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04 初めての異世界【出立】

 というわけで、ユリは初めての異世界に来ていた。


 ユリは、元いた世界に置いてきた肉体から薬物が抜けるまでの間、修行と称してチート満載で異世界で悪の討伐をして過ごすこととなったのだ。そんなユルユルで修行になるのか甚だ疑問だが、ダルシンがいいと言っていたから多分いいのだろう。

 ちなみに、「ダルシン」というのは、自称神様の達磨さんにユリが付けたあだ名だ。最初「ダルマ神だからダルシン。でも言いにくいからダルシム」と言ったら、『権利関係で問題がある』からとNGを出されてしまい、ダルシンに決まった経緯がある。それなら神の名を呼べばよさそうなものだが、名前を訊いたら回答を拒否された。神や皇帝の真名は秘密で、知ったとしても絶対に口にしてはならないのだそうだ。そんなに偉かったのか、ダルシンちゃん。


 この異世界でユリが死ぬようなことがあれば、他殺だろうと自殺だろうと、ダルシンの元へ強制送還されるだけだ。つまり、何度でも死ねる。ここは実在する異世界だが、ユリにとってはVRMMOのようなものだ。

「そうはいっても、痛い死に方を無限に繰り返すようなループに嵌ったら、それこそ地獄だからね。死なないに越したことは無いわ」


 言葉は自動翻訳されることになっている。専門用語は本職の通訳でも間違えるので、かなり怪しいとは思っているが、日常会話が問題なければまあいいだろう。これから行くところが『カジャ』と『チッドレ』しか言わない世界だったら困るが、ダルシンは中世とルネサンスの混ざった文化社会と言っていたから、きっと大丈夫なはずだ。


 とりあえず三年は遊んで暮らせるだけのお金も渡された。そのときの遣り取りはこうだ。

「三年は遊んで暮らせるって言ったけど、貧乏人を基準にしてないわよね」

「ま、王族とはいわんが、小金持ちが三年遊んで暮らせるぐらいかの。

 なに、使い過ぎて首が回らなくなったら、首を括ってここに戻ってくればよいじゃろ」

「冗談じゃないわよ! 誰がするかっ、そんなこと!

 仮にも神様を自称してる奴が自殺を勧めるんじゃないわよ!」


 そのときの遣り取りを思い出していたユリは、今になって大変な見落としがあったことに気がついてしまった。

「あれっ?

 『小金持ちが三年遊んで暮らせる』だったっけ?

 『無一文の人間が小金持ちになって三年遊んで暮らせる』じゃなくて。

 既に家とかの必要な物が揃ってる小金持ちが三年遊んで暮らせる金額って、身一つの私だと宿代と食事代で消えちゃうんじゃないの!?

 ……、しまった~~~っ!!

 もっと貰っておくんだった~~~!!」


 そんなこんなで受け取ったお金のうち、小銭以外は大部分をアイテムボックスに入れ、一部のお金を生活道具一式と一緒に、ダルシンにもらった収納バッグに入れてある。


    *    *    *


 ユリが降り立ったのは、異世界のだだっ広い砂漠草原の、ほぼど真ん中だった。

 行った先の世界の人たちに見られても怪しまれないようにと、あらかじめ旅装束になって、旅人用の杖をついて、不自然でない大きさの荷袋を背負ってきたが、ここには砂地と僅かな草があるばかりで、ユリを見る動物すらいない。


「なんだ、誰もいないじゃない」

 ユリはそう言うと、折角用意した荷袋をアイテムボックスに収納する。少しでも身軽な方がいいからだ。


 ところでユリは、この異世界に来る際に姿形を変えてある。この異世界の知的生命体が水中の魚だったり、活火山に棲む龍だったらどうしようかと思ったが、ダルシンに確認したら、この異世界の人間はユリの知っている人間と同じ見た目だというので、安心してユリの理想の姿にした……つもりだった。

 今のユリは典型的な秋田美人。透き通るような、すべすべの白い肌。腰まで伸びた青みを帯びた艶のある黒髪。まるで北欧人とのハーフのような顔立ち。

ただ残念なことに、六等身のグラマラスな体形ではなかった。好きな姿にしてくれると言ってたのに、ダルシンから『権利関係で……』と拒否られてしまったからだ。ダルシンの言う『権利関係』というのは何なのだろうか。擦った揉んだして、最終的に将来に希望を託した少女体形にされてしまった。約束と違う!


