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13 親子というある種の呪い

 

 仕方なく、エルクは俯きながらクルトにあらましを説明した。


(……私が余計なことをしたせいで、村の人に私を見られてしまったの。うちの親、私の存在を隠してるから……)


 エルクはかなりぼかして伝えたが、説明しながらぽつぽつと勝手に心に浮かんでしまう“聖騎士の一行を捜しに行って”だとか、“死んだことにしている”だとか、“何度も蹴られた”だとか、そういう言葉たちも自然とクルトに伝わってしまった。


 そして最後にやはり思う。


(こんなみじめな姿、見られたくなかった……)


 エルクの心に浮かぶ言葉に黙って耳を傾けていたクルトだったが、最後の言葉を聞いて眉をひそめて顔をあげる。


「きみはみじめなんかじゃない」


 強く言い切るその言葉に、エルクは半ば驚いてクルトを見つめた。

 クルトは意思のこもったまなざしでエルクを見つめ返し、言う。


「みじめなのはそんな行動しか取れないきみの両親だよ。エルクは何も悪くない」


 クルトの言葉に、エルクはまなじりに涙が浮かぶのを抑えることができなかった。


 実の親から大事にされない自分を、自分自身でも最近大事に思えなくなっていた。

 前世の記憶は日を追うごとに忘れていく夢のようにどんどん遠ざかり、かつての自分のおかげでかろうじて残っていた自己肯定感が確実に消えていくのを感じる。


 だけどクルトは、そんな風に消えていった分までエルクを大事にしようとしてくれる。

 それだけで、失いかけた自分の前向きな部分が戻ってきてくれるように思えた。


 ぽろぽろと涙をこぼすエルクをしばらく見つめてから、意を決したようにクルトはエルクに問いかける。


「エルクはいつか逃げ出すって言ってたけど……それは今じゃだめなの?」


 クルトの言葉にエルクは驚いて顔を上げた。

 なぜだかわからないが、目からうろこが落ちるような心地だった。


(え……それは……でも……)


 心のなかでさえ、まともな言葉にならない。

 それくらい、クルトの言葉は衝撃だった。

 

 そして、混乱する頭を一生懸命巡らせているうちに、ある事実に気が付いた。

 エルクは、いつかは逃げようと思っていたはずなのに具体的な予定は何も考えていなかったのだ。

 いつか逃げ出すと言い聞かせることで、辛い自分を慰めていただけで、親から離れる気は毛頭なかった。

 本当に逃げる気があったのなら文字だってなんとかして習得しようと頑張っただろう。

 それをしなかったのは、どこかでずっとここでこき使われ、衰えていく自分を仕方なく受け入れていたからだ。


 それは、別に特別な理由があったわけではない。

 親だから。

 捨ててはいけない、いつかは自分を受け入れてくれると思い込んでいた。


 数日前に“私にだっていろいろ考えがあるんだから”なんて偉そうにクルトに語ってみせた自分を思い出し、エルクは羞恥心に頬を染める。

 あのときは、話ができる相手に初めて会えた高揚感で、みじめな自分を隠したくて大口を叩いてしまった。

 今となっては恥ずかしくてたまらない。


 クルトは右往左往しながら混乱するエルクを辛抱強く待っていてくれた。

 やがてエルクは動きを止め、ゆっくりと顔を上げてクルトを見る。


(親は……大事にしなきゃいけないよね?)


 エルクの質問に、クルトは少し考えたあと静かに言葉を返した。


「……そうだね。だけど、だからって自分をすり減らしてまですることじゃないよ。相手が大事にしてくれないのにこっちが大事にしなきゃいけない理由もない」


(そうかな……?)


「そうだよ。親にも幸せになる権利があるように、エルクにだって幸せになる権利があるんだから」


 エルクは、クルトの言葉を自身の体中に浸透させるかのように目を瞑ってしばらく動きを止め、一度大きく深呼吸してから再び目を開いた。


(そう、ね。その通りかも。私、ずっとそうしなきゃいけないと思い込んでた……)


「それは別に間違ってない。そう思えていたのはエルクが優しいからだよ」


 クルトの言葉に再びじんとしたエルクは、鼻を赤くしてすすりながら少し俯く。

 

 それから顔を上げてクルトを見るその目は、さっきまでとは明らかに違う輝きが宿っていた。


(ええ。私、逃げ出すわ。今すぐにはやっぱり準備が足りなすぎるから無理だけど、近いうちに必ずやり遂げる。クルト、気付かせてくれてありがとう)


 逃げ出すとなると、やるべきことがたくさんある。

 逃げ出したところで文字が使えなければ仕事が何も見つからないだろうから文字をまず覚えなくてはならないし、ばれないように荷物も少しまとめたい。今編みかけのセーターも、自分で着ようと思っていたけれどもしかしたら少しはお金になるかもしれない。


 初めて具体的な計画を考えて気合を入れるエルクに、クルトがうなずきながら言った。


「うん。よかった、決断してくれて。それじゃ、今回の仕事が終わったらすぐに迎えに行くよ。あと二日もすれば聖都に着くから、悪いけどあと少しだけ待っててくれる?」


(え?)


 クルトの言葉がよくわからず、エルクは首を傾げた。

 エルクは逃げ出す決意表明をクルトにしただけで、全て自分一人でやり遂げるつもりでいたのだ。


 しかし、クルトの言葉だとクルトがエルクを連れて行ってくれるかのように聞こえる。


 首を傾げたエルクに、クルトもまた不思議そうな顔をした。


「え?もう今夜逃げ出したいの?でもきみも準備とかあるでしょ?おれもさすがに仕事を抜けるわけには……。迎えには瞬間移動で来れても、エルクを連れて瞬間移動はできないからおれの家までは歩きになるし……」


(え、ちょっと待って。クルトの家?)


「うん、おれんち。とりあえず当面うちで匿うよ。どうしてもエルクが嫌なら、近くに家を借りることもできるけど」


 なんとなく話が読めてきたエルクは、慌ててぶんぶんと頭を左右に振った。


(い、いやいや!いいよ!そこまでしてくれなくても!)


「そう?じゃあおれんちで大丈夫かな」


(そうじゃなくて……!私、そんなにクルトに助けてもらうわけにはいかないよ)


 出会ってから今まで、クルトには助けられっぱなしだ。

 エルクはこれ以上クルトに寄りかかりたくなかった。

 クルトにいつかお荷物だと思われたくないし、何よりはやく対等な関係になりたかった。


 しかし、そんなエルクの思いを知ってか知らずかクルトはふ、と優しい笑みを落とした。





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