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夜明けの貴公子は行き遅れの太陽に恋焦がれる(旧題:引きこもり令息は行き遅れ令嬢を追いかけたい)  作者: 鶏冠 勇真
2.5章

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コミカライズ記念③ ユーミアの理想

本日6月15日(月)、『夜明けの貴公子は行き遅れの太陽に恋焦がれる』漫画版単行本①巻発売です!よろしくお願いします!


以下①巻発売記念番外編です。

本編終了後、「こぼれ話 初恋の人」の後の話。

「ユーミア姉様の好みの男性のタイプねぇ」

「はい!」

 ゴールディング伯爵家応接室。来客にソファに座るよう促し、この家の次期女当主であるタバサもその向かいに腰掛けた。

「ユーミア嬢に聞いても気を遣ってはぐらかされると思ったので……」

 来客の名はルクシオ・アンブラー。タバサの姉であるユーミアの婚約者(どうやら正式な婚約ではないようだが二人の様子を見るに婚約者と言い切って差し支えないだろう)、つまり未来の義兄である。兄と言っても年下であるが。

 義弟が年上のパターンはよく聞くことであるが、義兄が年下のパターンはなかなか珍しい。

「その、とある人から、ユーミア嬢は昔『年上で頼れる大人の男』が好みだと言っていたことがあると聞きまして」

 どこか言いづらそうに、誤魔化すようにして言う年下の兄。

 ロレッタのことだなとタバサはすぐにわかった。ユーミアの昔の話を知る者で、最近まで引きこもりであったという彼と接点がある者などロレッタしかいないだろう。少し前まで、いや、おそらく今でもこの男のことが好きで、ユーミアに協力を頼んでいた女の子。

「もしそれが本当なら、年齢以外は、年齢以外はなんとかするので……!他にもあれば教えていただきたく!」

 確かに幼い頃、ロレッタとその姉と自分という、年の近い者同士まとめてユーミアに面倒を見てもらっていたとき、そんな話をしたことがある。絵本の読み聞かせをしてもらったり、髪をお姫様のように結ってもらったりして……女の子らしく、理想の王子様について語り合った。

「と言っても、随分前のことだし、人の好みは変わるものだと思うけれど」

 今思えばユーミアは自分達に合わせてくれていただけだろうし、ルクシオがそこまで気にすることではないと思うけども。

「それでも!少しでも参考にできれば!ユーミア嬢が今すぐ結婚したいと思うような、理想の男になれば……!」

「参考になるかな……変えようがないような根本的な問題もあるし」

「ユーミア嬢の理想の男になるためなら根本から自分を叩き直します!どうか教えてください!」

 一歩も引かないルクシオの気迫に、これは何を言っても無駄だなとタバサは諦めた。世の中には知らない方がいいこともあると思いなんとか誤魔化そうと思ったのだが、このままはぐらかしていたら答えを求めて土下座でもしてきそうな勢いだ。

「わかったわ。教えてあげる。でも、でもね、あくまでこれは昔に言っていただけのことで、今でもそうとは限らないからね?」

「はい!ありがとうございます!」

 途端に嬉しそうに目を輝かせたルクシオを前に、タバサは静かに深呼吸をした。

 今からこの一途過ぎて少々周りが見えないきらいがある青年に、残酷な事実を伝えるために。

『王子様といえば、やっぱり金髪で青い目だよね!』

『うんうん!それで背が高くてー、ヒョイっとお姫様抱っこしてくれてー』

『あとはすっごく大きい宝石のゆびわを買ってくれるくらいおかねもち!』

 幼い頃、年下の従姉妹達と語り合った思い出が蘇る。

『そうね、私もそんな王子様と結婚したいわ』

 そんな自分達を微笑ましげに眺めて、絵本の王子様を指でなぞりながらそう言った、十年前の姉の顔も——。



 ◆◆◆



 五分後。

「母は金髪で……父は青い目なんです……もう一度産まれなおせば俺も……」

「待って!」

 理想に近づくためなら根本から叩き直すと言った男が本当に根本に立ち返ろうとするのを必死で止める。

「でも染めるとして!元の色がこれならせいぜいダークブロンドにしかならない!目に至ってはどうしようもない!」

「あああ貴方が極端な人だとは姉様から聞いてたけども!」

 まず伝えたのは『背が高くて簡単に自分をお姫様抱っこしてくれる人』だった。平均身長ギリギリであるらしい彼は若干ショックを受けかけたものの、「いやまだ背は伸びる、いや伸ばす!」と立ち直った。お姫様抱っこに関してももっと鍛えればいけるはずだと言い、今から筋トレでも始めそうな勢いだった。

 次に伝えたのは『大きい宝石の指輪を買ってくれるくらいのお金持ち』だ。これに関しては「受け取ってもらえるなら喜んで!!」とやる気に溢れていた。どうやら金策はあてがあるらしい。しかしさすがに本物の王族や代々財産を築く本物の大富豪には到底敵わないと落ち込みかけ、「いや不眠不休で描き続ければ……」と怪しげなことを呟いて持ち直した。

