バトルマニア
1-040
――バトルマニア――
「だいぶ魔獣が集まってきましたね。」
警備軍のキャンプ地と森の間に数百頭の魔獣がこちらの方に向かって歩いてくる。
魔獣と行っても種類は様々であるが今はあらゆる種類が大きいものから小さいものまで一緒くたにまとまって歩いてくる。
「あれが懐嘯の特徴なのですよ、種類の異なる魔獣達が一斉に同じ方向を目指して歩き始めるのです。」
「そう言えば魔獣が草を食べているけどの主食って何なのかしら?」
「ああ、魔獣と言っても草食から肉食まで様々おりますからな、ただやはり蹄持ちが圧倒的に多いですからな。」
蹄持ちとは元の性質が草食の魔獣の事である。それに対し肉球持ちとは雑食性の魔獣である、ただ魔獣の場合の食性は必ずしもその性質には則らない。
魔獣が大型化する理由は魔獣の肉を食べるからであり蹄持ちであろうと肉球持ちであろうと肉に限らず何でも食べるのである。
「そろそろ警備軍が包囲を始めるようですな。」
警備軍が魔獣達を囲むように移動を始める、その手には槍が構えられていた。
「懐嘯と言うからもっと荒々しくて洪水のようなものかと思っていたけどずいぶん静かなものなのね。」
「暴走ではありませんからな。ただ集まって同じ方向に進んでいくだけです。」
「あの魔獣達はなぜ同じ方向に進んで行くのかしら?」
「それはわかりませんな、ただ魔獣というのは死ににくく増えやすいものですからな、個体数が増えると生息地域を変えるという本能が有るのでは無いでしょうか?」
「でも場所を変えてもそこには別の魔獣がいるでしょう?街も有るし。」
「海や湖も有りますゆえそこに入水することも有ります。通り道に当たる魔獣を引き込んで群れは大きくなりますからいずれは暴走に変わって辺りの街や森を破壊し、最後はお互いに殺し合って自滅します。」
「それが懐嘯というものなのですか?」
「おそらく自然が魔獣が増えすぎないように仕掛けたものでは無いでしょうか?おかげで我々はこの魔獣の住む世界でも生き延びておられます。」
魔獣の住む世界で生き延びるということの厳しさは獣人であれば皆知っている。
暴走となれば街を囲む有る丸太塀程度では生き残れない場合が多い、それ故に人間は暴走を恐れるのである。
「狩猟隊は街の周囲の魔獣を狩って魔獣の数を減らしているのもその理由からです。それでも懐嘯は起こります。この程度で済んでくれれば我々も助かるのですが。」
魔獣の数はますます増えて来ているのが見て取れる。警備軍の討伐隊は既に魔獣の群れを包囲していた。
「あれ、ゼルガイアさんかしら?」
魔獣の群れの正面に立って両手に剣を持つひときわ大きい人間がいる。
ゼルガイアは懐嘯の正面に二本の剣を持って立ちはだかっており、その横にナンナが大きな歯の付いた槍を持って立っていた。
「ふっふっふっ、こいこいこい、さっさと来て我が双剣の露と消えるがいい。」
興奮しているのか感動しているのか?目が座って牙をむき出し体が震えている。
はっきり行ってこういった時のゼルガイアには近づきたくないものだと隊員は皆遠巻きにしている。
「正面からはだめですよ、後ろから近づいて暴れないように一撃で殺すのですよ。」
ナンナが横にいて注意をするが全然聞いている様子がない。
むやみやたらに群れに突っ込んで暴れまくると暴走を誘発しかねないのだ。
ゼルガイアは立ち尽くしたまま息が荒く牙をむき出した顔は笑っているようで時々舌なめずりをしている。
「ゼルガイアめまた二本剣など使いおって。」
ゲルドが眉をひそめてひとりごちる。
「いけないのですか?」
「槍と違って魔獣に接近しなくてはならんからな、負傷の確率が高まる。まああの男はバトルマニアじゃからのう。」
その後ろには武器を持たない1団が荷馬車を用意して待機している。
