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55 勇者討伐【ブレイヴ・ソード編6】

 ユリたちの跡を付けたベックは、二人が宿をとったのを見届けると、その後ハンターギルドに寄って情報収集を行い、(つるぎ)(やかた)に戻ったのは、かなり遅い時刻だった。それにも拘わらず、応接室(新人の面会に使った部屋)に入ると、他のメンバーがまだ起きていて、揃って彼の帰りを待っていた。


「ご苦労。それで、どうだった?」

 ブレイヴ・ソードのリーダであるハンスが、例によって踏ん反り返った姿でそう問い掛けると、ベックが調査結果の報告を始める。

「あの二人のことなら、まあ問題ないね。

 宿については、男の方も女の方も、誰かと合流することもなく、自分たちで別々に取ってた。

 女の方は、最初は貴族が使う高級宿に入ろうとして追い出されてけど、やってることが完全にバカ娘だったな。正面玄関を使うのがあたりまえだと思っていて、この屋敷の裏口も分からずにうろうろしていたこととかを見ても、あれは間違いなくいいとこのお嬢様だ。

 ハンターギルドで調べたら、あの女がハンターになったのが僅か二週間前、王都に入ったのは一週間前だった。なにより、汚れひとつない服装や髪だったろ? あれを見て分かるように、金回りがいい。

 そうだよな? ラドック」

「そうですね。ウルド金貨二十枚分の買い物を全額立て替えて、平気な顔をしてましたね。あの娘なら、いくら不平を言っても、いくらでも言いくるめられます。おそらく、ハンターギルドか商業ギルドに貯えがあるはずですから、しっかりと搾り取りましょう」

「うまくやれよ。

 ところで、明日からのダンジョン仕事なんだが、……」

 ハンスが話題を変えてきた。

「昨日伝えたように、ハンターギルドからの指名依頼は、中層にいるフレイムリザード三頭分の皮の採取だ。始めは断ろうかと思ってたんだが、あのユリとかいう娘が入ってポーションやスクロールも十分に揃ったから、決行することにした」

 そこにゼノビアが口を挟む。

「相変わらず恥ずかしいことしてるわね。

 ハンスは、フレイムリザードの相手するのが初めてなんでしょ。

 あんたの腕で本当に大丈夫なの?

 皮の採取が目的だから、殺せばいいって訳でもないんですよ。ご自慢の聖剣で滅多切りにして、パッチワークにしかできないような細切れの皮にしちゃ駄目だってことは十分に心得ておいてくださいね」

「お、おまえなー……」

「あぁ、依頼の困難さについては俺が答える」

 ハンスが叫び出そうとするのを遮って口を挟んだのはベックだ。

「ハンスには伝えてあるが、ハンダーギルドが出した今回の指名依頼の本当の目的は、ダンジョンの調査だ」

「「「「ダンジョンの調査!?」」」」

「ハンターギルドの職員に鼻薬(はなぐすり)を効かせて調べてきた。聞き出すだけじゃないぞ。あんな小物の連中の言うことなんか信用できねーからな。書類で確認させてもらったのさ。

 コロシアムのダンジョンでの騒ぎについては、王都に帰還して早々に調べて話したとおりだ。だから、あっちのダンジョンは、今は閉鎖されちまっていて中には入れねぇ。閉鎖されてなくっても、完全に崩れちまってて入りようがねぇって話だけどな。とにかく異常事態だ。それが、あそこだけの問題じゃなくて、もうひとつのダンジョンにも異常があったら、王都の収入源がほとんどなくなっちまうからな。それに王都全体の問題なのかもしれない。それなら大問題だ。

 それで、ハンターギルドはもうひとつのダンジョンに異常がないかどうかを確認するために、俺たちに指名依頼だしたのさ。フレイムリザードを指定したのも、俺たちを中層まで行かせるための口実なのさ。

 だがな、ハンターギルドの真の目的が異常の有無の調査だから、少し潜って異常があるという報告ができれば、たとえフレイムリザードの皮が手に入らなくても問題ないのさ」

 この意見にはラドックが反論する。

「それは失敗してもペネルティーがないってだけの話だ。折角ギルドが通常の三倍の高値で買い取ってくれる、ボロ儲けの機会なんだ。それを逃す手はない」

 そこにゼノビアがラドックを揶揄うように言葉を添える。

「さすが守銭奴の言うことは違うわね。

 そうね、まだ異常があると決まったわけではないわ。

 それに、コロシアムのダンジョンと同じような異常があるというなら、スライムストームもあるってことでしょ。みんな生きて帰れないわよ?

 私は自分だけ生き残るぐらいなら出来るから、みんなのギルド証を拾い集めてパーティー全滅の報告ぐらいはしてあげるけど」

「そんなー、ゼノビアさん、見捨てないでください」

「大丈夫よ、リザベル。こいつを揶揄っただけだから。

 スライムストームなんて、魔殻でも使わなきゃ、何の兆候もなく発生することはないから。兆候があれば、私かベックが気付くから」


    *    *    *


 翌朝、ユリが(つるぎ)(やかた)の表玄関に行くと、今日は使用人が邪魔をすることなく、すんなりと中に入れてくれた。


(ふ~ん、本当は嫌がらせしたいんだけど、出発までの時間がないから中に通したって感じね)


