03 初めての異世界【達磨さんとの出会い2】
「いろいろと誤解があるようじゃが、問題なのは、おまえさんに備わった『イリーザ・オーロン・トン・カコン』なのじゃ」
「ねぇ、その長ったらし~名前、何とかならないの?」
「なら『諸悪の根源』と呼ぶか? 儂はそれでもかまわんがの」
「そんなの人前で聞かれたらまずいでしょ!
う~~ん、わかったわ。今度から『イオトカ君』って呼ぶ。
断固そうする!」
「意思疎通する上で誤解を招かない名称ということなら、まぁよいじゃろう」
「まったく、はた迷惑なもんよこしてくれやがったわね~」
「この力は、元々はおまえさんの母に与えられるはずだったものじゃ。それが、おまえさんの母がおまえさんを受胎したのと、刻が重なってしまってな。
それで、間違っておまえさんの方に授けられてしまったのじゃよ」
「あのね、私、今二十五歳なんですけど。分かる? 二十五歳。
仕事のミスを二十五年も放置してんじゃないわよ!」
「神にとっては些細なこと。二十五年なんぞ、ほんの一瞬じゃ」
「あ~~、ぶん殴ってやりたい。
まぁ過ぎたことはもういいから、さっさとそのスキルを消してよね!」
「それはできん。既におまえさんの魂と一体化してしまっておる」
「はぁ!? 力を抑えることもできないの?」
「その力は常時発動型でコントロールできんのじゃ。
しかも、ここ五年で力が増してきておる」
「ちょっと。そんなんじゃ、世界中悪人だらけになっちゃうじゃない」
「それは少し違う。
おまえさんと関わった者が悪事に走るといっても、絶対ではない。おまえさんと出会わずとも遅かれ早かれ確実にするだろうことを、今すぐにしてしまうだけじゃ。
この力は、善良な人間には影響しないのじゃよ」
「善良な人間って、そんな完璧超人、どこにいるってのよ」
「この世界でも探せばいないことはないが、数は少ないな。
じゃからおまえさんの所に儂が来たのじゃよ」
「来ても役に立ってないじゃない」
「確かにこには床がないから、立ってはおらんの。ホッホッホッ」
そうだ、ここは辺り一帯が真っ白な謎空間だった。
「そんなこと言ってんじゃないわよ!
ふざけてばかりいるなら、あんた縛り付けて、あんたが邪神に堕ちるまで私の近くでこの変な力浴びせ続けるわよ!」
「それはちと困るのぅ。
だが安心せよ。おまえさんには、これに対抗する新たな力を授けよう」
「……大丈夫なんでしょうね?」
ユリは疑り深そうに訊いてしまう。
「それはおまえさん次第じゃな。
新たな力は『エヴロギア・ティ・ステア』じゃ。
この力も常時発動型だから、意識せずに使えるぞい」
「また和訳すると碌でもないやつじゃないでしょうね?」
「あえて言うなら『女神の恩恵』じゃな」
「なんだ、まともじゃないの!
でも、長いし、こっちも人に聞かれると面倒なことになるんでしょ。
だから、エティスって呼ぶわね」
勝手な命名をして、さあこれで解決かとユリが安心していたら、達磨さん(神様)が面倒なことを言いだした。
「ただしな、これを授けるには条件がある」
「お金ならないわよ」
「金ではない」
「じゃ、何よ」
「おまえさんには、新たな力を行使する修行してもらわねばならん」
「うぇ~、修行?
それってジャッキー・チェンとかジェット・リーとかのカンフー映画でやってるようなやつ? 念のため言っておくけど、ローワン・アトキンソンが『ジョニー・イングリッシュ 気休めの報酬』でやってたようなのは、男じゃない私には物理的に無理だからね。股間蹴られる訓練したって、男ほど痛くないし。
なにより、不衛生な施設で時代遅れな鍛錬するのは勘弁して欲しいわ~」
「そうではない。
おまえさんには、おまえさんの周りに湧いて出る悪を退治して回ってもらう」
「そんなの警察の仕事じゃん」
「修行の場は、おまえさんにとっての異世界じゃ。警察はおらんの」
「さっきエティスは常時発動型で意識せずに使えるって言ったじゃない。
そんなもの、どう修行するのよ」
「女神の加護は、具体的にイメージすることで、より強力な意味を持つ。
修行は、そのイメージを明確に描くことじゃ」
「ん~~、なんかよくわかんないんだけど。まぁいっか。
それで、異世界でって、病院で寝てる私の身体はどうなるの?」
「薬物が抜けるまで、まだ暫くかかるからの。
目覚めることができるようになるまで、十分に時間はある。
それに、異世界から戻るときは今のこの時間に戻る。
何年掛かろうと大丈夫じゃ」
「異世界に何年もいるってこと?」
(それはちょっと……いや、かなり嫌だ)
「なに、あっという間じゃ」
「だいたい、今に戻るんだったら、行くのは今でなくたっていいじゃない」
「今だからいいのじゃよ。やる気になるじゃろ?」
「まさか、私の体を人質にしようっての!?
