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地獄の業火

1-043


――地獄ヘル業火ファイア――


 キララは暴走スタンビートの前半分の中心位と思える場所で速度を合わせる。

「クロちゃん、頭から降りて背中の方に行って頂戴。」

「クエッ。」

 そう言われてズルズルと頭からずりずりと降りるクロちゃんである、何故か人の言葉が判るみたいだ。

 キララは頭を上にあげるとズボンッと炎の塊を打ち出す、すると上空でボーンと破裂するゲルドに対する合図なのだろう。

 しかしゲルドが動く様子が無い。


「きっとまだ遠いのかもしれないわね。」

 そのままもう少し下の魔獣に合わせて位置を動かしていく。下の魔獣達もそれなりの速度で走っているのである。

「寒くない?」

「大丈夫です、キララ様。」

 サキュアはキララの服の中でユキを抱きしめていた。


「あれ?あれはゼルガイアのおじさんじゃないの?」

「馬に乗って全力でこちらに向かって走って来る獅子族の二人が見えた。」

 その間にキララが火の玉を打ち上げる。

 今度もゲルドは反応をしない。


「見て、動物の先端がもうじきゲルドさんの所に届いちゃうよ。」

 暴走スタンビートはゲルドのいる岩棚に近い辺りを通過する事になる、その周囲にはあまり多くは無い狩猟隊の隊員が魔獣を囲むように待機していた。

「ゲルドさんはなるべく暴走スタンビートの真ん中を狙って打つつもりなのね。」

 再びキララは上空に向けて火の玉を打ち上げる。


「師匠ーーーっ!」

 馬を降りたゼルガイアは全力でゲルドの所に駆け寄る。

 ナンナはゼルガイアの馬の手綱を掴むと全力でそこから離れていった。

「おお、ゼルガイア!よく見ておけ、ワシの最後の大魔法じゃ!」

 嬉しそうに笑顔でゼルガイアを見る。

「はいっ!光栄であります!」

 ゲルドは大きく口を開けると口の中に光が収束していく。


「打つみたいね。」

 ゲルドの前が少し光っているのに気が付いたキララは急速に高度を上げる。

 グワッとゲルドの顔が輝いたと思ったら真っ白な光の帯が暴走スタンビートに向かって伸びていく。

 光を発射した反動をゲルドの後ろにいる獣人達が必死で支える。

 グオオオオォォーーーッと発せられる光の帯はすぐには消えない。

 光の発するエネルギーは周囲の空気を強く熱して暴風を起こさせる。

 発射の反動に加えて暴風がゲルド達を襲う、一番後ろでお兄ちゃんが吹き飛ばされないようにみんなを抱えている。


「すごいっ、まだ続いている。」

 連続する光が暴走スタンビートに当たると奥の方から順に爆発が起きていく。

 ゆっくりと左右に振られる光の帯は魔獣達を嘗め尽くしていく。

「みてサキュアちゃん!ゲルドさんのお腹が!」

 出っ張っていたゲルドの腹がみるみるへっこんでいく。

 どうやらあのお腹の中身は全部魔獣細胞だったようである。

「あの豚、獅子の中の獅子だったのね。」ひそかに思うサキュアであった。


 暴走スタンビートの中で起きる爆発が魔獣たちを吹き飛ばしていく。

 光の帯は10秒以上続いてから消えた。

 暴走スタンビートの前半分がいた場所は焼け野原の様になにも無くなっていた。

「すごいっ!これがガルドさんの魔法の威力なんだ。」

「巻き込まれた人がいなけりゃ良いけど。」


 光が止まっとゲルドは崩れ落ちる。その腹は見る影も無くへこみ体はしなびたミイラの様であった。

「ふにゃふにゃふにゃ。」

「師匠おーーーっ!、このゼルガイア師匠の最後の大魔術しっかりこの目に焼き付けましたぞ~っ!師匠の後はワシがしっかり引き継ぎますから安心して成仏くだされ。」


「いや、ワシまだ死なないから。」干からびたミイラが口をきいた。



 丁度その頃連絡を受けてお父さんとお母さんが現場の近くまで飛んできていた。

 同じ日に暴走スタンビート懐嘯かいしょうが起きるなどと言うのは長いお父さんの記憶にも無かった。

 いや本当か?何しろ昔の事は殆ど忘れているお父さんであった。


「かあさん久し振りの暴走スタンビートじゃから沢山魔獣を狩って行こうじゃないか。」

「はいはいお父さんこれで4,5日は寝て暮らせますよ……主婦の仕事はそうはいかないけど。」

 何か怨嗟の声が聞こえたような気がするが、都合の悪い事は聞こえないと言う便利な耳を持ったお父さんである。

「あららでもなんかゼルガイアさんが高いとこで地獄ヘル業火ファイアを放つ姿勢を取ってますよ。」

「それはいかんな獲物が減ってしまうじゃないの。ん?いやあの腹の出具合はゼルガイアでは無いぞ。」

「ああらそれじゃゲルドさんなのね、最後のご奉公に出陣したみたいね、また地獄ヘル業火ファイアを撃つつもりみたいよ。」


 いやお母さん、まだゲルドは当分引退しませんから。


「母さんは彼の魔法を見たことあったっけ?」

「いやだ、もう忘れちゃったの?40年前位前にお父さんと一緒に見たじゃない。」

「おお、そう言えばこんがりと焼けた魔獣を取って行ったっけ。」

