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おっさんとフレブル  作者: 水前寺鯉太郎
第1部 いい日旅立ち・西へ

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広島市内〜宮島

2027年4月5日 午後


 宮島口の有料駐車場にジムニーを止め、ボスを腕に抱えたまま連絡船の改札をくぐった。

 フェリーのデッキに立つと、ボスはすぐ潮風に大きな耳をパタパタと震わせた。客室のガラス窓の向こうに広がる瀬戸内海を、よくわからないといった顔で見つめている。

 島に着いた瞬間、ボスは本物の鹿を見て完全に固まった。

 あの表情は、たぶん犬としての想定外を必死に処理している顔だと思う。

 思わず、ちょっと笑ってしまった。

 売店で香ばしく焼かれた牛串を買って齧る。

 当然のような顔をして、ボスがじっと足元から見上げてくる。

「これはダメだ」

 心の中でだけそう呟く。

 そんな俺たちのやりとりを見ていたのか、通りすがりの外国人の老夫婦に笑われて、いつの間にかカメラを向けられて写真まで撮られることになった。

 こういうのは、昔から得意じゃない。

 それでも、カメラの前でボスが小さく「ワン」と吠えたとき、胸の奥の尖った何かが少しだけ抜けていくのがわかった。

 こういうのも、悪くないのかもしれない。

 いや、どうだろうな。

 鼻をくすぐる潮風の中で、俺はそんなことをぼんやりと考えていた。

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