表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/53

暴走

1-042

 

――暴走スタンビート――

 

「いいわよ、サキュアちゃんは私が運んであげる。」

 キララがサキュアに向かって微笑む。

「私も行っちゃだめ?だってみんないなくなっちゃったら帰れないんだもの。」

 みんなが話している間にも周囲人々は次々と馬車に乗り合って帰路に付いている。

 解体された肉も剥がされた革も全てそのまま置き去りにされたままである。

 暴走スタンビートはどこで起きてもどの様に軌道を変えるのかわからないから村の防衛に戻って行くのである。

 

「クエエエ~ッ。」

 クロちゃんが羽をパタパタと動かしながら周りを駆け回る。

「フウッとサキュアがため息を付く。仕方ありませんユキちゃんも一緒という事で。」

「たださあ、人を乗せるとそんなにスピードは上げられないよ。風が強くて息が詰まっちゃうから。」

「はい、現場まで運んでいただければ後は何とでもいたしますから。」

「それじゃどこかで縄を持ってきてよ背中にロープで縛り付けるからさ。」

 ミレイネがその辺に置き去りにされていたロープをお兄さんの体に巻き付ける。

 

 ゲルドは腰縄を結んでその一方をお兄さんの胸に回したロープに結ぶ、ゲルドの腹はポンレスハム状態では有る。

 お兄さんの尻尾にまたがると胸のロープを掴む。

 この状態ではお兄ちゃんの翼が動かせないが魔法を使うので浮かぶのには支障が無い。そのまま浮き上がると目的地に向かって飛び始めた。

「翼が無くて大丈夫なの?」

「大丈夫よユキちゃん、ただ翼がないと急旋回なんかが出来ないけどまっすぐ飛ぶだけだなら時々体が回転するだけよ。」

 なにやら恐ろしいことをさらっと聞かされる。

 

 ゲルドはゼルガイア程ではないが身長2メートルの大男である。それがボンレスハムであるからかなりの重量があった。

 飛び上がったお兄ちゃんは背中に背負ったゲルドの重みでだんだん体が仰向けになっていく。

「うおおおお?っ、大地が、大地が上になっておる~~っ。」

 ゲルドの悲鳴が聞こえたようではあるが気のせいにしておこう。

 あなた達は大丈夫よ体が小さいので羽を伸ばせるからあんなふうにはならないわ。

 二人の体重を合わせてもゲルドの半分にもならないのである。

 クロちゃんはトコトコとキララの頭の上によじ登るとそこにしがみつく、最近のクロの定位置はこの場所の様である。

 そのままキララは空中に浮きあがるとお兄ちゃんの後を追って飛び始める。

 

「こまったなあどうもバランスが悪くて、やっぱり翼がないと姿勢が取れないや。」

「なんのこれしきこのゲルド竜神様の恩義にこの程度で屈する獅子族では有りませんぞ。」

「とは言ってもなあ縄が食い込んでボンレスハムが千切れそうだもんなあ。」

 何度か姿勢を正して上向きにするがその度にまたひっくり返ってしまう。

「そうか、翼の代わりに手を広げれば良いんだ。」

 お兄ちゃんが両手を広げるとグローブが風を切って姿勢が安定する。

「おおっ、ひっくり返りませんぞ、竜神殿感謝いたします。」

 ひょうたんの様に贅肉を上下に分けてお兄ちゃんにしがみつくゲルドである。

 

「うわああ~っお姉ちゃん早いわあ?っ」

 ユキが嬉しそうな声を上げている。

「ちゃんとしがみついている?大丈夫?」

 後ろにいる二人を気遣うキララである。

 いつもは二人に抱かれて街に下りてくるのでスピードも遅く風に当たることも少なかった。

 しかし今回は早馬に負けない速度で飛んでいるのでものすごい風が二人を襲う。

 キララは何も感じないようであるがサキュアの耳は髪の毛と一緒にたなびいている。

 

「クエエエ~~ッ。」

 頭にしがみついているクロちゃんは元が鳥だけに流石に楽しそうである。」

「で、でも風が強くてキララ様の服が千切れそうです。」

「大丈夫よ、この布私の皮膚に負けないように丈夫な布を使っているから。」

 確かに裾のフリルは激しくたなびいて抵抗も大きそうである。

 

「ハクション!」

 ユキが大きなくしゃみをする。

「どうしましたユキちゃん、寒いのでは無いですか?」

「うん、少し寒い。」

 吹きさらしのキララの背中にしがみついているのである、風が強くて体温を奪われて行くのである。

「あら?お兄ちゃん下に降りていくわ。」

 お兄ちゃん達が下に降りるとゲルドがお兄ちゃんの背中から転げ落ちる。よたよたと歩きながら近くの家の扉を叩いた。

「ちょうどいいわ私達も降りましょう。」

 ゲルドはその家から毛布を借りると体に巻き付けてその上から腰縄を巻き直す。

 

