あのおっさんぶっ飛ばす。
「...」
今STAFF ONLYって書いてあるのに平気で門によじ登って侵入してる私の婚約者(ただいま自分の前世を思い出して絶賛暴走中のイギリスとのハーフ21歳)を息を殺して観察していた。
予想通りあの洞窟に来た。私(前世で婚約者と敵対してたのを思い出して絶賛大混乱中の日本人20歳)の言ったこと忘れてるといいんだけど...
ガシャン、
朝陽は門の1番上まで登り切ったらそこから一気に飛び降りた。
どこに行くつもりなんだろう...あそこから行かなくても他の道が...
『兄ちゃーん!!』
『ははっ、ばーか。さっさとついてこねーとおいてくぞ!!』
"私"は必死に走ってた。ゴツゴツした岩を器用によけながら弟の小さな腕を引っ張ってる。
『ばれたら父ちゃんに怒られない?』
『大丈夫だって!その時は全部お前に押し付けるから。そしたら親父も怒れねーだろ。』
『えっ、最悪!!』
ルイはクリクリした目をさらに大きくして"私"を見つめた。
『冗談冗談。大体ここの道なんて誰も通らないよ。俺しか知らないし。しかも便利なのはここは洞窟の中心だからどこにでも繋がってるんだぜ?逃げ道も確保できる。』
ルイはそれを聞いて少し安堵したようだった...
「せまあっ...」
10歳と6歳の男の子が通った道を通ろうと思った私がバカでした。はい認めますよ!!!
中腰で歩かなきゃいけない上に足元暗いからiPhone で照らしながら歩かなきゃいけなかった。汗が額からポタリと落ちる。
「ったく、それにしてもあいつどこに...」
いた。
私の顔ぐらいの穴からやけに脚の長い男の姿が見えた。観光用に整備された場所とは違い昼間ではあるものの、薄暗くシルエットを確認できるだけで表情は見えない。
あいつ身長高い上に脚長いから腹立つ。しかも無駄に美脚だし。並ぶと涙出てくるわ。
「...」
「...」
朝陽はどこか一点を見つめているみたいだった。この薄暗さでも朝陽の鼻の始まりと終わりがよく分かる。そういえばここどこかで見たことあるな...あっ、ルイとここでしょっちゅう遊んでたから当たり前か。...ってバカ。なんで納得してるし。
それにしてもなんでわざわざSTAFF ONLYから入ったんだろう?そんなことしなくても普通に...
「ここは一般客は立ち入り禁止ですよ。」
朝陽と私はビクッと体を震わした。
...日本語?
「あっ、すいません。間違えました...」
コツコツと革靴で岩を踏む音が洞窟内に響き渡る。
「アンドルー・ワースフゥリックの死んだ場所はもっと向こうですよ。」
40代から50代くらいの人だろうか。ねっとりとガムみたいなしゃべり方をする人だ。
「ああ...すいません...ありがとうございます。」
「洞窟は迷いますからね。」
それはない。
思わず出かけた言葉をゴクリと飲み込んだ。
ここの入り口からあいつと私が決着をつけたところまで一本道だった。道は全部鎖で塞がれてたしあそこ以外に行く場所なんてないはずなのだから。午前中にそれはしっかり確認した。つまりこの人は...
「一瞬白人の観光客で英語で話しかけようか迷いましたよ。」
「はは...よく言われます...」
朝陽は父親のクローンかと突っ込みたくなるほど似てる。私も初対面英語で話しかけたら"ははー、日本人ですー。"とシンプルかつ無愛想に切られた。
「どうして分かったんですか俺が日本人って。」
「...実は、ある人を探してましてね。」
「人?」
「ええ。その人を調べてるうちにあなたのことも自動的に出てきまして...」
え、なにそれキモい。
朝陽も同じことを思ったらしい。次に口から出てきた声は明らかに不快感が出ていた。
「詮索...ですか。」
「誤解なさらないでください。ちょっと伺いたいことがありましてね...あなたの奥様に...」
「ふふっ」
朝陽は鼻で笑った。
「 何か?」
おっさんは怪訝そうに聞く。
「いえ。家内に何かご用ですか?」
おいおい...そこは否定してくれよ...あとから面倒じゃんか...絶対バカップルでしょこれ...
「あっああ...実は私こういうものでして...」
ゴソゴソと何かを探る音が反響する。薄暗い中でピカリと何かが光った。朝陽が携帯を取り出したらしい。ちょうど私が今しているように明かりの代わりにして小さい何かを照らした。
「歴史研究家...」
「ええ。この国を今単独で調べ直してましてね...旧アヴニル王国の結末はご存知ですか?この国の若き国王だったアンドルー・ワースフゥリックは非道にも自らの欲望のために人を殺し、税金を搾り取り、豪遊を重ねていました。国民から反感をかい追いつめられた国王はこの洞窟で自らの命を断ちました...」
「...」
だーかーら!!あいつは自分が悪いとか思うタイプじゃないんだって!!自ら責任感じて命を断つようなタイプじゃない!!
「しかしいくつか不審な点がありましてね。我々は新説を唱えたんです。」
「はあ...」
「...国王アンドルー・ワースフゥリックは誰かに殺されたのではないかという説です。それも一般市民に。」
空気が一瞬にして変わった。ピンと張り詰めてトゲが所々にある。
「私たちはその説に絶対的な確信があるのです。殺した市民の情報もあります。16歳の少年で名前はレイラ、黒髪で身長が高く父、母、弟の4人家族で...」
...いや、歴史のこと聞いた時に何で私のことないんだろうって思ったけどさ、けどさ...ここまで前世と今世の個人情報知られてると怖いって感情通り越して清々しくなる。千の風になれそうだよ。
「それが恵理香と何の関係があるんですか?」
「ああ...そうそう。」
私の中にある一つの答えがよぎる。
まさかこの人...でもそんなこと他人にわかるっていうの?私とレイラが...
「松本恵理香さんの前世が国王を倒した少年レイラなんです。」
「「え...」」
「そもそも前世なんて信じられるか分かりませんが、我々独自のルートで彼女がレイラだと知りました。それに...彼女はそれを知ってるはずです。」
オイテメーウチラノカンケイコワスキカ。てかなんで知ってるんだおっさん。個人情報脳内から取ってんのかお前。映画の世界やん。
「ちょっ...!!」
ってこんな冷静なツッコミ交わしてる場合じゃない!!どうしよう...!?会う顔がない...話し合うっていったって無理でしょ話にならない。ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ...
やけに愉快な音楽が私の手元から大音量で流れた。
「え...」
iphoneをチラリと見たこと。待ち受けがあるはずの画面には"國井朝陽"の文字...
「恵理...香...?」
拒否。
音楽は止み、気持ち悪い沈黙が辺りを包む。
「恵理香...いるのか?」
いない。いない。いない。いない。いない。
いない。