10話:咲耶
制服を着せた咲耶を連れ、忍び足で、誰にも見つからないように職員室へ向かう。ちなみに、咲耶は、拳銃をスカートの中に隠しているため、見えやすいので注意しなくてはならない。二丁のワルサーが「こんにちはして」しまったら、もうアウトなのだから。
咲耶を職員室まで連れて行った。担任や複数の教師に説明を受け始めたので、俺は、それを置いて教室へ向かった。そして、廊下。俺は、逢ってはならない人物とすれ違ってしまった。もちろん加奈穂だ。
「みやくん」
間違いなく呟いた。俺の昔のあだ名を。だから、俺は、聞こえなかった振りをして、教室へ急ぐ。不自然なほどに、急ぐ。
教室では、転入生の話題で持ちきりだった。
「あの、信也さん。信也さんは、どのような人が来るのかご存知なんですか?」
「そういやぁ、部屋の前にいたしな。何やってたんだ?」
「いや、別に。俺は、知らないぞ。部屋の前にいたのも、偶然だよ」
適当に誤魔化そうとするが、賢斗が反論をしてくる。
「え?部屋に入ってたのにか?」
「あのな……。いろいろあったんだよ。と言うか、お前のせいで、うるさいと怒られたんだ。朝から怒鳴られたんだぞ」
これは事実である。俺が騒いだわけではないのに。ちなみに、朝から怒鳴られるのは、いつものことだったが。
「えっ、そりゃぁすまなかった」
そんな風に騒いだら、朝のHRの前の時間は、あっという間に過ぎた。
そして、HR。誰もが、入ってきた咲耶に目を奪われていた。艶やかな漆黒の髪と、淡い桜色の瞳。すらりとした、見た目。なおかつ、それなりに豊かな胸(少なくとも、貧相とは言われることがまず無い)と、引き締まり、くびれた腰。誰が見ても見とれる容姿をしている。誰もが、羨む容姿をしている。
と、思ったのだが、そうでもなさそうな容姿の人もいたことを思い出した。同じように、美少女に分類されるのは、クラスに少なからずいる。その中でも、交流があるのが、高野藍と如月周(それと、ヘッドホンの少女)だ。もちろん突出した美少女と言うほどではない娘は、たくさんいる。だが、中でも、取り分け、藍は、男女ともに受けの良い美少女で、《響乃四大美女》の一角らしい。
ちなみに、《響乃四大美女》は、高野藍、生徒会長のみ面識があり、残りの二人は、名前を聞いただけなのだが、佐野晴香、朱野宮静刃だ。噂に聞く範囲だが、朱野宮嬢は、四人の中でも群を抜いて、美しいのだとか。一度は会ってみたいと思わなくも無い。だが、その朱野宮嬢は、家の都合とやらで、滅多に学校に来ないらしく、また、名家故か、写真すら、無く、学園の書類でも顔は分からない。この点は、情報不足という点でも興味を持つ対象だ。まあ、肝心の本人が来ないのだったら仕方がない。
それは、さておき、咲耶の自己紹介が始まった。
「私は、姫野咲耶よ。特技は、特に無いわ」
簡潔な咲耶の挨拶に、暫しの沈黙が訪れた。が、束の間、すぐに、疎らな拍手が始まり、盛大な拍手へと変わった。その盛大さは、まるで、土砂降りの雨が降り出したかのようだった。そしてここからは、定番の質問の時間となる、らしい。
「はい、質問がありますッ!」
大きな声で、賢斗が叫ぶ。
「何か?」
冷たい声色で咲耶が聞いた。
「いろいろと知りたいですッ!」
意味不明だった。もう少し、具体的な要求をするべきだろう。咲耶も、何を言えばいいか分からず、暫しきょとんとしている。
「えっと……、何を言えばいいのか分からないから、適当に。利き手は、両利き。格闘技を護身のために少々、それくらいしかいえることが無いのだけど……」
少し補足するならば、両利きなのは、二丁の銃を使うために鍛えたからだ。左右同時ペン回しなど余裕で、どちらでも綺麗に字も書ける(まあ、咲耶自身の字が他人に比べて上手いかどうかは、置いておいての話だが)。それと、格闘技については、少々どころではなく、《PP》格闘の一位である。まさに、最強。《PP》内で、咲耶に勝てる人間の心当たりは、匡子先輩くらいである。
「質問は、休憩時間にしなさい。それでは、姫野さんの席は、空いているところに適当に座ってもらうということでいいでしょうか」
「はい」
教師に言われ、空いている席を見つけ、咲耶は、俺の席の二つ右の席に着いた。……?この席空いてたっけか?
休憩の時間になり、咲耶は、すっかりクラスメイトに囲まれていた。中心にいるのは賢斗だが、男女問わず多くの人が集まっている。咲耶に興味を持って、質問をする。そんな集まりを外れたところに、藍が、ただ一人、立っていた。いつも一緒にいる周は、席で本を読んでいる。気だるそうに本を読んでいる様子から、咲耶は、興味の対象外なのだろう。それにしても、藍は何故、遠くから、咲耶を眺めるかのように立っているのだろうか。輪に入れない、と言う様子ではない。あえて傍観しているような。そして、何より、あの表情。目。その全てが、ある人と重なりそうになり、慌てて頭を振る。
そして、聞こえた。みんなが、咲耶に集中しているのに、俺だけは、藍に集中し、五月蝿さをわざと意識の外に出していた。だからこそ、聞こえたのだ。
「……咲耶」
彼女は、何故、咲耶の名前を呟き、彼女のことを見ているのだろうか。




