聞こうとして、違和感を覚える。体が痛まない。《銀狼》は爆弾を体に巻いて、最後に、爆発させた。あの距離なら、俺も無傷ではすまないはず。なのに、傷はないし、車が転倒したときに、それなりに体がダメージを受けたはずなのに痛みもない。どうなっているんだ。もしかして、傷が癒えるほどの期間寝ていたとか。いや、見えるカレンダーはまだ五月。どうやら、眠っていたとしても多くて二週間のようだ。
「俺、どのくらい寝てました?」
「う~んと、まだ一日は経ってないかな」
そんなバカな。俺はどんな回復力をしているんだ。おかしい。
「どうしたの?信也君」
「あの、俺、怪我は」
「えっ?ああ、うん。もう大丈夫だと思うよ」
大丈夫というのは、いったいどういうことだろうか。普通、あの手の爆弾は、規模にもよるが、大抵、軽くて全治数週間はかかる。それが、痛みもないレベルまできて、一日経ってないという。まあ、とりあえず、それは、置いておこう。多分いつまで経っても答えは出ないだろう。
「ここは」
まずはここがどこなのか。それを確認しなくては。まあ、とりあえず、敵に拉致されたという可能性はないだろう。
「あ、私の部屋ですよ」
ん?お嬢様の部屋。そう言ったのか。そういえば、かかっている布団からとても良い匂いがする。そう感じると少し頬が赤くなってしまった気がする。
「そういえばあの後、どうなったんです?」
「犯人グループの一人は自殺。残った四人は全員逮捕。結局、自殺した人の素性は分からなかったらしいよ」
《銀狼》については、やはり、情報は得られなかったか。気になるのは、《影》という人物と《銀狼》の口にしたマミという人物。マミは、俺の関係者らしいが、心当たりはない。しかし、これからも警戒は必要だな。
「ねぇ、信也君。お願いがあるの…」
考え事をしていると、お嬢様が、重々しく口を開く。
「あのね、私の護衛、信也君は、外れてくれないかな」
どういうことだ、と聞く気はない。それはそうだろう。守れたとはいえ、敵の巻き添えを喰うような奴を護衛につけ続けるわけには、いかないだろうからな。
「だからね、今度学園で逢ったら、《お嬢様》としてではなく、《先輩》として見てね」
それは、どういった意味だろうか。普通に捉えて、護衛対象ではなくなったのだから他人として見ろという忠告なのだろうか。しかし、違うような気がする。
「だから、また、一緒にご飯食べようね」
どうやら、先ほどの解釈は違ったようだ。まあ、解釈なんていうものはどうでもいいか。そして、俺は笑う。
「はい、また、食べましょう」




