表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

第1話 開眼 掟 喉

 砂がざらりと音を立てた。まぶたの裏に光が差し込み、透は反射的に顔をしかめる。目を開けた瞬間、視界が白で満たされた。砂。どこまでも続く白い砂が、海のように広がっている。照り返しが強く、息を吸うだけで喉が焼けた。


 ゆっくりと体を起こすと、周囲に人影が見えた。十三人。男も女も年齢もばらばらで、誰もが円を描くように倒れていた。全員、生きてはいる。胸が上下し、微かな呻き声が風に混じる。


 透は額を押さえた。頭が痛い。まぶしさと熱のせいだけじゃない。記憶が途切れている。気付けばここにいた。それ以上もそれ以前も、薄い膜の向こう側に押し込まれたようだった。


 耳の奥で低い唸りが続いていた。風かと思ったが違う。一定のリズムで空気を震わせている。音の方向を見上げると、空に黒い球体が一つ浮かんでいた。鈍い金属光を帯び、光沢はほとんどない。プロペラらしきものは見えないのに、確かに漂っていた。


 その無機質な球体が、決まった軌道で透たちの頭上を旋回している。


 ただ一つ、その存在感だけが、ここがただの砂漠ではないと告げていた。


 透はふらつきながら立ち上がり、倒れている十三人のうち何人かを確認した。知った顔はない。けれど、全員の意識はぼんやりと戻りかけているようだ。


 やがてその中の一人、白い帽子を被った女性が動き出した。ましろという名札が胸についている。看護師なのだろう。彼女はすぐに周囲を見回し、職業柄の反射らしく、手早く脈を取り始めた。


 ましろが透の方を見た。


 軽い脱水症状。あと日射の兆候ね。全員同じよ


 透は頷いたが、実感は一瞬で喉に刺さる。息をするたびに、砂を吸い込んでいるようだ。舌が張り付く。唇が割れそうだ。


 水はない。食料もない。影は短い。


 誰かの声がした。


 これ 落書きか


 透はそちらを振り向く。砂の上に、ごく浅い溝の跡があった。指で掘ったような雑な線。それらが並んで一つの言葉を作っている。


 殺せば奪える


 透の背筋が冷えた。


 誰が書いたのか。どういう意味か。わからない。けれど十三人全員に共通するのは、今この瞬間、喉の渇きだけだ。だからこそ、その掟の言葉が妙に現実味を帯びていた。


 ましろは他の者も確認し終え、小さく息をついた。


 今すぐ動くのは危ないわ。まず日陰が必要


 砂丘の陰に、金属の反射があった。橘という落ち着いた雰囲気の男が、何かを掘り出した。小さな金属ケースだった。砂を払い、開けてみると、中には水筒が二本、乾パン三枚、薄いアルミブランケット一枚。


 数秒、空気が止まった。


 透も思わず喉の奥が鳴る。全員の視線が水筒に吸い寄せられた。


 橘は一呼吸置き、静かに言った。


 公平に分けよう。それしかない。日陰も交代で使う。夜まで動かずに体力を温存する


 納得できる案だ。誰も異論を言わずに済むなら、それで良かった。


 しかし別の声が笑いを含んで響いた。


 公平ね。夜までに誰か倒れたらどうするんだよ。それが補給ってことだろ


 隼人だった。目つきが鋭く、声の奥に挑発があった。


 橘の表情が強ばる。周囲もざわりと揺れる。


 その時、頭上のドローンの赤いランプが一瞬だけ点滅した。軌道が少し下がったように見えた。


 氷室という眼鏡の青年が言った。


 今 動いたな。集まって騒ぐと機体が寄ってくる


 意味が分からないが、確かにあの球体は近づいていた。


 昼になると影はさらに短くなり、乾パンを巡るささいな口論が起きた。透はそれを止めようとしたが、相手の焦燥は消えない。喉の渇きが、理性を薄く削っていく。


 夕刻、事件が起きた。


 最年少の少女カナが透の袖を引き、かすれた声で言った。


 水 もう一口だけ


 透は胸が痛んだ。カナの唇は青白く、汗が乾ききっている。水を渡したい。しかし橘の割り振りに逆らえば争いになる。昼に揉めたばかりだ。


 その一瞬の迷いを、隼人が横から奪い取った。


 その水筒 俺が飲む


 ごくりと流し込む音がした。


 透は反射的に隼人の胸倉を掴んでいた。


 おい待て


 隼人も殴り返し、二人は砂の上で転がる。誰かの怒鳴り声。誰かが止めようとする手。砂が舞い上がり、視界が揺れる。


 その瞬間だった。


 ゴトンという鈍い衝撃音が落ちてきた。


 背中に横たわる隼人のすぐ横に、小さな金属ケースが落ちていた。ドローンが投下したに違いない。


 全員の動きが止まった。


 だが誰も死んでいない。


 橘が恐る恐るケースを開けた。


 中には空の水筒。そして小さな紙片。


 確認


 ただその一言だけ。


 橘の顔色が変わる。


 試されてるんだ


 夜が訪れた。気温が急に下がり、さっきまで汗だくだった体が震えを始める。アルミブランケットは一枚しかなく、それをどう使うかでもまた議論が起きた。


 眠れない夜だった。風が吹くたび、砂がさらさらと音を立てた。


 その中で、氷室が突然声を上げた。


 文字が変わってる


 月明かりの下で、昼間の掘られた溝を見る。それは確かに書き換わっていた。


 殺せば奪える

 奪えば生きられる


 透は息をのんだ。胸の奥が冷たくなる。


 ルールは生きている。従えば従うほど、意味を持ち始める。


 喉の渇きは痛みを越え、恐怖へと変わっていった。


 ここは生き残るための場所じゃない。

 選ばせるための場所だ。


 透は両手を握りしめた。


 夜の闇の中、頭上のドローンが微かに唸り続ける。その音が、彼らの誰かの運命を測る砂時計のように思えた。


 明日 誰が倒れるのか。

 誰が奪うのか。

 誰が奪われるのか。


 透は乾いた喉に手を当て、目を閉じた。


 生き残る。

 だけど 奪う側にはならない。


 そう願った瞬間、風がまたひと吹きした。白い砂が夜空へ舞い上がり、音もなく落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