13 初めての異世界【宿屋で魔物談義3】
「それで、他にも訊いておきたい魔物はいるか?」
「え~っと、そうですね~」
ユリは、ラッシュ・フォースが相手したというオーガのこととか、他にトロールの話を訊きたいとは思っていた。
ただ、トロールについては、ファンタジー小説界でも千差万別だ。片や白雪姫に登場する可愛い小人のようなイメージかと思えば、片や日本のダイダラボッチのような山の化身だったりする。日本でも有名なムーミンの登場人物たちも、作者は名称だけ借りたということだが、トロールと呼ばれている。そんな愛らしい種族ならぜひ会いたいものだが、一方で吐き気を催すような醜い姿で凄まじい悪臭がするとも言われているので、そんな姿の魔物なら正直言って会いたくもない。
「ええと、私のいたところでトロールって言われてた魔物なんですけど、小っちゃくて可愛らしい妖精だって言う人と、山みたいに巨大で醜い化け物って言う人がいて、よく分からないんです。なにかご存じでしょうか?」
「トロールか、また面倒な魔物を持ち出してきたもんだな。見た目がギガンテス・トロール擬きの人間だったら王都に一人いるのを知ってるんだが……。
そうだ、本物のトロールなら、ミラが詳しいんじゃないか?」
「わたくしですかぁ? うーん、そうですねぇ。
トロールというのは、精霊の力を宿した魔物の総称ですねぇ」
「それがこの世界のトロールの定義なんですか?」
「だから小さいものから大きいものまでいるしぃ、奇麗で可愛いのもいれば、不潔で醜いのもいるんですよぅ」
「具体的な種類とか分かりますか?」
「いろいろといますからねぇ。
人形サイズの可愛らしいパペット・トロールとかぁ、
巨人のようなギガンテス・トロールとかぁ、
山のような大きさのマウンテン・トロールとかぁ、
汚物のようなフィルス・トロールとかぁ、
種類が多いから、大体はそのまんまの名前ですよぅ」
「下手に固有名詞付けられるより、分かりやすくていいんじゃないですか?」
「森の主とも言われるポンゴラスというのもいますけどねぇ」
(ポンゴって、オランウータンの仲間かい!?)
「ところで、精霊の力を宿してるって言いましたけど、汚物のようなフィルス・トロールでしたっけ、そんな不潔なやつにも力を貸すものなんですか? 精霊は相手を選ぶもんだと思ってましたけど」
「ユリさんの言う通り、力を貸す相手の選り好みは激しいと言われていますねぇ。ですけれど、精霊は人とは別の理の存在ですからねぇ。判断基準が違うんでしょうねぇ。
悪い人じゃないのに、なぜか避けられてる人とかもいますからねぇ」
他に何か訴えたいことでもあるのだろうか。ユリは、相手を見つめて話すミラの視線から、そっと目を逸らしてしまう。マリエラたちがミラの説教を怖がるのもなんとなく分かっってしまった。
ユリはこの際とばかり、砂漠草原で出会った獣と魔物のことも訊いておくことにした。
「あのですね~、この街にくる途中、砂漠草原で見かけた獣だか魔物だかのことも知りたいんですけど、いいですか?」
「そりゃ構わんが、お前、ひとりで旅してるときに魔物に出会ったのか?」
「あ、いえ、魔物かどうかも分かってないんで」
「まあいい。 どんな奴だったか言って見ろ」
「ええっと、いろんなのがいたんですけどね」
「ひとつじゃないのか!?」
「いくつだっていいじゃないですか。最初に出会ったのは、大っきな山猫みたいな奴と、大っきなイノシシみたいな奴で、砂漠草原の窪地で取っ組み合いしてました」
「取っ組み合いだと?」
ユリは、自分が襲われたと言うと後が面倒になるので、魔獣大決戦のひとつとして語ることにした。