 そしてこの調子なら大丈夫かなと最後に伝えたのが『金髪で青い目』なのだが。さすがに迂闊だった。だってこれは、彼の持つ生まれつきの色を考えれば本当にどうしようもないことだ。

「今から産まれ直したら!また更にユーミア姉様と年が離れることになるじゃない!?」

「う、ううう」

「貴方が金髪碧眼に産まれたとしていくらなんでも姉様もその間に他の人と結婚してしまうでしょ、いいの!?」

「い、嫌だ!」

 甘かった。この男への認識が甘かった。

 おそらく最初から結構なダメージを受けていたのだ。次々と明かされる自身とは程遠い理想のタイプに傷が蓄積されていて、最後のこれで臨界点を突破した。

 いつぞやの怒涛の手紙事件のときに、何十通目のそれを手に『彼はたまに……いえ、常に極端なところがあるから……』と言っていた姉の言葉が今身に染みてわかった。

「そうだ……ユーミア嬢はこの色も綺麗だって言ってくれて」

「そう、だからね、貴方は貴方のままで、できるところで理想に近づいていけばいいと思う」

 これに真正面から付き合えるユーミアは我が姉ながら懐が深い。これはロレッタでは卸しきれなかっただろう。

 なんとかこの極端すぎる青年をなだめながら、これが未来の義兄かとタバサはしみじみと思った。

「確実に生まれ直すならもっと準備が必要だろうし」

 いやまだしみじみしている場合ではなかった。どんな準備をする気だ。なんだ?悪魔に魂を売る儀式の準備でもする気か?

「あのね本当に貴方は貴方のままでいいと思うの。そもそもちょっと理想と違ったとしてユーミア姉様がそれで貴方を見捨てると思う?」

「……思いません……けど……」

 好きな相手の理想に近づきたい、それだけ聞けば微笑ましいことなのにどこを間違ってしまったのか。微笑ましさの欠片もない。

「でも……ユーミア嬢は頭の天辺から足の爪の先まで世界一綺麗で理想通りで……あ、いや今のはただの比喩で足の爪はまだ見たことないんですけどでも近いうち……に……すみません今のは無しです言葉の綾ですすみません勿論結婚するまでは節度を持ったお付き合いをさせていただきたく!」

「落ち着いて」

「決して!常日頃そういうことばかり考えているわけでは!」

 たしかに男性が女性の素足を見る機会と言ったらそういうことだろう。何を想像していたかはこの焦りようから見るに明らかだ。

「ええと、その、つまり、ユーミア嬢は全身余すことなく理想通りなのに、対する俺が一欠片も理想に掠らないのはあまりに不公平だろうと……ユーミア嬢だってこれじゃあ今すぐ結婚してくれる気にならなくても仕方なく……」

 頭の天辺から足の爪先まで綺麗で世界一、全身余すことなく理想通り。これを本気で言っているところがこの男の凄いところである。

「ユーミア姉様が今すぐ結婚しようとしないのは、貴方の年齢を気にしてるだけだと思うけど」

 妹の欲目を差し引いてもユーミアは美人である。それは確かだ。しかしさすがに世界一は言い過ぎだろう。

「年……齢……」

「年下がダメって意味じゃなくて!」

 ゴフッと血を吐きかけたルクシオにタバサは慌ててフォローを入れた。早い。重い。ダメージを受けるのが早いし重い。

「貴方が成人したばかりでまだまだ若いから、焦って早くに結婚して後悔しないようにって思ってるんだよ姉様は」

「いえもう17です!成人した『ばかり』ではありません、17です四捨五入したらハタチです完全に大人です」

「そうやって大人になりたがるのが子供の証拠ね」

 年上に見られたいと思ってる時点で子供だ。必死で言い募る様はまあ年相応で微笑ましいかもしれない……。

「いや本当に大人だった場合も子供扱いされたら訂正するのは当たり前でしょう?その理屈はおかしいです、俺はもう大人です今すぐ結婚したって全然早くない!」

「食い下がるなあ〜!」

 微笑ましくはなかった。やっぱりちょっと違った。背伸びしたい男の子と言うより意地でも這い上がってくる系男子だ。

「というか貴方まだ16じゃあなかった?ユーミア姉様がそう言ってたと思うけど」

「17です。誕生日までもうあと残り三カ月もありませんので四捨五入すればゼロです。つまりもう17です四捨五入して20と言っても過言ではない」

「四捨五入好き過ぎない?」

 この溢れる四捨五入への信頼はどこから来ているのだろう。あんまり括り過ぎると今度は本当にハタチになった時にしばらく歳が取れなくなるがいいのだろうか。

「あのね、貴方がどんなに四捨五入しようと実年齢は変わらないわ。むしろその無理矢理な背伸びがやっぱりまだまだ若いなあって思うくらい」

「うっ」

 タバサの指摘にルクシオが怯んだ。少しでも大人に見られたくてやっているのであろう年齢のサバ読みだが、ハタから見れば逆効果でしかない。

「そんなこと言ったって……じゃあどうすれば……どうすればいいんだ……ユーミア嬢に子供だと思われたままじゃ、いつまで経っても結婚できない……!」

「ううーん」

 我が姉ながら罪なことをするなと考えながら、タバサは頭を抱えて嘆くルクシオを眺めた。そりゃあ世間一般的には16かそこらの男が20もとうに過ぎた女に夢中だと聞けば若気の至りだと思うし、その年の差なら男女が逆だと思うのが普通だ。世間一般的には。

