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モテすぎる俺、好意が重すぎて人生崩壊しかけてる ~ その好意、全部バグです~  作者: レモンティー


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第五十話:モテすぎる俺、たった一人に好かれれば十分だった

それから、数か月が過ぎた。

大学の中庭には、春の風が吹いていた。

神谷恒一は、ベンチに座ってスマホを見つめていた。

画面に表示されているのは、検索結果。

『彼女に嫌われない方法』

神谷は真剣な顔で記事を読んでいた。

『相手の話をよく聞くこと』

『約束を守ること』

『感謝を伝えること』

「……なるほど」

どれも、当たり前のことだった。

でも、その当たり前が、今の神谷には難しくて大切だった。

以前の自分なら、検索していたのは『モテない方法』だった。

誰かに好かれることが、怖かった。

誰かに追いかけられることが、苦しかった。

今は違う。

好きな人に、これからも好きでいてもらいたい。

ただ、それだけだった。

「……何調べてるの?」

背後から声がした。

七瀬だった。

神谷は慌ててスマホを伏せた。

「……何でもない」

「怪しい」

「怪しくない」

七瀬は隣に座った。

「見せて」

「……嫌です」

「じゃあ、当てる」

「当てられるわけないだろ」

七瀬は少し考えた。

「……彼女に嫌われない方法?」

神谷は固まった。

「……何で分かるの!?」

七瀬は声を出して笑った。

「恒一、分かりやすすぎ」

「……そんなに?」

「うん。付き合ってからずっと」

神谷はため息をついた。

「……能力がなくなっても、七瀬には勝てないな」

「勝ち負けじゃないでしょ」

七瀬は笑った。

「それに、検索しなくてもいいよ」

「……え?」

「私が嫌なことは、私に聞いて。嬉しいことも、私に聞いて」

神谷は少し考えた。

「……それでいいの?」

「それがいいの」

七瀬は真っ直ぐ神谷を見た。

「恒一は、誰かの気持ちを勝手に決めないって約束したでしょ」

「……うん」

「じゃあ、私の気持ちも、検索結果で決めないで」

神谷は笑った。

「……そうだね」

二人は学食へ向かった。

途中、佐伯が駆け寄ってきた。

「おーい! お前ら、今日も仲いいな!」

「普通だよ」と神谷。

「普通のカップルは、毎日そんなに楽しそうに歩かない!」

七瀬が笑った。

「佐伯くん、彼女できた?」

佐伯は胸を張った。

「……まだだ!」

「そこ、威張るところ?」

「でも、俺には希望がある」

神谷は首を傾げた。

「希望?」

「お前が能力なしで彼女できたんだから、俺にもできるはずだ!」

「……理屈は分かるけど」

「だから、恋愛相談に乗ってくれ!」

神谷は笑った。

「俺でいいの?」

「いいに決まってる。元・モテモテ特級だぞ」

七瀬が即座に言った。

「その肩書き、恋愛相談には一番向いてないと思う」

佐伯は固まった。

「……確かに」

三人は笑った。

学食では、いつもの日替わり定食が並んでいた。

神谷は六百円を払った。

誰もサービスしない。

誰も大盛りにしない。

誰も、神谷を特別扱いしない。

それが、嬉しかった。

席に着くと、七瀬が言った。

「そういえば、朝倉さんから連絡があったよ」

神谷は顔を上げた。

「……玲奈さん?」

「うん。今は、能力を使わない仕事を探してるって」

神谷は少し安心した。

「……よかった」

七瀬は頷いた。

「事件のことは、まだ全部終わったわけじゃないけどね」

「うん」

研究会の関係者については、今も調査が続いている。

玲奈は、自分がしたことについて説明を続けているらしい。

水野も、大学の相談窓口を通して必要な支援を受けている。

神谷は静かに言った。

「……みんな、自分の人生を取り戻せるといいな」

七瀬は頷いた。

「そうだね」

神谷は少し考えた。

能力があった頃、自分は誰かの感情を変えてしまうことを恐れていた。

でも、今は違う。

誰かの人生を、自分の都合で変えない。

その代わり、困っている人がいたら、話を聞く。

助けが必要なら、できる範囲で手を貸す。

それだけでいいのだと思った。


夕方。

神谷と七瀬は、大学近くのカフェに入った。

窓際の席。

二人が初めて、落ち着いて話した場所に似ていた。

神谷はコーヒーを注文した。

七瀬は紅茶。

「……懐かしいね」と七瀬。

「何が?」

「最初の頃。恒一、ずっと周りを警戒してた」

神谷は苦笑した。

「……そりゃそうだろ」

「私が隣にいると、安心するって言ってたよね」

「うん」

「今は?」

神谷は少し考えた。

「……安心する」

七瀬は笑った。

「能力、もうないのに?」

「うん。能力がなくても、七瀬といると落ち着く」

七瀬は少し頬を赤くした。

「……そう」

神谷は続けた。

「それに、楽しい」

「……うん」

「怒られることもあるけど」

「それは恒一が悪いときでしょ」

「……はい」

二人は笑った。

窓の外では、学生たちが楽しそうに歩いている。

誰かが笑い、誰かが喧嘩し、誰かが手を繋いでいる。

どこにでもある、普通の景色だった。

神谷はその景色を眺めながら、静かに言った。

「……俺、ずっと間違えてたのかもしれない」

七瀬が首を傾げる。

「何を?」

「誰からも好かれることが、幸せなんだと思ってたわけじゃない。でも、好かれすぎるのが嫌で、誰にも近づかれたくなくなってた」

「……うん」

「でも、本当に欲しかったのは、誰かと普通に一緒にいることだったんだなって」

七瀬は静かに聞いていた。

神谷は笑った。

「……それが、七瀬だった」

七瀬の目が少し潤んだ。

「……恒一」

「好きだよ」

七瀬は少しだけ笑った。

「……私も、好き」

神谷は手を差し出した。

七瀬が、その手を握った。

能力は発動しない。

不気味な熱も生まれない。

ただ、手の温かさだけが伝わってくる。

神谷は思った。

(……これで、よかったんだ)

帰り道。

七瀬が突然、立ち止まった。

「そういえば、恒一」

「何?」

「私の誕生日、覚えてる?」

神谷の背筋が凍った。

「……え?」

七瀬は笑顔のまま言った。

「覚えてる?」

神谷は必死に記憶を探った。

神様の言葉が頭に響く。

『恋人の誕生日、忘れないでね』

(……神様ああああ!)

神谷は慌ててスマホを取り出した。

「ちょ、ちょっと待って!」

七瀬は呆れたように笑った。

「……やっぱり」

「違う! 確認してるだけ!」

「何を?」

「……カレンダーを」

「それ、忘れてるって言うんだよ」

神谷は頭を抱えた。

能力がなくなっても、人生は簡単にはならない。

恋人に怒られることもある。

失敗することもある。

それでも、もう怖くなかった。

七瀬が笑っている。

神谷も笑った。

「……ごめん。今度はちゃんと覚える」

「今度じゃなくて、今年からね」

「……はい」

七瀬は手を差し出した。

「ほら、帰ろう」

神谷はその手を握った。

「……うん」

二人は並んで歩き出した。

神様からもらった『モテモテ(特級)』。

あの力は、俺の人生を崩壊させかけた。

けれど、最後に残ったものは、誰かの感情を操る力ではなかった。

自分で選んだ、大切な人。

そして、その人と一緒に歩く、普通の毎日。

俺はもう、世界中からモテたいとは思わない。

たった一人に、心から好きになってもらえれば十分だ。

――その好意だけは、バグじゃない。


――完――

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