「山猫みたいな奴は、体長二メートルぐらいで、三十センチくらいの長さの大っきな牙が二本、上顎から生えてました。イノシシみたいな奴は、とにかく大きくて、体重が一トンくらいは有りそうでしたね。見た目の特徴としては額に大きな瘤があったくらいでしょうか。山猫と距離を取っては、勢いをつけて頭突き攻撃を繰り返してました(嘘だけど)」
「お前、よくそれで生きてたな」
「あははっ」
「山猫みたいな奴は牙が大きいってだけじゃ分からんが、スマイロドンと呼ばれてる奴かもしれんな。魔物ではなくて、砂漠の大型獣だ」
「ほぅ」
(自動翻訳のせいかもしれないけど、サーベルタイガーじゃないんだ)
「イノシシみたいな奴は、おそらく石頭猪だな。時速百キロメートルほどの勢いで走ってきて、城門をぶち抜くこともある魔物だ」
「ひぇ~、そんな凄い奴だったんですか」
「ただ、助走するのに距離が必要だから、平坦な土地でないとその力を発揮できない。だから城門の前の道はあえて曲げてあるんだ」
「まあ、あのイノシシでなくても、戦争のときに丸太をぶつけて城門を破ろうとする破城槌とか攻城槌とかの対策でもあるでしょうしね」
「聞きたいのはそれだけか?」
「あとですね~、バカでかい蠍も見ましたね。背の高さが八メートルくらいで、全長は十五メートルくらい、尻尾を伸ばすと二十メートルくらいの奴です。
さっきの山猫みたいなの、スマイロドンですか、が私に向かって走ってきて、もう駄目かと思ったときに、突然地面からその巨大な蠍が現れて、スマイロドンを大っきなハサミで捕まえて、尻尾の鈎針を突き刺して、暫くしておとなしくなったら、スマイロドンを抱えて砂に潜っていきました(嘘だけど)」
「……、お前、ほんとによく生きてたな」
「あはははっ」
「それは恐らく巨大蠍という魔物だな。蠍なんだが、蟻地獄みたいな捕食をする奴だ。人間もよく襲われる。普通は数匹で集団で襲うんだが、そのときは一匹だったのか?」
「あ~、砂が舞い上がってたんで、他の奴には気づかなかったです」
(そういえば、私を襲ってきたのは八匹だったっけ)
リーダーが胡散臭そうな顔をしているのに気づいたユリは、慌てて話の続きをする。
「あっ、そう言えば、少し離れたところに丸椅子みたいな岩が見えて、スマイロドンが近づいて来る前は、それに座ろうかと思って歩いてたんですけど、スマイロドンと巨大蠍の争いが始まったら、その丸椅子が地面から抜け出してきて、エリンギみたいな姿で二本足で走って逃げってったんですけど」
「それは座ってなくて良かったな。そいつは歩き茸だ。岩か何かだと思って近づいた奴を襲う魔物だ」
「あとはですね~、広い牧場みたいなところに、大っきな羊の群れがいたんですけど、その背の高さが四メートルくらいあって、身体が青白い焔で包まれてました。地面の草は灰になっちゃってたんですけど、あの羊はいったい何を食べてるんですかね?」
「それは地獄焔羊だな。剣とか槍とか矢とかが利かない、面倒なやつだ。あいつらが何を食ってるかは俺も知らん。ハンターギルドに行けば図鑑があるから、それで調べてくれ」
「最後に見たのは、その~、かなり大きい奴でして。
地面の下から、砂を噴き上げて姿を現したのが、全高が約二十メートル、体長が約四十メートルの真っ黒なドラゴンで、全長が三十メートルくらいの環形動物と争ってました。結構近くにいたんで、もう駄目かと思ったんですけど、人間には興味が無いのか、こっちを襲ってくることはありませんでしたね。ただ、ブレスを吐いた時に巻き添えになりそうになって、それだけは危なかったですけど」
「ドラゴンは、真っ黒というのが気にはなるが、砂漠にいるならデザートドラゴンだな。戦っていた相手は突撃蚯蚓だろう。