「ええっと、それで、ここどこ?」


 予想していた風景と全然違うことに唖然とし、相手もいないのに、つい声に出して言ってしまう。いや、昔からあまり話し相手がいなかったせいか、ユリには普段から独り言を口に出してしまう癖があった。だから相手もいないのに声を出して言うのは、ユリにとっては普通のこととなっている。


 ユリは、ここに転移する前にダルシンと簡単に打ち合わせをして、いくつかの取り決めをした。

 ・夜だと危険なので、早朝に転移する。

 ・出現する瞬間を誰にも見られることのない場所に転移する。

 ・街の路地裏とかをピンポイントで正確に狙うことが難しいので、

  最低でも十メートル四方の広さがある場所に転移する。


 確かにここは、打ち合わせした通りの時刻と場所だ。だがユリが想定していたのとは違う。打ち合わせをしたときは、街の城壁の陰とか、街を囲む森の中の空き地とかを考えていた。だがここは、十メートル四方どころか、見渡す限りの砂漠草原。視力5.0の人間にも見られる心配はなかっただろう。森や林はもちろん、背の高い木が一本もなくて、陰に隠れるための障害物が、砂漠草原の僅かな丘陵しかなかったのがまずかったようだ。

 問題は、ここからだと簡単には人里に辿り着けないということだ。

 この星が地球と同じサイズだと仮定すると、ユリの身長では地平線までの距離は四キロメートル程度。街の一番高い建物が二十メートルだった場合、それが地平線に隠れるのはここから二十キロメートルは先になる。


「いくらなんでも遠すぎない?

 もうちょっと街の近くにできたんじゃないの?」


 街道すら見当たらないので、道端で荷馬車を待ってヒッチハイクすることもできやしない。戻ったら、ダルシンをとっちめてやる。


「しょうがないわね。

 それじゃ、せぇの……出でよ!ド()ンチョ!」


 ユリが必要のない掛け声(呪文ではない)を叫んで、異次元空間に収めてあった鷲のようなものを空中に放り出すと、それは羽ばたいてユリの頭上を飛び回りだした。これもまた、ダルシンに貰った、AI搭載の鳥型ドローンだ。ユリがバードロン(bird drone)と名付けようとしたら、またも『権利関係で……』と却下されてドロンチョ(drone鳥)にしたやつだ。デザインも、ユリは色彩豊かな鳳凰にしたかったのだが、「目立つと貴族が奪いに来るからダメ」と言われて、無難な(わし)の姿になっている。

 他に蝙蝠型も貰っていて、そっちはド()ンコ(droneコウモリ)にした。昼行性の鷲を模したド()ンチョが昼用で、夜行性の大蝙蝠を模したド()ンコが夜用。どちらもアクセントは「ロ」の位置だ。


「それじゃ、ドロンチョちゃん。

 一番近い街がどっちにあるのか見てきて!」


 ユリがそう言うと、鳥型ドローンはぶわっと羽ばたいて上空高くに飛び上がる。頭上で甲高く「キィーッキーッキーッ」と鳴きながら、ゆっくりと大きく3回旋回した後、すぐに下降してきてユリの南側の地面に着地し、南を向いて「クァクァクァッ、クァクァクァクァッ」と鳴いて街がある場所を伝えた。

 この鷲のような鳴き声は、普通の人にはただの鳴き声だったが、ユリには自動翻訳されて、それぞれ「この近くには街も街道もない」「街はこのずっと先、六十キロメートルぐらい離れた場所」と聞こえていた。


「そっちね、って、え~~六十キロメートル!?

 九十九里浜縦断くらいかぁ。ゴビ砂漠に比べたら微々たるもんだけど、今日中に街に着けるかな~。

 まぁその、ドロンチョちゃん、お疲れ様」

「クァクァッ」


 AI搭載ドローンは喋るのが当たり前と思っていたユリは、自動翻訳されたことに気づくこともなく、そう言ってドロンチョを収納すると、南に向かって歩き出した。

 

    *    *    *


「ふぇ~~、暑い~~」


 炎天下、広大な砂漠草原のただ中で、ユリは一人でとぼとぼと歩いていた。出立したときは早朝だったので肌寒いくらいだったが、陽が昇るとたちまち気温が上昇していた。

 砂漠草原と言ってもいろいろあるが、ここは草が(まばら)にしかない、ほぼ砂漠といって差し支えない地域であった。昼と夜の寒暖差が激しく、日中の気温は摂氏五十度近くになる。乾燥した空気により蒸し暑さはないのだが、汗を掻いても掻いたそばから乾いてしまうので、ユリの顔にはうっすらと白く塩を吹いた跡が残っていた。

 ユリは、旅装束の服以外には小さなバッグしか身に着けていない。帽子は被らず、ムスリムの女性が使うヒシャブのような布を被って、強い陽射しと砂埃から身を守っている。彼女は、さっきまで杖を手にしていたのだが、砂地の草原では砂に刺さってしまって使いにくく、手ぶらよりも疲れるからと手放してしまっていた。


「まったく、どんだけ暑いのよ~!

 いつまで歩かせる気!? 街まで遠すぎよ!

 あの(じじい)、少しは降ろす場所を選びなさいよ!」


 ユリが砂漠草原を目的地に向かって歩きながら、こんな場所に彼女を降ろしたダルシンへの悪態をついていた。街までの距離は既に把握していたので、『いつまで』というのは愚痴で言っただけだ。


 そんなとき、さっきまで周囲360度、僅かな草以外になにも無い砂漠草原の世界だったのに、遠くから砂煙を上げて、ユリに向かって四頭の大きな獣が走り寄ってくるのが見えた。さすがにこの距離だと、走る音も聞こえない。だんだん近づいてくると、それが山猫のような獣で巨大な牙があることが分かる。どう見てもサーベルタイガーだ。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!