本当に大丈夫なんでしょうね。」
「おまえさん次第……と言って欲しいのかの?」
「もし死んだらどうしてくれるのよ?
犯罪者だらけの世界に行くんでしょ。
いつ死んだっておかしくないってことじゃない」
「異世界で死んだら、ここに戻ってきてリトライじゃな」
「ライフ無限ってこと?
十分チートではあるけど、でもなぁ、自慢じゃないけど私非力なのよね~。
犯罪者見たら逃げることしかできないわよ?
悪者退治なんて絶対無理」
「そこはほれっ、『チート能力』とかいうものを使えるようにしてやる。
おまえさん、冒険譚が好きじゃろう?」
「それって、大魔導師の魔法が使えるようになるってこと?」
「異世界にいる間だけな。
エルフよりも不老長寿、病気にもかからん体にしよう。
好きな魔法を好きなように使えるようにしてやる」
「なんかチート過ぎるような?
……ってちょっと待って、不老長寿って。
まさか百年以上やらせる気じゃないでしょうね!?」
「おまえさん次第じゃ。三日で終わるかもしれんし、三千年かかるかもしれん」
「さんぜ……うぇ~~、お先真っ暗。
本当にできるの?
それって地獄じゃないわよね?
私なんか悪いことした?」
「悪いことをしたのはおまえさんの二親じゃな。
親の因果が子に報いたんじゃが、おまえさん、悪者退治したがっとったろ?
なに、大した時間が掛かるわけではない。
おまえさんがいう無間地獄みたいに七百京年も掛かることはないから心配いらん」
「七百京年ってほとんど無限じゃないの!
無限じゃないって言われて安心できるかぁ!
だいたい、私は悪事が嫌いなだけよ。悪者退治なんて大それたこと、したいなんて言ったこと一度もないわよ。
まぁいいわ。それで、その異世界って、どんなとこ?
江戸時代風?
未来世界?
それとも定番の中世ナーロッパ?」
「こちら世界で言えば、ヨーロッパの中世とルネサンスの混合文化かの」
「あぁ、つまり、本来はありえない、非論理的な文化社会ね。
まあ、魔法がある時点でそうなるんだろうけど。
ところで、言葉はどうすんの?」
「自動翻訳されるから心配いらん」
「人種差別とかない? 私の服やお金は?」
「排他的ではあるな。
姿形や服装は好きにさせてやろう。
金銭も十分に用意する」
「おぉぉ、太っ腹!
服はその世界で不自然でないデザインで、殺菌機能と温度調節機能付きがいいわね」
「そんな特殊機能付きで不自然でないというのは、論理破綻していて無理じゃな。殺菌と温度調節は魔法で何とでもなるし、その方が自分で買った服にも使えるからよいじゃろう。
他に必要なものはあるかの?」
「それじゃ、それじゃ、もしかしてあの『アイテムボックス』ってやつも使える?」
「アイテムボックス?