「さてと」

 玄関から中に入ったはいいが、その先には案内されず、しかも先に来ていたアトラーパがエントランスで立ち往生している。

「こんなとこで、どうしたんですか?」

 脇で二人を見張っている使用人に聞こえないように、ユリが小声で話し始めると、アトラーパも頭の向きを変えずに小声で応答する。

「朝飯の最中だから、ここで待ってろと言われまして。

 まったく嫌になっちまいますよ」

 内心は腹が立っているのだろうが、ユリに対しては苦笑いして、冗談めかした言い方をするあたり、なかなか出来る(おとこ)だ。もっとも彼の場合、まもなくバックレるので、それまでの我慢と割り切って耐えているだけなのかもしれない。

「普通は、朝の打ち合わせを兼ねるから、同席させますよね。

 いったい、何を考えているのでしょうか?」

「そりゃ、私たちに聞かれたくない話をしたいからでしょうね」

「あ~ぁ、そういうこと」


 すぐにでもドアに耳を張り付けて盗聴したいところではあるが、すぐ脇で使用人に見張られているのでそうもいかない。

「じゃぁ、一緒に盗聴しましょう」

「えっ?」

 ユリの提案にアトラーパは驚いて使用人を横目で見て、自分たちがしっかりと見られていることを確認し、何を言ってるんだこの娘はという目をユリに向けた。

 ユリはそんなアトラーパを気にもせず、ドアを起点とした極小の防護障壁を自分の耳の脇とアトラーパの耳の脇に作成した。すると、その極小の防護障壁から、中の会話が聞こえてきた。


    *    *    *


 説明しよう。


 ユリは、ダルシンこと達磨のような神様もどきから、アイテムボックスを与えられていた。ただ貰ったわけではない。次元操作魔法をレクチャーされ、その応用例としてアイテムボックスを扱えるようになったのだ。

 この次元操作魔法、ダルシンが言うには、本来は魔法ではなく、ユリの元いた世界の人間による科学的な研究成果だという。多次元操作科学(MDMS: Multi-Dimensional Manipulation Science)というらしいが、ユリは細かいことは端折って聞いたのでよく分かっていない。それを応用することは、正しくは『次元操作技術』なのだが、人知を超える技術なので『次元操作魔法』と呼んでいる。


 ダルシンは、アイテムボックスのついでにと、他の応用例も教えてくれた。それが防護障壁と防御結界だ。後になってマリエラたちも同じ名前の魔法を使うことが分かったが、それは自動翻訳上同じになっているだけで、全くの別物だった。ユリの防護障壁や防御結界は、アイテムボックスと同様の次元操作魔法によるものだったからだ。


 次元操作魔法では、座標軸を規定して単純な方程式を与えることで障壁や結界を生成する。例えば直交座標で『x=0』とすれば平面、球面座標系で『r=R』とすれば球状といった具合だ。

 問題は基準点をどこにするかで、例えば自分自身の重心を基準点にした場合、盾や鎧代わりになるが、馬車に跳ねられたら自分自身に力が加わって吹っ飛ばされる。ユリが刺されたときに跳ね飛ばされるのはそのためだ。

 地面に防護障壁を立てる場合は、地殻に基準点を設定して固定している。ただし、地球の回転を表現する座標を使うと、防護障壁はその座標系上で留まったまま地面は地球の自転に伴って動いているので、相対的にとんでもない速度で防護障壁が動いて大災害を引き起こしてしまう。


 今回ユリが使った『ドアを起点とした極小の防護障壁』はその応用だ。

 この場合、ドアの振動がそのまま防護障壁の振動となるため、防護障壁に耳を付ければ、気づかれることなく、ドアに耳を張り付けたのと同じ効果があるのだ。

 ただ一つ注意しなければならないのは、いきなりドアを押し開けられると、耳元の防護障壁が耳に突き刺さる危険があることなのだが、ユリはそのことをすっかり忘れていた。


    *    *    *


「ユリさん、なんですか? これは」

 防護障壁は通常だと視認できないが、今は磨りガラスのようにしていて、一円玉サイズの防護障壁が目の前に二つ見えている。

「ええっと、ドアと耳元の間に、見えない聴診棒を用意したと思ってください」

「聴診棒?」

「棒状の聴診器ですよ」

「……??」


 ユリは説明の仕方を完全に間違っていた。

 現代の聴診器の前身が、棒の先に上戸(じょうご)を取り付けた形状のもので、その前が聴診棒。良く言っても杖、実際は単なる棒だった。高貴な患者に手を触れることが許されないために、棒の先端を患者の胸に当てて、反対側を耳にあてて心音を聴くのに使われていた。

 ただし、その棒状の聴診器ですら近代のもので、その五百年程前の時代である中世に使用された記録はない。つまり、中世ヨーロッパ文化のこの世界のアトラーパに聴診棒や聴診器の概念があるはずもなく、ユリの説明は意味をなしていなかった。それに、ユリが作った防護障壁の聴診棒は、棒と言いつつ、両端の距離が固定されているだけで、その間に触れられる形ある物体はなかった。

 なので、アトラーパはとりあえず『両端だけがある見えない棒』があるのだと解釈することにした。こうしてユリたちは、即席の盗聴装置を使うことで、誰にも気づかれることなく、部屋の中の声を不完全ながら聞くことが出来ることとなった。


「ふっふっふ。さあ、どんどん喋りなさい。

 悪党は都合の悪い話を、説明調で語るのが定番でしょ」

「定番かどうか知りませんが、私たちを排除したんですから、何か聞かれたら都合の悪い話をしているのは間違いないですね」

「そうですね。今は、しっかりと聞きましょう」


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