「ゲルドさんもやっぱり寒いのですか?」

「おお、巫女様。いやはややはり年にはかないませんな。」

 こんな爺が暴走スタンビートの前線に行って何の役に立つのだろう?そう思うサキュアである。

「私達もここで毛布でも借りましょうか?」

「クエッ、クエッ!」

 クロちゃんも同じ意見らしい。

 

「ううん、考えたんだけどこの服は結構厚い生地を使っているのよね。」

 キララはドレスを指さして言った。

「は?」

 キララは服の上から腰の部分を縄で縛り直してもらうと二人を服の中に入れる。

 ふたりを抱くようにしてユキ達の背中に手を回すとと体を浮かせて再び飛び始めた。

 二人の体がキララの服の中に収まり胸元から顔だけが覗いている。

 

「今度は寒くない?」

「お姉ちゃんの体がすごく温かいです。」

「はい、これなら風も通りません、感謝いたします。」

 とはいえあまりスピードを上げられない事には変わりがない。

 そのまま2柱は目的地まで飛び続ける。

 

 現場の近くにやってくると狩猟部隊と思える集団が集まっていた。

 遠く森の方を見ると何やらただならぬ気配を感じさせる一角が有る。

「この近くのようじゃ、お兄さん申し訳ないがあの辺を上空から見てみたいのだが。」

「うん、いいよ。」

 そう言うとお兄ちゃんはコースを変えその一角に向けて飛んでいく。

 その場所は木々に隠れて良くは見えないもののところどころ開けた場所には一面に魔獣が走っているのが見える。

 

「ううむ。」

 ゲルドは指で四角形を作って魔獣の群れを見ている。

「何をやっているの?」

「単位面積あたりの魔獣数を数えておるのですよ。このまま魔獣の群れの外周を飛んでくだされ。」

 その後ろからユキ達を抱いたキララが後を付いてくる。

 

「すごいよサキュアちゃんあんなに魔獣が走っている。」

 サキュアもまたゲルドと同じ様に魔獣の数を数えている。

 大きく魔獣の群れを回り込む様にその上空を一周する。

「あ、あれサキュアちゃんあんなおっきな魔獣がいるよ。」

 魔獣の群れに混じって大型の魔獣が散見される。

 

「魔獣の移動につられて大型の魔獣も一緒に付いてきているのですよ。」

 サキュア達もまた飛行しながら魔獣の見える範囲の大きさを確認していく。

 魔獣の群れを一周したお兄ちゃんは集結している狩猟部隊の所に戻っていった。

「サキュアちゃんどうしたの?震えているよ。」

「も、申し訳有りません、群れの規模を見たら恐ろしさのあまり震えが止まりません。」

 サキュアは魔獣の群れからこれから起きるであろう大惨事の予想が付いてしまっているのである。

 

 サキュアは巫女の候補として生まれてからこれまでこの世界に関する様々な知識を学んできたのである。

 サキュア自身は自らの運命を受け入れ自分の使命についても深く理解している、その為子供らしい遊びや友人とも無縁であった。

 母の急死で幼くして巫女の任に付いてしまったが後悔も焦りもない。

 ただ淡々とその使命を受け継ぎやがて生まれるであろう自分の子供、あるいは巫女の候補となった者にその知識を継承していく義務を受け入れていた。

 

 その知識の中に暴走スタンビートの知識も有るがその被害の記録も見ている。

「キララ様、今回の暴走スタンビートはかなり大きい様です。」

 被害の予想を考えるとサキュアの耳は垂れ体を丸くして縮こまっていく。

「サキュアお姉ちゃんどうしたの?しっかりして。」

 ユキがサキュアの様子を見て抱きつく。

 

「大丈夫よサキュアちゃん。大型の魔獣はお父さん達が来て倒してくれるから。」

 暴走スタンビートが起きれば大型魔獣グリックも一緒に付いてくることは知られている。

 逆に言えば竜神に取ってこれは大型の魔獣をまとめて捕獲できるチャンスでも有るのだ。

 今頃伝令がお父さん達の所に駆けつけてこちらに向けて飛んでいる頃かだろう。

 もっとも多少大型魔獣グリックが減った所で暴走スタンビートには何の変化も無い。

 それでも大型魔獣グリックを多少なりとも減らすことが出来れば警備軍の被害を減らすことが出来るのだ。

 周囲の状況を確認できたゲルドは狩猟部隊の所に向かった。

 

