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57 勇者討伐【ブレイヴ・ソード編8】

「おい! 下に降りるぞ! 新人! 愚図々々(ぐずぐず)するな!」

 ユリたちが内緒話していたら、ハンスが遮るように掛け声をかけてきて、ブレイヴ・ソードの固定メンバーたちが次々とスロープを滑り降りて行った。ユリたちは荷物があるので、先行組がスロープから離れるのを待って滑り降りると、ハンスが早速雷を落とす。

「遅いぞ! 愚図々々(ぐずぐず)するなと言ったろうが!」

 ユリは、元いた世界で様々なダメ上司を見てきたので、ハンスの無能さがはっきりと分かる。だから、「愚図々々(ぐずぐず)してスロープを降りた処から離れずに邪魔をしていたのはあんたたちでしょうが」と言いたくなる気持ちはあったのだが、何とかその気持ちをぐっと抑えて頷くだけにした。

「おまえは照明係だろうが! さっさと明かりを点けろ!」

 暗がりでハンスが怒鳴りつけてきたのを聞いてユリは悟った。


(ああ、そういうことね。理解したわ。

 面接ではまともに自己紹介していないけど、斡旋証書には、レッド・グレイヴに伝えたときの内容で『普通のファイアーボールと、松明(たいまつ)代わりのライティング、目眩ましのフラッシュライトが使える』と書かれていたはずだもんね。そういうことは、普通なら本人に確認ぐらいするものなんだけど、こいつらは確認もせずに松明(たいまつ)無しでここに来たってことよね。

 馬鹿にもほどがあるわ。

 ハンスにはリーダーの資格なし!)


 以前レッド・グレイヴとダンジョンに潜った時は、ユリが降りるのはリーダーに続いて二番目で、後の人のために降りてきたユリをすぐにどかして後続の邪魔をしないようにしていたし、ユリに照明を付けさせてから後のメンバーを迎えていたが、ブレイヴ・ソードには、とくにハンスにはそういう気遣いや手順を考える頭がないということが丸わかりだった。


「じゃ、明かりを点けますね~」

 ユリがそう言うと、周囲が松明(たいまつ)を使うより遙かに明るく照らされ、周囲の様子を映し出した。ここは巨石こそ使われていないが、辺りには大理石のような白い石が積み上げられてていて、少しの照明でもかなり明るく、遠くまで見通すことができた。

「ふんっ! さすがにここには何もいねぇか」

 ハンスがそんな独り言を言って、調査係(リサーチャー)のベックを先に立たせて後ろの確認もせずにずんずんと先に進むのを、残りのメンバーとユリたちが慌てて追う形となった。


    *    *    *


 一行が階段で二階層目に降りると、いきなり二頭のクレイフォックスがユリたちに突っ込んできた。


 ずばんっ!

 びしっ! ざすっ!


 前衛のハンスが一頭のクレイフォックスの脇を擦り抜けざまにその首を切り落とし、トゥーラがもう一頭の足に槍を叩きつけて転倒させておいて喉笛に槍を突き刺していた。


「ふ~ん、やるじゃない」

 ゼノビアが偉そうな態度で褒めた。

 クレイフォックスは、人を化かす妖術のような魔法を使う狐で、戦闘力はそれほど高くない。素人は狐に化かされている間に襲われてしまうのだが、そうと分かっていれば先手必勝で討伐も容易なのだが、ゼノビアが感心した様子を見せたのは、普段より手際が良かったからだろうか。滑りやすい傾いた階段という、かなり悪い足場での戦闘なので、二人が敵を瞬殺したことを褒めるのは、大袈裟ではあるが、分からないでもない。


 その様子を、ユリは納得がいった顔で見ていた。

(さっそくエティスの加護が効いているようですね)


 ここは目的の階層ではないので、一行はさっさと次の階層に進む。


    *    *    *


 三階層目に降りると、今度はどこからともなく集まってきた毒ネズミの群れに取り囲まれた。その鳴き声は「チューチュー」ではなく、「ギーギー」という耳障りな音で、かなり五月蠅い。体長は四十センチメートルほどもあるが、それぞれの動きはそれほど速くはないので、一体ずつなら大した問題ではないのだが、とにかく数が多い。牙に毒があって、少しでも噛みつかれると命に係わる魔物(モンスター)なので、剣士が毒ネズミの集団に襲われるとまず助からないと言われている。