ちょっと待て……」
達磨さん(神様)がユリの頭の中を探って、どのアイテムボックスを思い浮かべているか知ると、笑みを浮かべて答えた。
「ふむ、その『アイテムボックス』なら、次元操作魔法がよいな。
多少副作用はあるが、まあ問題ないじゃろ。
出立前に通常の魔法と一緒にレクチャーして進ぜよう。
では準備を始めるかの」
* * *
達磨さん(神様)の魔法の授業は、十日ほど続いた。不思議空間では時間経過があいまいなので、正確な日数は良く分からない。とにかくここで、基本的な通常魔法の使い方と、次元操作魔法を徹底的に叩き込まれた。
とにかく基礎から徹底的に。
通常魔法も、よくある属性魔法ではない。例えば火魔法であれば、燃える芯となる素材の生成と加熱、そして運動量と運動エネルギーの付加によってファイヤーボールを作り出して飛ばす。それによって単純な炎弾ではなく、十万度の青白く輝く超々高温のブラスターを打てるようにする。それだけのことをするには、一々口に出して詠唱なんかしない。すべて頭の中で平行して考えて実行する。
魔法の作用する場所も、手元とは限らず、目の届く範囲であれば好きな場所にすることが出来る。途中に魔法を阻害するものが無ければ、相手の体内に焔弾や石刃や毒物を生成することも出来る。
次元操作魔法は、三次元+時間軸に五番目以降の次元を加えた高次元を操作する。これを使うと、地殻を起点として座標を固定することで、物理的に破壊不可能な防護障壁を設けることが出来る。アイテムボックスも次元操作魔法で実現する。時間軸の設定如何によって、時間経過あり/なしの使い分けもできる。
ユリがアイテムボックスを使えるようになると、人前で使うならこれの方がよいからと、アイテムボックス擬きのマジックアイテムを渡され、その作り方も教えられた。これも次元操作魔法の産物らしいが、これを形作るのには手間と時間がかかるというので、今回は達磨さん(神様)から提供してもらったのだ。
このマジックアイテムの一般名称は『収納バッグ』。ただし、収納先の形状に応じて『携帯背負子』『携帯小屋』『携帯倉庫』と使い分けされているという。達磨さん(神様)にもらったのは、ひとつのバッグでその全部が使い分けできる優れものだったが、普通はどれかひとつだけらしい。
その見た目は小さなバッグだが、『携帯背負子』の場合、蓋を開くと、異空間にある80リットルぐらいの容器と繋がり、物品の出し入れが可能となる。普段使うのはこれだ。これが『携帯小屋』や『携帯倉庫』だと、蓋を開くと扉のない出入口が現れ、異空間にある収納小屋や収納倉庫との出入りが可能となる。
それぞれ、その収納場所の中には仮想重力が働いている。収納バッグの内部は、時間停止はしないが、蓋を閉じた状態では空気や熱の出入りがない。つまり、気密性と断熱性を備えた普通の収納庫として機能する。
中に入れる荷物は、普通の収納庫と同様に手で持って出し入れするか、あるいは小屋や倉庫なら台車や荷車で出し入れする。積み方が悪いと下のものが潰れたり、荷崩れしたりするので、荷物を積む際は、その形や重さを意識して、自分で整理して配置する必要がある。
その代わり、収納バッグをひっくり返そうが振り回そうが、中のものには影響しない。だからトラックに(異世界なら馬車に)積み込むよりはずっと楽だ。『携帯背負子』の場合は、蓋を開いて上下ひっくり返しても中身が落ちてこない。その容量が小さめなのは、中に物を落としたときに、使用者の腕が底に届くサイズにする必要があったからだ。
収納バッグは、そのままだと生鮮食品の収納には向かないが、冬山で出入口を開いて一晩おいて中を冷却し、雪や氷を中に入れておくことで、それが溶け切るまでは冷蔵庫代わりにすることができる。
生体も入れられるが、収納中の空気の出入りがないので、長時間になると窒息の恐れがある。
ユリは、次元操作魔法のアイテムボックスと、その産物の収納バッグには本当に関心した。それよりも驚いたことに、達磨さん(神様)が言うには、次元操作は本来は魔法ではなく、ユリの世界の人間による科学的な研究成果だという。名前は教えてくれなかったが、その人は、その研究成果を使って自ら異世界探訪してるというから、そのうち会うことがあるかもしれない。
* * *
魔法の習得訓練が終わり、いよいよ異世界転移するとなったとき、ユリは、ダルシンにさらなる要求をする。
「現物支給して欲しいものがあるんだけど」
「なんじゃ、まだ足らんか」
「必要な物なんだからいいじゃない。
まず、調理済の食料と飲み物。向こうに行って、すぐに飲食できるとは限らないからね。アイテムボックスに入れて保存するから、温めたり冷やしたりして適温にしておいてね。
それと時計。向こうは一日が二十四時間じゃないかもしれないけど、暗闇の中で長時間過ごすときでも正確な時刻がわかるようにしたいから。できれば目覚まし時計とアナログの腕時計がいいわね。
それにメモ用紙と筆記用具。異世界って、紙に困ることが多いから。
あと、医療品。胃腸薬とか風邪薬とか、抗生物質の飲み薬と傷薬。ガーゼに絆創膏に包帯。向こうで治癒魔法がどのぐらい使えるのか分かってないもんね。
そして替えの下着。向こうじゃ手に入らないもんね。
調理道具と調味料と香辛料。
それと、えーっとえーっと、……」
「おまえさん、意外と欲が深いのぅ」
「失礼ね。心配性なだけよ」




