ペットのドラゴン
「カイルを離すのじゃ!!」
ソフィが在らん限りの魔法を黒いドラゴンに放つ。
それだけではない。
マルスもなんとか吐き出させようと腹を攻撃しているし、リリアも苦手な攻撃魔法を泣きそうになりながら放っていた。
「返して! カイルくんを返して!!」
「ま、待ってくれ。俺はまだ生きてるぞ……」
「えっ? カイルくん!?」
驚きの表情を浮かべるリリア。
『もう大丈夫だから口を開けてくれ』
『うぅぅ……、痛いぞ……』
『刺さっていた剣を抜いたからな。しばらくは痛いと思うぞ』
黒いドラゴンは再び口を開ける。
かろうじて側の歯にしがみついていた俺は飲み込まれずに済んでいた。
――死ぬかと思ったぞ……。
内心冷や汗ものだったが、そんな姿は仲間たちには見せずに笑顔で手を振る。
口を開けたドラゴンは再びゆっくりと地面に伏していた。
剣を持った状態でなんとか外へ出る。
すると、リリアが無言で抱きついてくる。
思いっきり胸があたっており、俺は思わず赤面してしまう。
しかし、リリアはそれどころじゃない。
「どこにも行かないって言ったのに……。一緒にいてくれるって言ったのに……」
「ほらっ、俺は無事だろ。怪我一つないぞ」
実際に腕まくりしてみせるが、それで離してくれる彼女ではなかった。
ずっと回復魔法を使われているようだ。
体の中から暖かい何かが流れ込んでいる。
――怪我一つないのに……。
「うぅぅ……。もう離れたら嫌だよ……」
「大丈夫だから、な。ほらっ」
なんとかリリアを離そうとするが、引っ付いたっきり離れそうになくて諦める。
というか、俺の服で涙を拭いてるだろ。
「ほ、本当に無事なんじゃな?」
ソフィもゆっくりとした動きで近づいてくる。
「この通りだ。それよりもちょっと待ってくれ」
俺はリリアを引きずって再びドラゴンの前へ行く。
「リリア、この傷を治してくれるか? それでこの問題は解決するから」
リリアは小さく頷くと、回復魔法を使い、刺し傷を治す。
『マシになった。助かったぞ』
『よかったな。またなにか刺さったら抜いてやるから暴れるなよ』
ドラゴンに対して笑顔を見せると、驚きの表情を見せる。
『人間にもお主のような殊勝な奴がいるなんてな。良いだろう。我が力を貸してやろう』
『結構です』
正直、勇者の仲間である聖女や賢者ですら怯える相手を引き連れていては、余計なトラブルを招くだけだ。
ここは穏便に二度と会うことがないほうがお互いに良いだろう。
『そうだろう、そうだろ……。えっ!? 今なんと言った?』
『ドラゴンさんの力は俺には過剰すぎますから』
『そんなことないだろう? 一家に一匹、守護ドラゴンがいる時代だぞ?』
『一体どんな時代なんですか?』
ドラゴンと念話で離しているとリリアが袖を引っ張ってくる。
「あのトカゲちゃん、なにを言ってるの?」
俺には笑顔を見せてくるが、ドラゴンに対しては蔑んだ冷たい視線を見せていた。
『ひぃぃっ、な、なんだ、あの恐ろしい娘は――』
『俺を飲み込もうとしたことを怒っているらしい』
『そ、それはただ痛みで口を閉じちゃっただけだろう? なにもしてないぞ』
『それがダメだったんじゃないか!』
『と、とにかく助けてたもれ』
ドラゴンが何度も懇願してくる姿は滑稽以外の何物でもなかった。
「別に俺を害するつもりはなかったって言ってるぞ」
「へぇ……、あれだけのことをしたのに、害するつもりはなかった、なんていうんだ……」
俺ですら感じられるほど場の空気が凍り付く。
ドラゴンも無意識のうちに全身を地面につけて平伏していた。
『余計に悪化してるぞ!! なんとかしてたも』
『どうすればいいんだよ』
『お主から我を助けてくれるように頼んでたもれ』
『わ、わかった』
なんでドラゴンのお願いを聞いているのだろうか?
