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15 初めての異世界【初心者教育1】

 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピ


「むにゅ~~」

 ユリは、翌朝、薄暗い部屋でぼけ~っと目を覚ますと、自分の置かれた状況を思い出すまでの長い時間、目覚まし時計のベルを止めるのも忘れて、百年の恋も冷めるようなまぬけ面を晒していた。恋人でもいれば少しは違ったのだろうが、寝ているときに無警戒なのは長年のひとり暮らしの弊害で、治安が悪く、魔物(モンスター)のいる異世界では、あまり好ましくないことだ。

 それはユリにとって初めての異世界での目覚めだったが、お気に入り(?)の『知らない天井』は、天井が黒く煤けているうえに部屋が暗くてユリには全然見えていない。昨夜は、見回りにきた宿の娘に、部屋の窓の板戸を閉めてから寝るようにと注意を受けていたので、それに従ったのだった。ユリは、子供の頃に祖父母の家で、夜は雨戸を閉めて寝ていたときのことを思い出す。朝になっても雨戸を開けるまで、部屋はほぼ真っ暗だったのだ。

 そしてこの部屋も、窓の板戸を閉めているので、もの凄く暗い。

 さっき目覚まし時計が鳴ったので、今は恐らく朝なのだが、この世界の一日の長さをまだ確認できていないので、地球の目覚まし時計で朝の時刻であっても、この世界では深夜という可能性はあった。板戸の隙間や節穴から光が漏れ入ってきてるので、辛うじて朝だと分かる程度だ。もしかしたら昼過ぎかもしれないが。


 硬いベッドを抜け出し、窓の板戸を開けて明るい空を見ると、ユリはあくびをしながら大きく伸びをした。

「ふわぁ~~」

 北側の窓だが、まだ低い位置にいる太陽の光が少しだけ差し込んでいる。ということは、やはり朝なのだろう。そして、地球と同じように地軸の傾きがなければこうはならない。真東よりもやや北側から日が昇る今は、きっと夏場なのだろう。

 体の節々が痛いのは、かろうじてベッドの形をしたものが、板敷きの上に五センチくらいの厚さに藁を敷いて、その上に麻布を被せただけのものだったからだろう。それでも、宿の三等室だと床板の上で集団で雑魚寝だと聞いていたので、これでもマシな方なのだろう。前日までは、元の世界で病院のベッドにいたはずだが、その記憶はない。入院前までの自宅の寝心地のいい布団が懐かしい。

 そんな酷い寝床でも朝まで目覚めなかったのは、相当に疲れが酷かったからだ。昨日は朝から一日中歩き続けたので筋肉痛もあり、精神的な疲労も酷かった。だからユリは、自分自身に治癒魔法と回復魔法を施す。寝る度に治癒魔法と回復魔法が必要だとしたら、それは何か間違っているような気がするが、ともかく今は、ようやく『気持ちのいい朝』を迎えることができた。

 そういえば、ダルシンから魔法の特訓を受けていた十日ほどの間、ここは精神世界だからといって、食事も睡眠もとっていなかった。もしかしたら、その疲れが残っていたのかもしれない。どれだけブラックなんだ、ダルシンの野郎。


 ユリは、この世界ではオーパーツになる目覚まし時計をアイテムボックスに収納すると、これからのことを考える。

「さて、今日は何をしましょうか?」


    *    *    *


「おはようございま~す」

 ユリが身支度を整えて食堂に降りると、ラッシュ・フォースの四人が既にテーブルについて待っていた。他のテーブルでは既に食事をしている客がいる。


(よかった。この世界でも朝食の習慣はあるのね。狩猟民族時代の名残で夜しか食事しないって言われたらどうしようかと思ってたけど、その心配は無いみたいね)


「すみません、私が最後だったみたいで。

 まともに寝るのが十日ぶりなんで、少し寝過ごしちゃいました」

「俺たちも来たばかりだから気にするな」

「ここまで来るのに荷馬車で十日も掛ったっていうの?

 あんた、どれだけ遠くから来たのよ?」

 マリエラが寝ていない理由を誤解していたが、ユリは嘘にならない範囲で誤魔化して答える。

「いえ、旅に出る前に熱血教師が寝かせてくれなかっただけで、長旅ってわけじゃありません」

「そうねー、危なっかしくて、教えずにいられない気持ちはなんとなく分かるわね」

「マリエラ、それは言い過ぎですよぅ」

「ところで皆さん、朝の食事は?」

「食事はこれからだ」

 ユリが席に着くと、五人分の朝食が運ばれてきた。ユリの分も注文してあったのかと思ったが、ユリの後に食堂に来た客にも注文を待たずに朝食を運んできてたので、どうやらこの宿では、席に着いたら朝食を出されるシステムのようだ。メニューは、硬パンに野菜スープに脂の少ない燻製肉を焼いたもの。ここでは朝からしっかりとした食事をするらしい。

 ユリはスープを一匙口に入れて、顔を(しか)める。

(……おいしくない……)

 調味料だけの問題ではない。素材の甘味や旨味が少なく蘞味(えぐみ)が強い。おそらく使われている野菜が原種に近い品種であったり、食べていい部分と食べてはいけない部分の区別がついてなかったり、よく似た毒草が混ざっていたりするのだろう。元いた世界でも、中世ヨーロッパでは煮汁を一度捨てていたということがよく分かる味だった。