 ゲルドがそこに降りると周囲から人々が集まってくる。

「責任者はどこであるか?」ゲルドの大声が響く。

 一人の犬耳族の男が進み出る。

「シルアナ方面駐屯地責任者のドルガであります。」

「警備本部教育部隊のゲルドである。じきゼルガイアも到着するが状況の報告を。」

「ゲルドだ。」

「ゲルド殿が来られた。」

「ゼルガイア殿も来られるらしい。」

 周囲から期待に満ちた様な声が聞こえる。

 なに?ゲルドさんってそんなに有名人なの?周囲の言葉からそう考えたユキであった。

 

「竜神様の力を借りて現在の状況の確認を行った、魔獣の数は約2万頭、全長1500メートル幅500メートルの規模で移動している。」

「そんな感じだったの?サキュアちゃん。」

 キララから降りたサキュアはまだうずくまったままだった、心配そうにユキが張り付いている。

 クロはユキの周りをウロウロしていた。

 

「竜神様には連絡をしたのか?」

「はいっ、首都にも伝令を送りまして龍神様への報告も同時になされる事になっております。」

 ドルガがゲルドに報告をする。

「だが今からでは間に合うかどうか?」

 暴走スタンビートに紛れてやって来るであろう肉食の大型魔獣グリックを街に入る前に倒すのは時間的に絶望的である。

 集団で進む魔獣たちは目の前に有るものが何であれ構わず攻撃するだろう、住民の避難が済んでいたとしても建物や畑にも甚大な被害が予想される。

 この規模までくると仮に先程の手勢と同様の人数が集まったとしてもまず体制を整える時間が無い。

 

 大型魔獣グリックを避けながら魔獣を殺さなくてはならない。そうなれば統一的な作戦無しの各個撃破しかなくなる。

 各個撃破と言う事になれば十分の一も削れまい、いや、それ以前に予想以上の隊員に損耗が出るだろう。

 下手をすればこのまま首都部までなだれ込まれる危険が有る。

 首都まで暴走スタンビートが到達すればどの位被害が出るか想像すらつかない。

 多分それまでに竜人神が大型や中型の魔獣を片を付けてくれるだろう、だが一万頭以上の魔獣が残る可能性が高い。

 

 もし半分でも削れるとしたら今のタイミングを置いて他にない、その為にゲルドは上空から暴走スタンビートの全容を観測したのである。

「この辺で一番高い丘はどこで有るか?」

「あそこの岩山で有ります!」

 隊員が近くの岩棚を示す、高さにして100メートル位は有ろうか?

 ゲルドは暴走スタンビートの方向と岩棚の方向を見定めえる。

 

「お兄さん、お願いいたします私をあそこに運んではもらえませぬか?」

「判ったいいよ。」

「キララ様にはお願いしたい義が御座います。」

「なに?」

暴走スタンビートの前半分辺りの上空に飛んで行っていただきたい。目標の場所を特定できます。」

 ゲルドが何を言いたいのか理解できたキララは、サキュアとユキを抱えるとドレスの中に押し込んだ。

「な、何をされるのですかキララ様。」

「二人をこんな所に置いておくわけにはいかないでしょう。」

 二人を抱えるとキララはふわっと体を浮かせる。

 クロが慌ててキララの尻尾にしがみ付くとトコトコと体をよじ登ってキララの頭に登って行く。

 

 100メートル位上空から見ていると地面を埋め尽くすような魔獣の数がよく判る。

「なんか水が流れているみたい。」

 大きな木や岩等をよけながら走る魔獣たちの様子は障害物を避けながら流れる水の様である。

「ゲルドさんはこれから一体何をするの?」

「地獄の業火ヘル・ファイアと言ってものすごく大きな魔法を放つのよ。」

「キララ様は知っておいでになるのですか?」

 サキュアがいささか驚いていた。

 

「もちろんよキララがもっと小さかった頃一度見た事が有ったわ。その時はもっと街から遠くの場所で魔法を打って魔獣を二手に分断できたの、今回はもう無理みたいね警備軍の展開が出来ていないもの。」

「どうなっちゃうの?」

「このまま暴走スタンビートは街の周辺部を通過して首都に向かうかもしれないわ。途中で軍が追い付くかもしれないけど集団を大きく削るのは難しいかもしれないわね。」

「しかし同時に2か所で懐嘯かいしょうが起きるなど前代未聞です。」

 キララはゼルガイアのいた方向を見る。

 熊族や獅子族がゲルドの背後からゲルドを押さえている、そのさらに後ろにお兄ちゃんも立っている。

 

 相当気合の入った一発を出すつもりらしい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