 こっちにも心の準備ってものがあるでしょうがぁ!

 なんでいきなり大型獣なのよ!

 日本のロールプレイングゲームだったら、最初に遭遇する相手は弱っちい奴って決まってるでしょ!

 ええっと、こんなときには、どうするんだっけ??」

 そんなことをのんびり叫んで考え込んでいるものだから、既に獣は目の前に迫ってきていた。しかし、普通なら走ってきてそのまま襲い掛かるはずが、何かに警戒しているのか、少女を間近に等間隔に取り囲んで立ち止まった。

 その獣は肩高1m、体長2mと言ったところか。少女は大型獣と言ったが、この世界では中型に分類される獣だ。

 それを見ていた少女は、考えがまとまって気の抜けた言葉を吐く。

「ほいっ!」

 少女の近くの空中に出現した四本の石槍が、四頭のサーベルタイガーに向かって音もなく打ち出されると、相手はそれを避けて走り出したが、追尾機能付きの石槍はその背後から獣たちの延髄を次々と貫いた。


 ひゅんひゅんひゅんひゅん!

 どすどすどすどす!

 ぶしゅ~~~~!


 獣たちが、それぞれ後頭部から血を噴き上げるも、体を傾けながら走り続け、少女の脇を走り抜ける。


「きゃぁーーー! なんで止まんないの~!

 延髄は脊椎動物共通の急所じゃなかったの~!?

 もうっ、血が掛かるじゃないの~~!」


 ユリが大声を出すと、その声に応えるように、獣たちは徐々に走る速度を(ゆる)め、やがて足を止めて地に臥していった。


「あ~~っ、しまった~~! 防護障壁張るの忘れてた!

 それに石槍じゃ、体内に石が残るじゃないの!

 使うなら氷の槍を使いなさいよ! 氷の槍を!

 そもそもアイテムボックスに直接放り込めばよかったじゃないの!

 私のバカ~~!」


 これが、ユリが異世界に来て、最初の戦闘(出会い)だった。

 まだ魔物(モンスター)にこそ出くわしてないが、サーベルタイガーなんて、ユリが元いた世界では太古に絶滅している獣が存在している時点で、ここはユリにとって、とても異常な世界であった。


 ユリは周囲に転がった獣の死体を眺めて、これをどうしようかと、独り言を呟きながら考える。

「えっと、この死体って持って行った方がいいのかな?

 放置すると魔物(モンスター)が寄ってきたりするのよね?

 小説(ラノベ)だとギルドで買い取ってくれたりするけど、これも売れる?

 牙が立派だから、牙だけは売れそうな気がするんだけど……。

 折角アイテムボックス使えるんだし、丸ごと持ってきましょうか」


 ユリは、一頭の死体の脇に移動して掛け声をかける。

「いよっと!」

 すると、音もなく死体が消え、そこに風が吹き込んで砂が舞う。

「ゲホッ、ゲホッ。

 あぁ、収納するだけじゃなくて、空気と交換するようにしなきゃいけないんだった。もっと実地訓練しないと駄目ね~」

 ユリは軽く反省すると、次の死体の脇で同じことをする。

「はいよっと!」

 音もなく死体が消えるが、今回は風が吹き込まない。

「良し! これからはこうしましょう」

 そう言って、三体目の死体の死体も同様に収納し、四体目の死体の脇に移動したとき、それは現れた。


 ぶゎさっ!

 ばくんっ!

 ず~~~ん!


「ふえっ?」


 ユリが気づいたときには、事態を認識する前に全てが終わっていた。

 ユリは最初、それを見たときに、大口を開けて海中から飛び出す(くじら)(しゃち)の姿を思い浮かべていた。

 四体目の死体の真下から大口を開けて飛び出した巨大生物は、大量の砂を撒き散らしながら、砂と一緒に獣の死体を飲み込んで、地響きを立てて再び地中に姿を消した。地中に開いた穴には周囲の砂が流砂となって流れ込み、蟻地獄の巣のようになっていた。


「えええええ~~~。

 何よ今の!

 あんなのがいるなんて聞いてないわよ!

 大体、なんで地面の下で水中みたいに動けるんですか~~!!」


 ユリが叫ぶが、応えてくれる者は誰もいない。


「いや、別に答えを求めているわけじゃないからいいけどね」


 ユリは、砂中を勢いよく進む巨大なワームなら、いろいろな映画(ほとんどがB級映画)で見た覚えがあったが、さっきのは(くじら)に近いフォルムだった。


「ま、いっか。後で考えよっ」


 そう言うと、ユリは再び歩き始める。


「よし! 次行こう!」


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