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白鴉。  作者: のり
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白鴉。

カラス逮捕から数時間経過後のザフー興国。

既に陽が落ちかけ、山々が真っ赤に染まる。

美しい。 このザフー興国は外周を標高の高い山々に取り囲まれた、すごく不自然な形をしている。北東部と南部に関所があり、全ての物資、人の流れは必ずこの関所を通過する。二ヶ所の関所を結ぶのが一本の街道で、山々の梺に沿うようにつくられており、片側に山を、また反対側に街並を見ることが出来た。 この街道は大変便利で、利用する者がたくさんいた。大別すると三者に別れる。直接この国に用事がある者、別国から別国への移動などの為に通過するだけの者、散歩や遊びにいく為に使用する国民などである。前者二つは関所を通過することになるが、関所といっても特別厳重ではなかった。パッと見て変なヤツじゃない限り検問に引っ掛かることなどなく、大抵の者は素通りであった。時折、頭のオカシイ奴が来所することはあったが、門兵が追っ払ったりするので、そういう輩が入国することはない。例えば、日の丸の鉢巻きを巻いたおっさんが斧を片手に六甲おろしを歌いながら関所へ来たら、間違いなく門兵達に袋叩きにされるであろう。おっさんが歌う六甲おろしが例えハミングであっても門兵は関所を通さない。事実、半月位前に腐乱した牛の頭を抱えた青年が他国から来所したことがあった。門兵の一人が不審に思って青年を呼び止め、質問をした。