デザートドラゴンは、亀みたいに地中に卵を産むんだが、それを突撃蚯蚓が食いに来るんで、ときどき争いが起きるんだ。そのとき、辺り一面にブレスを吐くから、目撃者がいたとしても、ほとんどが死んでしまって、そのせいで目撃情報は数えるほどしかない。
お前、よく生きてたな? もう死んでるんじゃないのか?」
「ユリさんは生きてますよぅ。幽霊とはオーラが違いますぅ」
「あっ、いけない。もうひとつ、飛び抜けてデカいのがいたんだ」
「まだいるのかよ」
ラッシュ・フォースの四人が完全に諦観してユリを見ているが、ユリは気づかずに話を続けた。
「馬鹿デカいクジラがいました。
どうやら獣や魔物の血の臭いを嗅ぎつけるみたいで、大乱闘して地面に血が落ちると、その真下の砂の中から大きな口を開けて飛び出してきて、砂も獲物も丸飲みして、またすぐに砂に潜って姿消しちゃうんです」
「あぁ、『クジラ』ってのが何か知らんが、そりゃ多分、砂食王だな」
* * *
その後も小説で読んだ、気になる魔物の話を聞き終えると、ユリはオーク談義のときに訊けなかったことを訊くことにした。
「そういえば、食べられる魔物ってどれくらいいるんですかね~?」
「魔物を食いたいのか?」
「さっき、食べた火トカゲも魔物ですよね?
もっと美味しい魔物もいるのかなって?
さっき教えてもらった石頭猪とかはどうですかね?」
「確かに火トカゲは魔物だが、あれは飼育してるやつだからな。石頭猪は食えないこともないんだが、あまり旨くないんだ。生息地が街から遠くて簡単には運べないから、よほど旨い肉ならともかく、旨くもないのに運んでくる奴がいない。そして飼育も難しいから、食卓に上ることはないな」
「イノシシならクセはあるけど美味しいのに、石頭猪は不味いんですか?」
「詳しいことは分からんが、魔物だから不味いのか、あるいは食い物が違うせいかのどっちかだろうな。イノシシは雑食だが、主食は木の実や芋や穀物だ。一方、石頭猪の主食は肉だ。普通の獣でも肉食獣の肉は不味いからな。実際、森で狩った狐や狼を食おうとしたときは難儀したよ」
マリエラとミラが、その時の味を思い出したのか、もの凄く嫌な顔をしている。と思ったら、黙っていられなくなったマリエラが言う。
「鹿もノウサギも獲れなかったからって、狐を下拵えもしないで食べさせられたときの恨みは今でも忘れてないんだからね。ああいうのはね、時間をかけて下拵えしてから食べる物なの。飯屋の料理人に聞いてみたら、狐肉だったら血抜きしてから一晩ヨーグルトに付け込む必要があるって言われたわ。それを狩ってきたのを血抜きもせずに、そのまま焼いたのを塩も香辛料もなしで食えとか、拷問かと思ったわよ。一度焼いちゃったから、血抜きし直すことも出来なくて、ホント最悪だったんだから」
「あのときちゃんと謝っただろうが。何回同じこと蒸し返すんだよ」
「思い出す度に何度でもよ」
(ああ、そういえば短大にいた中国人も、猫と狐は不味いって言ってたっけ。
あと、ユダヤ教とイスラム教は肉食動物を食べちゃいけないことになってるし、肉食動物を食べると、食物連鎖による毒素の生物濃縮がおきるから身体に悪いって話もあったわね。食糧難ならともかく、そんなリスクを負ってまで食べる必要があるかってことね)
「あぁ、でも、石頭猪も、運べるんだったら下拵えして食べられるってことですよね?」
その問いにミラが答える。
「火トカゲくらいならそれでもいいですけどぅ、石頭猪ぐらいの魔物だとぅ、下拵えする前にぃ、浄化して邪気を払う必要がありますねぇ」
「それしないとどうなります?」
「食べた人に邪気が移って悪人になるかもしれませんねぇ」
「うげっ」