そんな疑問を一旦飲み込むと俺はリリアの顔を見る。
「あのドラゴンも悪気があってやったんじゃないんだ。ここは俺に免じて許してくれないか?」
「……カイルくんが言うなら仕方ないね」
ようやく凍り付いた空気が和らいでいく。
リリアの笑顔を見て、俺はようやく安心することができた。
「それじゃあ、このドラゴンちゃんは晩ご飯ってことでいいかな?」
にっこりと微笑む。
――全然大丈夫じゃなかった!?
有無を言わさないその表情にドラゴンは再び小さく悲鳴を上げていた。
「待て待て。カイルが助けてやるって言ってるんだ。それは尊重すべきだろ?」
「でも、またカイルくんを傷つけるかもしれないんだよ。そんなドラゴンを生かしておくわけにはいかないよ」
「こんな大きな体だとまたカイルを傷つけるかもしれんのじゃ。肉にしてカイルの栄養になってもらうほうがいいのじゃ」
晩ご飯派が優勢だった。
ガタガタと体を震わせるドラゴン。
『そ、そうだ。大きくなかったらいいんだな?』
『そうみたいだけど……』
『これならどうだ!?』
ドラゴンが突然爆発したかと思うと小柄な少女が現れる。
着物ドレスというのだろうか?
なぜか和風な衣装に身を包んでおり、自身ありげに手を腰に当てていた。
「この姿なら人の言葉も発せるのだ」
するとソフィが興味深そうにドラゴンを見ていた。
「これは良い実験素体になりそうじゃ。妾が貰っても良いか?」
口元を吊り上げているソフィがゆっくりと近づいてくる。
ドラゴンは俺の後ろに隠れようとして、リリアに捕まっていた。
「なにをするのだ。離すのだー」
あの威圧的なドラゴンはどこに行ったのか。
もはや今の姿は本当に子供にしか思えない。
「カイルくん、どうする?」
光の消えた瞳で笑顔を浮かべながら聞いてくる。
返答を間違えるとバッドエンドへと直行しそうなほどの緊張感だ。
「た、助けてほしいのだ。なんでもするから許して欲しいのだ」
ドラゴンが仲間にして欲しそうにこちらを見ている。
――こいつ、本当にドラゴンなのか?
「本当にカイルくんを傷つけないんだね?」
「当たり前なのだ。ドラゴンは命の恩人を生涯守るのだ」
「そっか、カイルくんのために何でもするなら許してあげるね」
「ありがたいのだ!」
ようやくリリアの表情に暖かさが戻ってくる。
「嘘ついたら許さないからね」
――うん、暖かさは気のせいだった。
俺は苦笑を浮かべていた。
◇◇◇
余計なトラブルに時間を取られてしまったが、それを抜いてもあまりあるほどの速度で俺たちは進んでいた。
それもそのはずで――。
「なんで、我が馬の代わりをしないといけないのだ」
馬車を引くドラゴン。
すでに元の姿に戻っているのは、さすがに人の姿で馬車を引かせるのは躊躇ってしまったからだ。
見た目が黒いのでクロと命名したこのドラゴン、何でもするというので逃げていった馬の代わりをしてもらっていた。
「なんでもするって言ってたのは嘘だったのかな?」
「そ、そんなことないのだ。焼き肉は嫌なのだ」
怯えると速度が上がるらしい。
確かにここまで便利だと一家に一匹欲しくなるな、と納得してしまった。
もう飼うこと前提にはなっているが、危険な辺境へ行くのだ。
ある意味戦力として期待できるのだから、反発しないなら助かるのも事実。
――リリアのことが怖いみたいだしな。
彼女のおかげで異様に俺に懐いてしまい、心配なほどになんでも言うことを聞いてくれていた。
馬車も「本当は誇り高いドラゴンがこんなことしないのだ! 本当なのだ!」と念押ししていたほどだしな。
更にペースを上げて進む俺たち。
そして、目的の町が見えてきた……のだが。
以前魔王との戦い最前線の村に行ったが、それと変わらない……、いや、そこよりもボロボロの風化しかけている村がそこにはあった――。
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