「お兄さんお兄さん、何それ?どうしたの?」


「えへえへえへ。」

青年はえへえへ笑うだけで要領を得ない。

周りの門兵も青年の側に集まって訝し気に牛の頭をジロジロ見ている。

その内に門兵の一人が青年の抱えた牛の頭を取り上げた。

すると青年は血相を変えて叫びだした。

「うきゃきゃきゃー!返せぇぇぇ!ドロシーを返せぇぇぇ!うきゃきゃきゃー!」

牛の頭を取り上げた門兵はビックリした。

だって彼のうきゃきゃきゃーという騒ぎ方が、明らかに常人のそれではなかったからだ。

なんでこんな腐りきった牛の頭なんぞを抱えていたのだろう。

無数の蠅が集ってるじゃないか。

蛆虫が沸いていて肉を食い、眼窩や耳の穴からはぞろぞろと蟻が行列を作って出てきている。

それより何より臭い。

強烈な腐臭が鼻腔を直撃して脳内活動が停止しそうだ。

牛の頭を抱えた門兵は顔を歪めた。

こんな物を持ち歩くなんて、この青年は絶対に精神がオカシイ。

というか完全に狂っている。

狂人だ。間違いなく頭の回転の仕方が一般市民とは異なる種の人間だ。 などと思いながら門兵が引いていると、尚も青年は騒いでいる。

「電波がぁぁぁぁ!電波が降ってくるよー!電波攻撃だよー!うばばばばばばばばーー助けてぇぇ!うきゃきゃきゃー!」

尋常ではない。

彼は電波攻撃からくる、我々一般人からは一切理解できない痛みに身をくねらせて踊った。

見開いた目は血走り、口からは涎が溢れて彼が口を開け閉めする度にネチョネチョと泡立ち、その粘着度を増幅させる。

この騒ぎに、関所を通過する他の旅人達が怯えていた。

これ以上興奮したら何をしでかすかわからない。

何せ腐った牛の頭をドロシーと呼ぶくらいだ。

犠牲者を出す前に追っ払う必要がある。

考えた門兵は国の外の雑木林に牛の頭を置いてみた。

すると青年は制止を振り切って、その牛の頭に近寄っていき、愛撫するように艶めかしく抱き寄せた。

今がチャンスとばかりに門兵達は青年を背後から次々に殴り付ける。

やがて青年がピクンピクンと痙攣するまで集団暴行は終わらなかった。

という位に、この関所の門兵達は、変質者・変態・偏執思想主義者・悪人などに対しては徹底的な暴力による排除に努めていた。

恐ろしいことであったが国の治安を維持する為には致し方ないことなのである。

そしてこの日は夕暮れ迫る南部の関所に三人の門兵が立っていた。

本日午後、街道沿い茶店前におけるチワワ・武芸者連続殺害事件の犯人と思われる、容疑者カラスが逮捕されたとの一報が入ったのは先程の事である。

よって彼らは警備強化を解かれ、しばし安心した気持ちになって通行人達を監視警戒していた。

国への出入りには許可証やパスポートなんぞ必要が無い為、門兵達がそういった類をいちいち確認する必要も無い。

彼らは通行人の中に変な輩がいないか監視警戒していればいいのだ。

しかも夕方ともなれば、通行量も大分減るし、夜になれば鉄製の巨大な門扉を三人掛かりで閉めてしまうので、これからは更に仕事が楽になる時間帯であった。

そんなこんなでいつのまにか、ほとんど人が通らなくなった。

国内側の街道を見つめるが、誰もいない。

国外側の鬱蒼とした森の奥へと続く街道を見てみても、やっぱり誰もいなかった。

「ふぅ。今日はもう誰も来ないのかなー。」


「んーどうかねぇ。」


「もう結構日も暮れてきたしさ、閉めようよ」


「いやいや一応規則通りにやらなきゃマズくないか?」


「あ、まー確かにねー。そーいや、こないだも早く閉めてちまって怒られたもんなぁ。」


「そうそう。あったあった。あん時はマジ参ったよねー。」


「あはっはっはっ!すげー大変だったよなー言い訳すんのさー!」

などと三人の門兵の内の二人が、己の職務上の怠慢行為に対する上司からの叱責を思い出し、それについて、全く以て反省の色も無さ気に、ろくでもなく笑い合っていた。

だが三人の中の一人だけは、会話に参加せず、終始黙ったまま、森の奥深くへと続く道をじーっと見つめ続けている。

不自然に物静かな森。

木々の幹は既に影になり、それが幹なのか何なのか見分けもつかない。

門兵二人はしばらく喋っていたが、その内に会話に参加しない彼を気にかけて話し掛けた。

「なぁお前どうした?具合でも悪いの?」


「ん・・・・。あぁ、ごめん。具合が悪いんじゃないんだけどね・・・。」


「あ、そう。でもなんかさ、さっきからずっと黙ってるしさ。てかさ、さっきからマジで何を見てんの?」

