星色の人魚
人魚の世界は青く閉ざされていた。
ある日、ふと温かな水が流れ込むのを感じた。それを辿り、辿り。やがて見つけたのは、海の上の世界。黄金に輝く太陽に、ひどく心を動かされた。
(なんてきれいなんだろう…)
けれど手を伸ばせど、黄金は遠く届きそうもない。あれには翼があったって届きはしないとは、通りがかったカモメの話である。
度々、人魚は海上へ顔を出した。その色を、いつまででも見ていたかった。できるのならば、この手の中に…なんて、そんな願望すら持ち始めていたのだ。
そしてみつけた、黄金の姫君。
心臓が、ひときわ大きく鳴ったようだった。海岸沿いを、その姫君は歩いていた。美しい顔はひどく不機嫌そうであったが、波打つ黄金を持った彼女はそれでも輝いていた。
手を伸ばせば、届くのではないか。人魚は、その色彩に焦がれた。焦がれ、焦がれて、彼女を追うようになった。
「アイリアラ様はどうにかならないのかい」
姫君は、醜いほど傲慢であった。
聞こえてくる彼女の噂は悪いものばかり。消えてほしいなんて、いらないなんて、そんな悪口はしょっちゅうだった。
「いなくなっちまえばいいのによ、」
誰も、かれも。口を揃えてそう言うのだ。
いらないならちょうだい。
そう、強く思った。いらないのなら、誰も欲しがらないと言うのなら、誰よりも何よりも彼女を欲しがっているわたしにちょうだい。
あれは、手を伸ばせば手に入る太陽なのだ。
そして、わざと人間に捕まった。人魚を見に来た黄金色の姫君に、ようやく手が届くと、水槽の縁から手を伸ばした。
なのに、あぁ…何故いらないと言ったその口で、わたしを阻む言葉を吐くのか。
いらないと、お前もそう言うのだろう。人魚は、護衛の遮る手を掴み、引きずり込んだ。真っ赤に濁った狭い箱から出れば、見開かれた目と合った。
(あぁ、あなたは目まで美しい色をしている)
鮮やかな血の色は、涙に濡れてより美しかった。
静かな箱庭で、人魚は黄金を抱きしめる。
彼女自身がどんな人間であれ、人魚は姫を愛してしまったのだ。海の底、人魚が丹精込めて作ったテラリウム。自分しか入れない、出られない…アイリアラのいる狭い檻。
人は不味くて食えたものではない。けれど彼女は、目眩がする程甘美な匂いがするのだ。きっと、震えるほど美味しいに違いないと人魚は笑う。
「アイリアラ様、アイリアラ様…愛しております」
喉から手が出そうな程に欲しかった。抱き締めて、その細い首に牙を突き立て血の一滴まで飲み干して、髪の一本まで腹に収めたい。そう思っていた。そう思っていたのだけれど、彼女は人魚以外を見る事はもう二度とないのだ。どんな感情であれ、彼女はもう人魚の事しか頭にないのだ……ならば、そのままで良い。
人魚はほっそりとした手でアイリアラを抱きしめる。それだけで、痺れすら伴いそうな程の歓喜が湧き上がるのだ。
「……ころさないで」
か細い声を呑むように、人魚は啄むようなキスをした。