56 勇者討伐【ブレイヴ・ソード編7】
ユリとアトラーパが防護障壁で作った聴診棒擬きに耳を当てると、部屋の中で会話する声が聞こえてきた。二人のすぐ近くで使用人が見張っているが、盗聴には気付かれてはいない。
『女の方は当分の間そのまま生かしておいて金を搾れるだけ搾り取るんだ。男の方は消耗品だな。これまでやってきたように、魔物に追われたときに餌として置いてくるんだ。今回は特に、はっきりとした被害があったほうが、ダンジョンの異常が確認されたって言いやすいからな』
それはハンスの声だった。
「アトラーパさん、さっさと逃げないとヤバそうですね。
魔物に襲われなくても、ハンスたちに襲われるかもしれません」
「私はダンジョンに潜ってまもなく姿を消しますから問題ないです」
『おまえさぁ、嗜虐趣味を満喫するのもいいけど、そろそろハンターギルドが目を付けてきてるからな。王都では、あんまりやり過ぎないほうがいいんじゃない?』
『今回は久しぶりの金蔓なんだ。伯爵とギルドには相応の投資をして、儲けを回収するだけだ』
『賢そうなこと言ってるけど、それって、賄賂を渡すってだけじゃん』
『その賄賂の金額を、最大の儲けが出るように絶妙に調整するから投資なんですよ』
「今の声は誰でしょうか」
ユリは、二人目が陰険なラドックの声であることは分かったが、一人目の声が分からない。
「ベックと、ラドックですね」
「ああ、ベックは昨日、私たちの跡を付けていた坊やですね」
「あれを『坊や』といいますか。見た目はユリさんの方が若そうですけどね。
それに、本人のいるところで『坊や』といっちゃ駄目ですよ。
ああいうのは、その程度の恨みで平気で殺しをやらかしますからね」
「覚えておきます」
『おい、ハンス。前の仕事をしてる途中で手に入れた《あれ》のことは伯爵にもハンターギルドにも気付かれてないんだろうな』
『ああ、相手によっちゃ金貨百万枚にもなるお宝だ。この国で二束三文で人に譲る気もねぇし、ましてや只で献上するなんてありえねぇからな』
『だが、あれを大金で買ってくれそうなのは、隣の帝国だ。
売ろうったって、そう簡単にはいかないからな。
取引するには情報を出さなきゃいけないし、出せばどこかから漏れる危険がある。取引の段取りができたとしても、下手したら、真贋を確かめるから預かるとか言って、そのままパクられるかもしれないんだ』
『金貰う前に渡すわきゃねぇだろ。渡した途端に発動されたら、こっちまで巻き込まれるんだからな』
『ったく。余計な仕事が入らなけりゃ、そっちに専念できたってのによ』
「これはラドックとハンスですね」
「なんか、相当ヤバイ話してますね」
「調べなければならないことが増えましたね。
彼らが言う前の仕事ってのは、エルトア領での魔獣退治のことだと思いますが、ハンターギルドに戻ったら詳しいことを確認しておきましょう」
「エルトア領? あれ? 最近聞いたような気がするんだけど……」
「グランバルト伯爵の領地ですよ。ユリさんとは面識があるって聞いてますけど」
「グランバルト伯爵? ええっと…………、あっ、闘技場で会った、あの怪しいおじさん!」
『おい、おまえらいつまでも食ってんじゃねぇ!
そろそろ行くぞ!』
「やばっ!」
がんっ!
ユリは慌てて聴診棒から耳を離して、その聴診棒を消したが、隣でアトラーパが耳を抑えている。ハンスがいきなりドアを蹴って開いたので、聴診棒が耳に刺さりこそしなかったが、側頭部を突かれてしまったようだ。
そんな二人を見たハンスが怒鳴りつけてきた。
「出発するって言ってんのに、なに手ぶらでボケっと突っ立ってんだ。さっさと荷物持ってこい!」
そういう大事な話を何ひとつせずに待たせてたアホはおまえだろうと言いたいのを我慢して、慌てて荷物を取りに行きながら、ユリはアトラーパの怪我を心配して訊く。
「頭を打ったようでしたけど、大丈夫ですか?」
「なに、あと少しの辛抱ですから」
あまり大丈夫ではないようだった。
「痛いの痛いの飛んでけー」
ユリがアトラーパの頭に手を当てて、日本でしか通用しないお呪いをかけると、階下からハンスが大声で叫び声を上げたのが聞こえてきた。
「ぎゃーー!!」
「何かあったんでしょうか?」
「箪笥の角に足の小指でもぶつけたんじゃないですか?(すっとぼけ)」
ふと、自分の痛みが消えたことに気づいたアトラーパが驚いた顔をした。
「変わった治癒魔法ですね」
「よく祖母に掛けてもらってました。
祖母の魔法は、あんまり効かなかったんですけどね」
(失敗したな~)
ユリは今頃になって盗聴棒にした防護障壁の基準点を間違えていたことを反省していた。どうやってドアに耳をあてようかと考えるあまり、ドアを基準点にした防護障壁を設定してしまったが、よくよく考えてみれば、室内のテーブルの上に置かれた花瓶かなにかを基準点にすれば、もっと安全に、もっと明瞭に盗聴できたはずであった。
(次からはそうしよっ!)
* * *
二人で二階に上がって荷物を持ち出そうとすると、買い集めた荷物の中身がかなり減っていることに、ユリは気づいた。小間物屋の親父と話題になった例の魔鉱石も無くなっている。
「えっ? まさか、ここに泥棒が入ったの?」
慌ててユリがラドックのところに報告にいくと、彼からトンデモない答えが返ってきた。
「後方支援物資の一部をメンバーに配っておいた。その方がおまえたちの荷物が減って楽になるだろう」
(えええっ!