「ならもう年の差なんて気にならないくらい俺がユーミア嬢の理想の男になるか、俺が一晩で十年くらい成長するしかないでしょう!」

 だがしかし、その世間一般から大きく外れているのだ。将来の義妹の前で大真面目にこんなことを言う年下の義兄は。

「その二択だと前者がまるで簡単なことのように聞こえるのが不思議ね」

「というわけでいっそのこと生まれ直す案に立ち返るわけですが」

「立ち返らないで」

 自分の幸せより他人の幸せを優先するユーミアの良いところが今回ばかりは悪い方向に働いている。ルクシオが後悔することのないようにと設けられた期間のはずが、ルクシオにとってはただただユーミアが己との結婚を避けている期間としか思えないのだろう。

「それか……金髪碧眼の男と身体を取り替える……?」

「最低限自己同一性は保つ方向にしない?」

 ここまで思い詰めてしまっているのだ。ルクシオの幸せを考えるならユーミアは今すぐにでも結婚してやるべきである。ルクシオがまだルクシオのままであるうちに。

「わかってるんです……男として見てもらえてないことは……ユーミア嬢の、手のかかる子供を放っておけないところに付け込んでおいて、今度は子供扱いされたくないなんて虫がいいこと……」

「そうねぇ」

 ユーミアは年下に対しては本当に甘い。年下というそれだけで庇護対象だと思ってるかのような節がある。

 ただこれに関してはタバサも少し責任を感じていた。幼い頃母を亡くした時に、当時17歳、今の己よりも年下であったユーミアに、こぞって母親の代わりを求めてしまったから。今思えば片手を少し超える程度しか変わらない、同じく母を亡くしたばかりの姉に、随分と重い役目を押し付けてしまったことである。

「でも、子供としか見てないわけじゃあないと思う」

 せめて少しでも罪滅ぼしが、いや恩返しができれば。そう思ったタバサが真っ直ぐにルクシオを見据えた。

「ユーミア姉様ね、貴方から貰った花束のリボン、鏡台の引き出しに入れて大事に取っておいてるのよ。つけられないからって一回私にくれようとしたけど、やっぱり駄目だって引っ込めて」

 タバサは知っている。ユーミアがもうルクシオのことを庇護すべき子供だとは思えていないことを。彼の幸せを願いながら、本当は誰にも渡したくないと願っていることを。

「え……」

 本人が気がつかないのなら、そのお相手に教えてあげるくらいバチは当たらないだろう。

「だから貴方ももっと自信を持って」

 タバサの話を聞いたルクシオが目を見開く。

「……うちの、母も」

 そして呆然と口を開け、絞り出すような声で答えた。

「うちの母も……子供の頃俺が兄達と一緒に贈った花束のリボンを……大事に鏡台に取っておいています……」

「うん?」

「そうですか……はは……ユーミア嬢も同じように……それは光栄……光栄だなぁ……あ、はは、あはははは」

 渇いた笑い声を上げながら目はまったく笑っていない未来の義兄。

「えっ?あ、待って違うの、子供のプレゼントを喜ぶ母親って意味じゃなくてね!?」

 失敗した。確かにこれはそっちの意味にも取れなくもない。恋に恋する十代前半の少女ならともかく、散々自分を子供扱いしてきた大人の女性である。ルクシオがそっちの意味で捉えるのも無理もない。

「畜生なんで俺はもっと早く産まれなかったんだ……っあと三年……いや五年……いや十年早く産まれていれば今頃蜜月真っ只中で今この瞬間も結婚八年記念日を祝ってたのに……っ」

「八年も続く予定なのね蜜月……というか今日が結婚記念日になる予定なの?何か特別な日だった?」

「勿論毎日が記念日です!ユーミア嬢と夫婦となれた奇跡を祝わない日なんて無い!」

 妄想が逞し過ぎて一周回ってポジティブである。どうやら持ち直してきたようだ。いや妄想で持ち直すのもどうかと思うけども。

「それは……情熱的でいいことね……」

 タバサは思わず片手で眉間を押さえながら、責任を取って一刻も早く回収してやれと心の中で姉に訴えたのだった。


話に入らなかった小ネタ


タバサは以前の怒涛の手紙事件の時からルクシオのことを内心でたまに『日刊ルクシオさん』って呼んでる。

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