 500年前からの夫婦をやっているのであるからゲルドは幼いころから知っている筈である。

「そうか、それじゃせめて骨なりと拾ってあげなくちゃね。」


 ……何度も言いますけど死ぬ気は全然りませんから、どこからかゲルドの声が聞こえたような気がした。


「あら、ゲルドさんの一番後ろで押さえているのはお兄ちゃんじゃありませんこと?」

「おお、本当だ。それじゃ空中に浮いているのはキララか。打ち込む場所を指示しているんじゃな。」

 その時ゲルドの前にまばゆいばかりの光の帯が現れる。

 ゴオオーーーッとうなりを上げる光の帯が暴走スタンビートの真ん中に当たり大きく膨れ上がって爆発を起こす。

 光が当たった場所では次々と爆発の光が膨れ上がってまぶしさのあまり何も見えなくなる。


「キララはちゃんと逃げたかな?」

「大丈夫ですよずっと高度を上げていますから。」

 上を見るとキララが豆粒の様に小さくなっていた。

「キララお姉ちゃん寒い。」

 ユキの口から白い息がでていた。


「ごめんなさいね急に高度を上げちゃったから。寒くなっちゃったのね。」

「大丈夫よ私が抱いて温めてあげるから。」

 サキュアがキララの服の中でユキを抱きしめて服の中に潜り込む。

「なにこれ臭い。」

「魔獣たちが燃えているのよ。」

 爆発が終わったのでキララはゆっくりと降りてくる、爆発の後にはあちこちで火災が起き大量の魔獣が倒れていた。

 黒焦げになって煙を上げている物からまだ起きようともがいている物までさまざまである。

「やっぱり密集して走っていたから結構生き残った魔獣も多いわね。後ろの半分は殆ど無傷だし。」

 暴走スタンビートの半分は残っていてまだ街に向かって走り続けていた。


「お兄さんお願いがあります、残る魔獣の様子を知りたいのでワシを上空に連れて行っては貰えんでしょうか?」

「いいけどやっぱりゼルガイアさんだと背中に背負うのは難しいから前に抱くことになるよ。」

「おお、やっていただけるのであればいかなる方法でも構いはいたしませんとも。」

「それじゃ行くよ。」

 お兄ちゃんはゼルガイアの背中から抱きつきとそのまま上に昇って行く。


「うおおおお~~~っ空じゃ、空に登ってる~~っ。」

 なぜか嬉しそうなゼルガイアである、声が弾んでいる。

「暴れないでね、ゼルガイアさんが暴れたら落っことしちゃうかも知れないから。」

「わ、判っておりますとも。」

 そのまま魔獣の群れの上空に向かって二人は進んでいく。

「しかし見晴らしが良いで有りますな。東のガゼル渓谷の崖よりはるかに高い。」

 珍しいのか周りをキョロキョロ見回すゼルガイア、中身は結構子供の様である。


「それより魔獣の様子をよく見てよ、まだ移動を続けているみたいだよ。」

 焦げて死んでいる物やもがいている魔獣を踏みつけながら暴走スタンビートはまだ続いている。

「わ、わかりました。魔獣の群れの外周部に沿って飛行してくだされ。」

「それにしてもすごいよね、ゲルドさん地獄ヘル業火ファイアの一撃で半分を消し飛ばしちゃうんだから。」

「私の魔法の師匠ですからな。」

 ゼルガイアは自慢げに答える。


 魔獣の外周部を一周すると残った魔獣の数が大体わかる。

「だめじゃ、半分も削れてはいない。」

「それじゃ向こうにいる人たちに避難を呼びかけたほうがいいんじゃないの?」

「ゲルド殿の一撃で全滅出来ないと判断した時点で全員撤退の用意をしているはずです。増援が来るでしょうが魔獣を包囲できるのはずっと首都に近づいてからでしょうな。」

「それじゃゼルガイアさんも早く戻らなくちゃ。」

「いや、ゲルド殿に及ばずともここで少しでも群れを削っておきたい。」


「なに?まさかこの体勢で地獄ヘル業火ファイアを撃つの?」

「左様、もう少し群れに近づいてくだされ上空から撃てば効果はずっと高いですからな。」

「そんな事したら反動でゼルガイアさんが吹っ飛んじゃうよ、ここは空中だから足場なんか無いんだからさ。」

「そこを何とかお兄さんの力でお願いいたしたい。」

「いや~~~っ、困っちゃうな~~~っ。」



「お姉ちゃん魔獣の群れはまだ半分が残っているけど止まりそうもないよ。このままじゃあそこに残っている人たちが危険だよ~~~っ。」

「大丈夫です、彼らは魔獣退治の専門家です。無駄に自分たちを危険には晒しません、無理であれば後退して増援を待ちます。」

 サキュアはユキを抱きながら断言する。

「だけどそんな事をしたら途中に有る街や村に大変な被害が出るよ。」

「生きていればまた復興は出来ます、ここはそういう世界なのです。」


「お姉ちゃんなんとか出来ないの?」

 ユキはキララを見上げる。

「私のブレスではほんの少し削ることが出来るだけよ、それもユキちゃん達を抱いたままでは出来ないわ。」

「そんな……。」

「そこでですな、ユキちゃんの登場と言うことですよ。」

 突然ユキ達の横から声がした。

「え?」


 横を見るとパタパタとヒレを動かして空を飛ぶクロちゃんがいた。




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