 前衛のハンスたちは、毒ネズミの集団を前に、攻撃を躊躇してその場に留まっていた。怯えていたのかもしれない。

 ゼノビアが直立不動で詠唱を始めていたのは、その出現を予測していたからであろうか。

「……不浄なるものを焼き滅ぼせ、フレイムホイップ!」

 ユリには詠唱の最後の部分しか聞き取れなかったが、ゼノピアがそう叫ぶと、ローブに隠れたその手の先から五メートルを超える焔の鞭?が繰り出され、近づく毒ネズミの群れを次々と焼き払っていった。

 しかし、その様子を見ていたユリには不満があった。


(相手に巻き付きもしないし、焔の筋が波打ってもいないし、全然鞭になってないじゃない。あれはどちらかといえば火炎放射器(フレイムスロワー)でしょ!)


 ゼノピアが大方の毒ネズミを焼き尽くすと、リザベルが感激の声を上げた。

「ゼノビアさん凄いです! 今日は一段と調子がいいじゃないですか」


(それは多分、エティスの加護が働いているからですよ)


「ゲホッ、ゲホッ!

 おい! ダンジョンでやたら火を使うんじゃねぇよ」

 ゼノビアの活躍は、どうやらハンスのお気に召さなかったようだ。魔法の火は燃料を燃やすわけではないので、それ自体は煙を出さないし、辺りの酸素を消費することもないが、その火で何かを加熱したり燃やしたりすれば、それは酸素を使った燃焼をすることもあるし、有害なガスを発生させることもある。ハンスの苦言は、毒ネズミを焼いた煙に巻かれたことを言ったようではあった。実際、かなりの悪臭が漂っている。


(閉鎖空間で火魔法を厳禁とするのは間違った考えじゃないけど、でもあれって、自分が危機的状況になったところで、ゼノビアさんに助けられて恥をかかされちゃったことと、見せ場を取られちゃったことへの八つ当たりよね)

 ハンスに対して容赦のない感想を抱くユリであった。


 ユリは、そこでふと、疑問に思ったことがあったので、アトラーパに訊いてみる。

「階段の下で魔物(モンスター)が待ち構えてましたけど、あれが普通なんですか? さっき聞いた話だと、外周のスロープの外側に伸びている坑道が魔物(モンスター)棲み処(すみか)だって言ってましたよね。わざわざ、ここまで来てるんですか?」

「そうですね、上層階は、下に急ぐハンターが階段を使うことが多いんですが、ダンジョンだとハンターが倒した魔物(モンスター)の死体を穴を掘って埋めることが出来ないので、大抵は放置していくんです。そうすると、多くの魔物(モンスター)が階段の周囲を餌場だと認識して、階段付近に集まってくるのだと言われています。そうするとまた、階段の周囲に死体が増えて、同じことが繰り返されるんですね。

 これが十階層目あたりになると、外周のスロープを使って移動するハンターが増えるので、魔物(モンスター)の分布はもう少し分散します」

「そういうことは潜る前に教えて欲しかったです」

「普通は、パーティーのリーダーが事前説明するんですけどね」

「あぁ、それじゃあ仕方ないですね」

 そういうことは、ブレイヴ・ソードに期待するだけ無駄だった。


    *    *    *


 続いて四階層目に来ると、今度は十六頭のサンダーフォックスが柱の陰からゆっくりと姿を現した。前に八頭、後ろに八頭で挟撃されそうになっている。

 サンダーフォックスは雷を(まと)った体長約2メートルの狐の魔物(モンスター)だ。大きさを無視すれば、先程のクレイフォックスと似てなくもないが、戦闘力と危険度が段違いであった。

 そいつらは、さっきまでは無音で身を隠していたのに、姿を現してからはバチッ、バチバチッと体の周りで放電を繰り返しながら、じわじわと近づいてきていた。地球では一センチあたり約三万ボルトで絶縁破壊すると言われている。ただし、その数値は空気の組成や湿度にもよるし、避雷針のような形状が相手だともっと低い数値になる。ここでの具体的な数値は不明だが、この魔物(モンスター)に剣や槍で攻撃しようとすれば、攻撃者が近づいた時点で即座に感電死することは間違いない。だから、今度もまた剣士のハンスや槍術士のトゥーラには手が出せない。