「森の中には勢子がおってな、魔獣達を包囲の中に追い込んで来るんじゃ。ほれ、森から出て来る魔獣が増えとるじゃろうが。」
魔獣が森から押し出されるように出てきてどんどん数を増やしている。
周辺部では既に魔獣が狩られ始めている。
討伐隊の周囲に展開している中、周辺の村から人々が集まってきて解体の準備をしている。
今日一日は戦場のようになるだろう。
「懐嘯ってすごく大変なことのように思っていたけどなんかお祭りみたい。」
「ははは、小規模な懐嘯であれば村人に貴重な肉を供給してくれる出来事ですからな。まあ、お祭り程度ですよ。」
走って来る魔獣を馬に乗った狩猟隊が数人掛かりで群れから離して全員で攻撃する。
一度に切り離せるのは4,5頭であるが隊員達全員で群れのあちこちで魔獣を削って行く。
運搬用の馬車の近くまで誘導し槍で突き殺す。
多くの魔獣には群れを作る性質が有り数頭から数十頭の群れで移動する。
その群れを見つけて本体から切り離す、本来であれば同じ方向に進むことのない群れはこの時だけは何故か全ての魔獣が同じ方向を向いて移動していくのだ。
魔獣は怒って隊員に突っかかるものもいるが小さいものは犬程度、大きなものでも牛程度の大きさなので数頭であれば問題なく倒せる。
森の中で獲物を追いながら狩っていくのと違い獲物から開けた場所に出てきてくれるのであるからこれほど楽な狩りもない。
一番気を付けなければならないのは魔獣を興奮させてそれが群れ全体に伝播する事である。
そうなると群れは速度を上げ暴走に至る事になる。
騒ぎを起こさないように後ろの方から少しずつ切り離して殺していくのだ。
殺された魔獣はすぐさま村人達が馬車に乗せ解体場に運んでいく。
やぐらに吊るして血抜きと皮剥を行い内蔵を抜く。
後ろの方では山の様な岩塩が用意され内臓に刷り込んでいく。
これだけ多くの獲物がいるととても内臓までは食べ切れないので大半は破棄される。
この一週間の間に内蔵を破棄する穴を何箇所も掘ってある。
放っておけば近在の獣達が全て平らげてくれる。
既に狼や狐等の獣が血の匂いを嗅ぎつけて内臓の一部を引きずって逃げていくが村民は解体と運搬が忙しくてそれどころではない。
獣人たちもその特性によって自然と役割分担が決まってくる。
犬耳族と猫耳族の男は警備軍に入っている者も多くそうでない者は女性と共に解体に回っている。
熊族はその大きな体と力で魔獣を荷車に乗せて運搬してくる。
女性も変わらず大きいので夫婦で運搬しているものもいる。
獅子族は元々狩猟本能が強く多くの警備軍の男と共に女性の隊員が討伐に参加している。
兎耳族は血の匂いに耐えられないらしく遠巻きに見ているだけである。
子供たちも今日ばかりは大活躍である。履いだ革や内臓の運搬を行ってみんなを手伝っている。
小規模な懐嘯は街中総出の大イベントなのである。
吊るされて解体された魔獣が何体もぶら下がっているやぐらが徐々に増えていく。
魔獣の群れはまだ続いているがなかなかゼルガイアのところには届かない。
手際よく切り離された魔獣があちこちで倒されていくが魔獣達はそれに気が付かないのか淡々と行進を続けている。
セルガイアの持つ剣がプルプルと震えている。
なぜかゼルガイアに近づいてくる魔獣達はゼルガイアを避けて左右に散ってしまうのだ。
それを討伐体は更に分散させ各個に倒していく。
「なぜだ、なぜワシの所に来ないのだ?」
ゼルガイアが絞り出すような声でつぶやく。
「あなた、殺気をだだ漏れさせ過ぎですよ。」
「大体なんじゃ?司令官のワシが馬にも乗らずこんな所で突っ立ってなきゃならんのだ?」
ガオオオオォォ~~~ッ、と咆哮を上げるゼルガイアであった。