恩着せがましく言ってるけど、それって後方支援じゃないでしょ!
完全にそれぞれの装備品じゃないの!
その費用を新人に負担させるって、どこまでセコいの、こいつら)
呆れるユリだったが、今は言い包められた振りをすることにして言った。
「そうなんですか、ありがとうございます」
(あとで吠え面かかせてやります!)
* * *
ブレイヴ・ソードの固定メンバーに続いて、ユリとアトラーパは屋敷を後にした。このとき、アトラーパが山のような荷物を、ユリもやや多めの荷物を持って、正面玄関から屋敷を出たのだが、荷物の『搬出』になるのに使用人が文句を欠片も言わないところを見ると、『搬入』の際のことは、やはり誰かから命じられた嫌がらせだったのだろう。
他のメンバーは軽装で、全員がほとんど荷物を持っていない。昨晩ユリの荷物からパクッたポーションを腰に下げている者もいるが、彼らが所持しているポーションの数が、減った数と合っていない。後で転売するつもりで、ラドックが屋敷に置いてきたのかもしれない。
目的の第二ダンジョンは、王都を挟んで、コロシアムの第一ダンジョンと正反対の位置にある。王都のど真ん中を突っ切れれば近道なのだが、王城の中を通り抜けるわけにいかず、王城の周囲の堀の外側を迂回して反対側に抜けて、一時間ほどで到着した。
レッド・グレイヴと潜ったダンジョンでもそうだったが、ここの入り口前にもいろいろな屋台が出店がしている。ただ、ここでは不思議と目立つのが履物を扱う店で、ブレイヴ・ソードのメンバーはそのひとつに寄って、自分の足に合うものを買い求めだした。
「ユリさんも買った方がいいですよ。
こういうことは本来、パーティーリーダーが言うことなんですけどね」
そうアトラーパに教えられ、変わった形状の履物を買って、それに履き替えた。その履物は、何というか、登山靴のごつごつしたゴム底を張り付けた地下足袋というか、ブーツというか、とにかく街中で普段履くことがないものだ。その履物の存在理由は、ダンジョンの入り口を前にして分かった。
「これはまた……変わった形の建物ですね」
ユリが首を斜めに傾けて眺めている目の前の構造物は、円柱型に積み上げたパンケーキを斜めにしたような形をしていて、外周にある柱や採光のための開口部も斜めになっている。
「もしかして、ダンジョンの床が全部の階層で傾いてたりするんですか?」
「はい、よく分かりましたね。どうしてそんな作りになってるのか分かりませんが、確認された階層は全て傾いています」
アトラーパの説明によれば、ここには円筒形に近い円錐型の中身の詰まった塔が十五度ぐらい傾いた状態で地中に埋まっていると言う。おそらく地上に建っていた古代の構造物が、天変地異かなにかで傾いた状態で地に埋もれたのだろうが、この世界の人間は地下のダンジョンは地上から地下に向かって作られたものだと考えていた。もしかしたら最下層の辺りが潰れてしまっているとか、中程で折れて、そこから下は横倒しになっているのかもしれないので、そこまで到達することが出来れば真実に気づくだろう。
アトラーパに聞いた話によれば、階層間はフロア内に何か所かある階段で結ばれているほかに、塔の周囲にぐるぐると巻き付けたような二重のスロープでも結ばれていて、およそ半周毎に一階層降りる作りだという。塔の直径が六十メートルほどで、階層間の床の高さの差分が八メートルくらいだとすると、スロープの傾斜角は五度位あることになる。全体が十五度傾いているので、そのスロープは場所によって十度から二十度の傾きということで、結構急な坂道だ。さらにその円筒形構造物の中には、最深部まで真っ直ぐに繋がった、落ちたら戻ってこられないと言われる穴がいくつかあるという。その話を聞いたユリは、その穴は古代のエレベーターシャフト(昇降路)の跡に違いないと思った。
また、その円筒型構造物は、それ自体がダンジョンなのだが、スロープの周囲に何本もの坑道が出来ていて、そこが魔物の棲み処になっていたりする。かなり厄介なダンジョンであった。
「床が傾いた建物って、ずっと中にいると精神をやられるんですよね~」
「精神的な負荷はともかく、床を滑り落ちると、まず間違いなく魔物が口を開けて待ってますから、くれぐれも足元に気を付けてください」
「蟻地獄みたいに砂を掛けてきたりしませんよね」
「今のところ、そういうのは確認されていませんね。天井が低いので、下から砂を飛ばしても上まで届きませんしね」
「おい、そこ! なにごちゃごちゃくっちゃべってやがんだ!
中に入るぞ!」
ハンスの掛け声に従って、ぞろぞろと中に入って行くと、床の傾きと九十度で交差する方向に向けて、下層に降りる巨大な滑り台があった。両脇に警備兵が三人ずつ配置されていて、高低差は十五メートルくらいあるだろうか。しかも傾斜角四十五度の直滑降だ。ユリは、東の街のダンジョン入り口にあった滑り棒と同じ役割なのだろうと理解した。
「あの、これって、帰りはどうするんですか?」
「大声で呼びかければ、両脇にいる警備兵がロープを投げてくれるから、それに掴まって登ることになります。スロープには油が塗ってあるので、さすがにこの角度だと、ロープなしに這って登るのは難しいですね」
「魔物だと登ってきたりしませんか?」
「そのときは油を流して火をつけることになっています」
言われてみれば、両脇の警備兵の横には、巻いて束にしたロープと、大きな樽が置かれている。
「それってつまり、取り残されたら戻れないってことですよね」
「くれぐれも、そうならないようにしてください」