 そこでゼノビアが詠唱を始めたので、ユリはまず、自分とリザベルにだけこっそり防御結界を張って二人を完全に保護する。リザベルを保護するのは、ブレイヴ・ソードの固定メンバーの中での末席で、新人不在のときには今のユリの立場でこき使われているだろうことが用意に想像できるのと、見た目こそユリより歳上だが、母性本能をそそる雰囲気があるからだ。男に媚びるような女なら捨て置くが、母や姉を求める娘は大事にしたいと考えていた。

 二人に防御結界を張ると、次に防護スクロールを広げてキーワードを叫ぶ。

「プロテクション!」

 スクロールは、一枚の羊皮紙にあらかじめ一回分の魔法を封じたもので、広げた状態で決められたキーワードを唱えることで発動する。使うのは魔法使いでなくてもよく、難しい詠唱も必要としないので、旅商人が身を守るために所持することが多いのだが、今のブレイヴ・ソードのように、ハンターパーティーの後衛が使ったりもする。

 ユリが使ったのは防護魔法を封じたスクロールで、キーワードを言ったことで、スクロールに込められた魔法が発動し、防護障壁がユリたちを取り囲んで、サンダーフォックスが近づくのを防いだ。これでゼノビアが詠唱中に襲われるのを防ぐことが出来る。

「……雷を導き自らを滅せ、フロウィングウォーターリング!」

 ユリには相変わらず詠唱の最後の部分しか聞き取れなかったが、ゼノピアがそう叫ぶと、サンダーフォックスを円環状の水流が取り囲んで、周囲に張った防護障壁との間にグリグリと押し付けた。


(ちょっと待って。それ、私が防護障壁を張ってなかったらどうすんの!

 っていうか、破れかけてるって!)


 スクロールの防護障壁は通常魔法の物理障壁であって、ユリが扱う次元魔法の防護障壁と違って、強い力を掛けると破壊されることがある。ユリがあわててスクロールの防護障壁の外側に次元魔法の防護障壁を張り直すと、その障壁の周りでびしょ濡れのサンダーフォックスが走馬灯のような姿で連なった。


 ばちばちばちばちばちばちんっ!


 サンダーフォックスが、自身の発する雷で猛烈な火花を発して感電し、黒焦げになる様子を、ユリは唖然として見ていた。


(えっ? なんで?

 これってもしかして『乾電池百個を直列繋ぎしたら爆発した』みたいな奴?)


 ユリは子供の頃に、学校で悪ガキがやった悪戯に巻き込まれたときのことを思い出していた。今にして思えば、あの悪ガキの悪戯もイオトカ君の影響だったのかもしれない。

 ユリの考えは、実際、正しかった。サンダーフォックスは電気ウナギと同じように、体内で直流発電して、3万ボルトほどの電気を発生させている。電気ウナギとの違いは、魔力で発電していて遥かに高電圧な点と、体表で電離させたイオンを空気中に振りまいて放電しやすくしている点だ。純水は電気を通さないが、空中のイオンを取り込んだ水は導体になる。そのサンダーフォックスを水で濡らして、十六頭を円環状に繋いでやれば、48万ボルトになる。3頭が逆向きだったとしても30万ボルトだ。その電撃を食らったサンダーフォックスは、ひとたまりもないだろう。

 黒焦げ死体がプスプスと煙を上げ始めた頃、スクロールの効力が切れて防護障壁が消えたので、ユリの次元魔法の防護障壁も解除した。一方、手に持ったスクロールは火で焼いたように灰になる。スクロールは使い捨てのマジックアイテムだった。


「ゼノビアさん、凄いです! あんなやり方、前から知ってたんですか?」

 興奮したリザベルの質問に、ゼノビアが泰然として答える。

「昔、砂漠で縄張り争いをしていた猛毒の蛇が二匹、互いの尻尾を噛んで死ぬのを見たことがあるのよ」


(いやいやいやいや。そんな戦争の愚かさを示す文学的表現みたいなこと、現実にはありえないし、そんなの見たくらいじゃん思いつかないでしょ!)


「おい! 次に行くぞ!」

 どうやら活躍の場がなかったハンスは、ご機嫌斜めの様子だった。


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