13話:追憶《おはじき》
銃の手入れをしながら、俺は、思考を廻らせる。藍と咲耶。2人の関係性について。しかし、やはり、いくら考えても、答えは見つからない。そのとき、誤って弾を落としてしまった。
――カラン。コロコロ、カチッ。
そんな、音を聞いたときに、何か記憶の奥底で、眠る記憶が蘇った。
数年前、俺が、《PP》に入隊して間もない頃。俺は、薬莢を落とした。そして、匡子先輩がやってきて、説教をする。
「戦場では、弾を落とすのは御法度よ。敵に位置を悟られるし、拾っている暇はないし、慌ててる間に撃ち殺されるわ。さっき理論を教えた《おはじき》って技も、相手の動きを見て、秒以下の速さが必要なんだから。こんなんじゃ……」
そんなことは、俺にも分かっている。しかし、落としてしまったのだからしょうがない。
「はぁ、まあいいわ。早く慣れて、落とさないようになりなさい」
そんな、やる気の無い言葉で、「今日は訓練終了」と言われたに等しい俺は、ベレッタを持ち、部屋から出た。いつもは、この時間に射撃訓練をしているのだが、今日は、弾入れの練習をするべきだと判断して、部屋へ向かった。
すると、格闘練習でもやっているのか、殴りつけるような音が響いてきた。しかし妙だ。格闘訓練は、訓練室以外で行ったら罰則の対象だし、こんな廊下でやるようなことじゃない。しばらく歩くと、怒声が聞こえてきた。
「むかつくんだよ!んだよ、文句があんのか!!」
この声、確か、咲耶の上官の声だな。そして、通路に差し掛かったときに見たのは、銃を抜いた上官と、壁にもたれかかって、頭から血を流している咲耶。この射線上で、急な、対応。しかし、あの銃の動き。間違いなく、咲耶の心臓、もしくはそれに近い重要臓器を狙っている。このままだと、咲耶は死ぬ。俺の射線上に在るのは壁のみ。俺は、ここから、出来ることを咄嗟にやった。
――パァアン!
派手な銃声が上がる。その直後、ほぼ同時と言ってもいいくらいに、もう一発。
――パァアン!
銃声が鳴る。二発目を放ったのはこの俺だ。あのままでは咲耶は死んでいた。だから死なないように、撃ったのだ。
銃声を聞いて、人が集まる。そして、逸早くやって来た匡子先輩が、俺に事情を聞く。
「何があったの?何なのよ。いったいどうなってるの?」
そして、発砲した上官は、笑いながら、こちらへやってくる。
「撃ったんだよ。俺が」
そう失望したかの様な表情でこちらにやってくる。一方で、その数刻後、咲耶が、驚きながら、ふらふらと立った。そして、それを見た、上官は、驚愕、そして、恐怖。
「そんなバカな!いま、俺は撃って、こ、殺したはずなのに……」
「どういうことかしら?羽野山《指揮官》?」
「ちょ、ちょっと、アンタ、何かやったの?」
匡子先輩が俺に問う。そう、咲耶が生きているのは、俺の咄嗟の行動。咲耶とあの上官の向こうにあるのが壁だけだったから出来たことだ。上官が引きがねを引くのとほぼ同じタイミングで、発砲。そして、銃弾を銃弾で撃ち、弾いたのだ。
「ちょっとやってみたんだよ。《銃弾弾き》ってのをね」
そう、今日、匡子先輩にやり方だけを教わった銃弾弾きをやってみたのだ。銃弾が銃弾を弾く様子から、「おはじき」と名づけられたこの技を。
「うっそ……。教えたのついさっきよ。しかも、手順だけなのに……。まるで、」
まるでで、言葉を切る匡子先輩。その続きは、帰ってこなかった。
「確かに、きちんと射線が交差した地点で、当たるように撃ったみたいね。見事に、銃弾のど真ん中に衝突痕が出来ちゃってる」
これが俺が始めて撃った、銃技だ。俺は、他にも、匡子先輩にいくつかの技を教わり、それが出来るように、直感と特訓を積み重ねた。そして、様々な技をモノにしたのだ。
そんなことを、思い出したせいか、藍と咲耶のことよりも、眠ることを優先しようと言う気分になり、ベレッタの整備を終わらせ、きちんとしまい、寝ることにした。