 特に毒草の排除は、庶民が図鑑に触れることができない世界では、極めて困難なことだった。知らなければ間違えるのも当然だし、例え知っていても、長期間に渡って毒草のないのが当たり前になると、油断して再び混入することになる。現代日本でも、未だに道の駅やスーパーで毒キノコや毒草を間違って売ってしまったりすることが無くならないのだ。知識のない人々に、毒のある物を排除しろというのは無理な話だった。

 現代人だって分かっていなかったりする。スーパーで売っていたシラスの中にフグの稚魚が混入していてニュースになると「シラスにカニやイカの稚魚が混ざるのは当たり前でフグの稚魚ぐらいで騒ぎすぎ」と言う輩がいる。しかしそれは間違っている。トラフグはメスの卵巣に多くの毒がある。それは自身の身を守るための毒ではなく、生んだ稚魚を猛毒にして、稚魚が食われないようにするための毒だ。本当に危険なのは五ミリ以下の稚魚で、シラスの網にかかる大きさなら無毒であることが多いのだが、網に掛かっているということはフグの稚魚も大量に入っていると考えなければならない。その毒は、茹で汁に溶けこんで、シラス自体も毒で侵しているのだ。

 世の中には根拠も無く「昨日大丈夫だったから今日も大丈夫」と考える者がいる。物凄く多くいる。しかしそれは、大事故を起こす人間がよくやる間違った考えだ。これぐらいいいじゃないかと、一度手抜きを始めた人間は、どこまでもエスカレートする。

 転生した主人公が、煮汁を捨てることをやめさせて無双する小説(ラノベ)をときどき見かけるが、あれは人命に関わる間違った行為だ。その時だけは美味しく食べられたかもしれないが、将来大量の死人を出しかねない。

 ユリにしたって他人(ひと)のことは言えない。寝るときに無警戒になるのは似たようなものだからだ。拾ってきた犬や猫が、最初のうちは警戒心MAXで一切近寄ろうとしなかったのに、一年もすると部屋の中でだらしなく腹を上に向けて寝るようになるのと同じで、安全への慣れが理由だ。そういう人間は、つい玄関のドアの鍵を掛け忘れて犯罪に巻き込まれたりするのだ。


 話を戻そう。

 ユリはこっそり魔法で毒抜きし、隠し持っていた旨味調味料を耳かき一杯分スープに振りかけて味見しなおした。

(……うん。美味しいとまではいかないけど、まあまあね……)


「みなさん今日はどうされますか?

 昨日は私がいろいろと迷惑かけちゃったみたいで。

 リーダーからハンターギルドの説明を受けるのが保留になってますけど、これ以上ご迷惑かけられないし。私一人ハンターギルドに行って『やっぱりギルドで教えてください』ってお願いしに行けますから、食事をしたらお別れでもいいんですが……」

「そのことなんだが、ギルドで俺がやると宣言したからには、今更やめることはできない。前の仕事の完了報告があるんで、ハンターギルドに寄って少しばかり手続きすることになるが、初心者教育は街の外でするから、食事が終わったら荷物を持って降りてきてくれ」

「初心者教育を街の外でするんですか?

 ハンターギルドの説明って座学の講習かと思ってました」

「座学じゃ無理だな」

「え~っ、そんなお手間取らせちゃったら申し訳ないような。

 みなさんお仕事はしなくていいんですか?」

「今はひと仕事終わったところで自主休暇中だ。気にせんでいい」

「そうですか、分かりました。じゃぁ、準備してきます」

 そう言うとユリは、部屋には何も置いてなかったが、一度部屋に戻った。


 部屋に戻ると、アイテムボックスから偽装用の荷袋を出して担ぐ。

「あれ? そういえばダルシンさんから折角もらった収納バッグ、ほとんど使ってないや」

 ユリは、小銭以外のお金の一部と日常的な生活用具一式を収納バッグに入れていたが、歯ブラシですら出し入れが簡単なアイテムボックスを使っていた。

「もうちょっと収納バッグを使う習慣を身につけないと駄目よね」

 ユリはそんな独り言を言いながら一階に降りて行った


    *    *    *


 というわけで、ハンターギルドまで五人でぞろぞろとやってきた。

 ユリにとって二度目のハンターギルド。初めてじゃないのが何か嬉しい。


「俺が手続してくるから、みんなちょっと待っててくれ」

 リーダーはそう言うと、一人で中に入っていった。


「一緒に行かなくてよかったんですか?」

「ここの中は狭かったでしょ? 今の時間は混んでんのよ」

「商業ギルドの商館に比べると、建物が小さいですよね? 儲かってないんですか?」

「金儲けを目的としていないからな。質実剛健。体裁は気にしない」

 めずらしくジェイクが意見をいった。

「ハンターギルドは、使うべきところにお金を使うんですよぅ」

「使うべきところ?」

「これからあたしたちと一緒に行くところよ」

 マリエラが意味深に言うが具体的なことは言わない。行けば分かるということだろうか。

「どこ行くんですかね?

 まぁどこでもいいです。どんな困難でも吹っ飛ばしてやります!」

 それは小説(ラノベ)では言ってはいけない台詞(せりふ)だと知ってか知らずか、元気よく宣言するユリであった。

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