その声を聞いた魔獣は更にゼルガイアからの距離を取る。
ゼルガイアの発する恐ろしいほどの殺気を感じた魔獣は本能的に避けて行くのである。
暴走が起きない限りゼルガイアに近寄ろうとする魔獣は皆無であろう。
それを理解しているミレイネの作戦である。
「司令官殿は魔獣から村人たちを守る最後の砦ですからこの最終防衛ラインの死守をお願いいたします。」
そう言ってゼルガイアをこの場所に縛り付けたのである。
ゼルガイアに群れの真ん中に突っ込まれて大暴れされたらそれこそ起きなくていい暴走が置きてしまう。
さらに重しとしてゼルガイアの馬を取り上げ奥さんのナンナを横に配しておいた。
「今のところ完璧ね。」
丘の上でミレイネがほくそ笑んでいた。
「ミレイネさんは何が嬉しいのだろう?お肉食べられないのに?」
ユキちゃんがミレイネを見て首をひねっていた。
「これまでの所何頭ぐらい狩っとるのかのう?」
ミレイネの両脇に兎耳族の女性が二人数を魔獣の数を数えていた。
「私の方は425頭です。」
「私の方は411頭。」
二人がそれぞれ答える、目視なのでこのくらいの誤差は当たり前なのである。
「大体そんなものか、すると残りはまだ5,6百頭はいるようじゃな。」
「全体では2000頭前後ではないかとと予想しております。」
2000頭と言っても小さいものは狼位の大きさの魔獣である。
見た目にもそれ程大きな群れには見えない。大半の魔獣は槍のひと刺しである。
殺戮の手順が順調に進んでゆきゼルガイアの周りから魔獣の影が減るに連れゼルガイアの表情は険しくなり額に血管が浮かび上がり体がわなわなと震えている。
「が、我慢ならん!ワシは行くぞ!」
飛び出そうとするゼルガイアの頭をナンナがコツンと槍の柄で叩く。
「あなたは村人を守る最後の防波堤なのですよ、村人を放っていくつもりですか!」
「ぐぬうううっ!」
意思の強い女房である。ゼルガイアは踏み出そうとした足を止めざるを得なかった。
「大型が出たぞ~っ!」
大きな声が響き渡る。
森から押し出される魔獣の後ろからふたまわり以上大きな魔獣が現れる。
周囲の討伐隊のメンバーが一斉に駆け寄ってくる。周囲にいた村人達は荷物を置いて一斉にその場所から離れる。
「なんだと~っ、それはいかん~っ♪ワシが行くまで持ちこたえろ~っ♪」
剣を構えたままドドドドッと地響きを立ててゼルガイアは大型魔獣に向かって走り始める。
「あなた相手は2キロも先ですよ。」
ナンナが叫ぶがゼルガイアは全然聞いていない。
魔獣達は迫力に押されて道を開けるが、後ろから押されるように前に出てくる。
ゼルガイアは魔獣達を悪鬼の形相で走りながら両手の剣で切り裂いていく。
時々追い詰められてゼルガイアに飛びかかろうとする魔獣もいるが後ろからナンナが槍を突き通す。
流石はゼルガイアの女房、内助の功である。
「ぐわはははは、いいぞいいぞもっと来るがいい。」
ゼルガイアの剣は正確に肋骨を貫き心臓に突き立てるか首筋に突き立てる。小型の物は首をはねる。
ほとんどひと振りで魔獣は絶命する。
しかし首を切られた魔獣からは大量の血が吹き出して地面を血で濡らす。
剣を使っているのはゼルガイアだけであとの兵士たちは槍を使っており心臓を突き刺すため出血は少ない。
「あなた、首はやめてください血しぶきで足元が滑ります。」
「わはははは、この血の匂いがたまらんな、がはははは。」
ナンナが後ろから苦言を呈するがゼルガイアは聞いていない、野生の本能のままに殺戮を繰り返す。
まあ日頃のストレスが溜まっているのだろう。
ミレイネがニコニコ笑って声援を送っている。
「ゼルガイア様~♪来月の締めは15日ですよ~~♪」
ミレイネの声が聞こえたのか否かはわからないが後ろを向いて嫌~な顔をしていた。