言いながら二人は、一心に森を見つめる同僚の視線の先を追ってみた。

だが、深緑に朱色がかぶさった夕暮れの森がそこにあるだけで、他には何もない。

「なんだよ。何にもねぇじゃんかよ。」


「そうだよなー。何にもねぇよなぁ。ねーお前マジでどうしたんだ?マジ具合悪いのか?」


「いやだから具合は悪かないって。てゆーか・・・。二人ともわかんない?・・・アレ。」


「はぁ?アレ?」

二人は再度、森へと伸びた道をよく目を凝らして見つめた。

薄暗い木陰の梺、目で追うには限界という地点を集中して睨む。

すると何かが、不可解な何かが、微妙にだが動いたようであった。

もう樹木だとか何だとかの見分けもつかない場所・明るさであったが、微かに何かが動いたという違和感が焼き付いた。

そしてそれは今も動いているみたいだ。

音が一切聞こえない。

何だろう。

やがて少しずつ少しずつそれがこちらに近づきつつあるのが判った。

影が一つ、ヒュコヒュコと揺れている。

そればかりか先程まで聞こえなかった音がしてくる。チャッチャッチャッ。

「おい、なんだアレ。」


「わかんねぇな・・・生物かな?てかさ、お前さ最初から見てたんだろ?」


「ん、まぁね。でも何だかわかんなくてさ。」


「なー、アレこっちに向かって来てねぇ?」


「あ、本当だ。来てる来てる!」


「つーかさー、アレなんか小さくねぇか?」


「小さいな・・・。」

門兵三人は、その小さな何かをじっと見つめ、そしてその小さな何かが、真に何なのか判ったのであった。

「・・・犬?」


「い、犬か?」


「犬っぽいけど・・・」


「ありゃ間違いねぇ犬だよ、犬。」

正真正銘犬であった。

犬以外の何者でもなかった。

チョコチョコ動いていたのはどうやら尻尾であったようだ。

その犬は完全に犬だと断定できる位置まで歩いてきて、舌を出してハッハッハッと犬らしい仕草を見せた。

「何だよ。ただの野良犬かよ。」

門兵三人は、がくっ、とうなだれて犬を見た。

犬は三人を見上げて、尻尾をフリフリ振った。

辺りは直に宵闇へと変貌しつつあった。

「・・・はぁ。もういいから門閉めようよ。」


「暗くなってきたしな。よし閉めるか。ほら。ワン公はあっち行け!」

門兵の一人が靴底で軽く犬を蹴った。

キャン。

犬はよろめいてから、恨めしそうに門兵を見つめた。

門兵は門扉の止め具を外そうと、三人ともが屈み腰になっていた。その時であった。

「ッ!!」

門兵の一人が立ち上がると、急に周囲を見渡したのだ。

「ん、何、どーした?」


「え、今揺れたからさ、てっきり地震かと。」


「んなこたァねーよ。」


「・・・気のせいか。」

また止め具を外そうと、三人ともが屈み腰になった。

「ッ!!」

今度は三人ともが立ち上がった。

そして互いの顔を見合わせた。

「今分かった?」


「うん、分かった。」


「俺も。」


「結構微妙だったな。」


「うん、微妙だよな。」


「早いとこ閉めた方がいいよな?」


「そらそうだ。急ごう急ごう。」

かくして、またもや三人とも、止め具を外しにかかった。

気持ち、若干作業スピードを上げる。

だが心なしか揺れ方が大きくなりつつあった。

確実に地面が震えているのが分かる。

小刻みにブルブルと、携帯のバイブレーションの様に揺れている。

辺りがビリビリとした空気に包まれていく。

森林や山々が騒めき始めた。

危険を感じた鳥達は一斉に空へとはばたいて、獣達は皆大急ぎで巣穴へ潜り込み、俄かに関所周辺に異様な空気が流れ込み始めていた。

門兵達は黙ったまま、必死に止め具を外そうとしていた。

逃げ出したかった。

これまでの人生で感じたことの無い、不穏なる雰囲気に押し潰されそうになる。

しかしもう手遅れだと感じてもいた。

ヤバイ・・・。

何か変な感じだ。

何か・・・来る。

緊迫感が頂点に達し、三人とも作業を止め、ゆっくりと顔を上げた。

既に周囲を覆う空気が攻撃的になりすぎて、ビリビリと肌を刺激し、宙で時折、バチィィ!バチィィ!と何かのエネルギーが激しくスパークして青い火花を散らす。

大気中には地面の埃や草花、石ころが次々に浮かび上がる。

そして針で一突きされた風船みたいに、それは起こった。

ズッガァァァァァァァーーンッッ!! 脳天にまで突き刺さる、超絶無比の巨大な破壊音と共に、大気が、中空が、一気に爆発した。

一瞬世界が真っ白になった。

音というものが完全に消失し、全ての情報、全ての価値観、全ての概念が完全にシャットアウトされた。

白一色の空間。

いや空間ではないかもしれない。

区切りの無い場。

自由の白。

その白の中に黒点が出現した。

小さな黒い点だった。

黒点はやがて少しずつ少しずつ大きくなっていった。

すると黒い点は、ただの黒い点では無いことがわかった。

何だろう。

それは眼球であった。

黒い眼球であった。

黒豆の様な眼球。

いや眼球ではない。

眼球に見えたが、それは違っていた。

 プツッ。

嫌な音がして、それが内側から破けた。

すると得体の知れない黒色の液体が噴出して、世界は一転して、漆黒の闇に覆われた。

ドロドロとした闇に覆われた。

黒く塗り潰された世界には何も無かった。

白い時と同じように何の思慮も及ばない、ただの黒だった。

そこへ一羽の鳥が飛んできた。

美しい白い鳥である。

しかし鳥は卑しく、かぁかぁ、と鳴くのだ。

鴉か? 暫らくして白鴉は翼を広げてから、おもむろに觜を突き下ろした。

鋭い觜が空間に突き刺さり、亀裂が入ると、白鴉は黒の世界をついばみ始めた。

食らい始めたのだ。

白鴉が黒世界を食い始めたのだ。

喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う次々に喰う。

脳がざらつき始め、気怠さが毛穴から滲み出すが、白鴉は食った。

食らい尽くした。

いつしか鴉はもう真っ黒に変色していた。

白鴉とは呼べなくなっていた。

ぐったりした鴉。

世界はもう何色か分からなくなっていた。

色んな色が混ざり始めていた。

だが不思議なことに音が復活した様であった。

ちゅん、ちゅん。

やっぱり聞こえた。

ちゅん、ちゅん。

スズメの鳴く声だ。

徐々に世界の再編が進み始めた。

青い空が浮かぶ。

白い雲が上昇する。

緑の木々が配置され、そして生物が淘汰されながらも進化する。

鴉のいたその場所にはいつの間にか茶店が出来上がっていた。

茶店の前には一筋の街道が通っており、往来をたくさんの者達が行き来している。


その中に老父マクマンがいた。


彼が年老いた体を休めようかと茶店の長椅子に腰掛けた。




キャンキャン!



すると犬の泣き声が聞こえた。


犬の散歩がてら、この街道を通行する者があった。


散歩をしていた男は名をピピンといった。


犬は可愛らしいチワワ犬で、名をチャッピーといった。



マクマンや周りの客達は可愛らしいチワワの姿にすっかり見惚れて、しばらくは和やかな時間が過ぎた。




そのマクマンの後方で、若い浪人が煙草を吸っていた。

ぷかぷか浮かぶ雲を眺めて、死んだ魚の目を泳がせている。

白い羽織に白い着物。

二本の刀を帯刀し、肌は青白く、頬はこけ、痩せていた。

名をカラスといった。

カラスは煙草を踏み消しながらチャッピーに近づいていった。

マクマンも周りの誰も、この青年とチワワの温かい心の交流を期待し、優しく微笑んだ。


カラスはピピンに愛想よく笑いかけ、静かに刀を引き抜いた。


一瞬にして凍り付く往来の者ども。


カラスは刀を振り上げ、ははは、と虚無的に笑ったみせた。



虚ろな空はいつにも増して憎たらしく、爽やかな風が苛立しさを助長させ、健康的に嘯いた人間の精神は静かに少しずつ蝕まれ、やがて世界が崩壊するまで、醜く僕達は生きていかなきゃならないのだ。

可哀相な人間達は、この腐敗した社会に適応しようと一生懸命に、純真を汚し続けた。

僕達が信じ続けた、道徳や誠実などの人間最大の美徳は、理不尽を丸め込む為の白い鴉でしかないのだ。



陽光。

笑顔。

思いやり。

正義。



嗚呼なんて無情。




そして刀が振り下ろされたのだった・・・。





完。




理解できましたか?たぶん理解できないと思います。意味不明だと思います。自分的には気に入っているラストです。実はちゃんとしたラストがあったんです。ファンタジーっぽい進行でのね。でもある日気付いたんですよ。コンセプトがずれちゃうことに。だからこそこのラストでなければならなかったのです。それでは、ははは、と虚無的に笑って終わりにしたいと思います。皆さん読んでくれて有難うございました。ははは。

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