狩 人
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――狩 人――
獲物の下の土を少し掘るとケアルは服を全部脱いでふんどし一丁になった。
服を脱いだのは返り血を浴びないようにとの配慮である。
子供達は驚いて目を丸くしていた。
鹿の喉元を裂いて地面に血が流れ始めると子供達が悲鳴を上げる。
続いて皮を剥ぐと鹿は白い肉の塊となる。
しばらく放置して血が抜けきれたら腹を割いて内蔵を引きずり出すのだ。
子供達は恐ろしいものでも見る様な目で震えながら獲物を見ている。
その間ミゲルは藪の中で食べられそうな木の実や草の根を集めていた。
先程剥いだ毛皮を敷き内蔵を引きずり出すと心臓と肝臓とを切り取り消化器を切り取る。
「よし、みんな服を脱げ。」
ええ~っと言う声が上がる。どうもこの子達は人前で服を脱ぐ習慣がないようだ。
「これはコイツの胃袋と腸だ。中にコイツが食ったものが入っている中身を流して皆で洗ってこい。」
ダンタロスにナイフを渡してそう告げる。
しかし子供達はその場を動こうとしない。
「洗わなければ糞の入った内臓を食うことになるぞ。」
「わかった、やるよ、皆ついてこい。」
ダンタロスが先導して数人で内臓を皮ごと抱えて持って行く、皮が台無しになるが売り物にする訳では無い。
「ミゲルすまないがこいつらにやり方を教えてやってくれ。」
「わかったわ。」
子供達が腸を洗っている間にミゲルは解体を始める。
きゃあきゃあワイワイと子供達は騒ぎながらも結局は全員で内蔵を洗い終って皮に包んで持ってきた。
その頃までにケアルは細かく肉を切ってあちこちの枝からぶら下げていた。
皮を広げると内臓をどけて心臓と肝臓を切り刻む。
「さあ、晩飯だ好きなものを取れ。」
「「「えええええ~~~~~っ。」」」
竜の子供達から悲鳴が上がる。
「こ、これ生だよ。」
「そうだ、新鮮な心臓と肝臓の肉だ、我ら討伐隊一番のごちそうだ。」
みんなあっけに取られたような顔をしていて誰も手を出そうとはしない。
「ボクは食べるぞ、ボクは竜族だ、この世で最強の生き物の末裔なんだ。」
そう言うとダンタロスはためらうことなく心臓を口に運ぶ。
モシャモシャと噛んでいたが突然顔をほころばせる。
「塩味がしないけど結構食べられる。」
それに釣られて他の子供達も肉に手を伸ばす。
「くさーい。」
「きもちわるーい。」
心臓は結構好評だったがレバーはやはり不評であった。
「火はないの~?」
「こんな所で火を使ったら見つかっちまうぞ。」
「ううう~~~っ。」
「我慢するのよ、私だって一生懸命食べているんだから。」
長女のエリアスが慰める。
口からぷーっと火を吐いて肉を焼いている子がいる。
「やめろ!魔力を無駄に使うな、僕たちには今回食べたゼリー一本分しか魔力が使えないんだ、イザというとき飛んで逃げなくちゃならないかもしれない、大事に取っておくんだ。」
そう言われて炎を吐くのをやめる。
「お肉は食べられないの?」
「肉は干せばそこそこ保つ、内臓はそんなに保たないから先に食べるんだ。」
ケアルは洗ってきた内臓を同じ様に細かく切って並べていく。
「全部食べたら肉を食わせてやる。」
そう言って率先して内蔵を食い始めるケアルである。
そこにミゲルが戻ってきた。
手にはたくさんの草の根と木の実を抱えていた。
ミゲルは座ると持ってきた草の根をかじり始める。
コリコリと美味しそうに食べるのを見て竜の子供達も興味を持ったようだ。
「それ、食べられるの?」
「ん。」
ミゲルはその中の一本を小さな子供に渡す。
その子は根っこをかじってみる、一生懸命噛んでいたがとうとう吐き出してしまった。
「こ、こんなのを食べているの?」
「何もないときはね、私は肉は食べられないから。」
これを聞いた子供達は与えられた生の臓物を黙って食べ始めた。
一頭分の臓物などあっという間になくなるので干していた肉を子供達に与えた。
全員がお腹いっぱいになるまで食べると後は朝食分位しか残らなかった。
枯れ葉を集めて寝床を作る。
近くでカサカサという音が聞こえる。
「血の匂いに引かれて来たのかしら、キツネかタヌキのようね。」
「明日の朝食に狩っておくか。」
ケアルはそっと出かけると音もなく帰ってきた。その手にはタヌキが2頭ぶら下げられていた。
それから3日間大きく迂回しながら森の中を進み続けた。
ケアルの正確な方向感覚はそれだけで地図上の自分の位置を特定できた。
とは言うものの木の根と木の実しか食い物のないミゲルが徐々に体力を落としてきた。
それに比べて生肉に慣れてきた子供達は徐々に元気を取り戻して来る。
森の中にはかなり獲物の影が濃く皆の食事を賄うのに不自由は無かった。
もっとも装甲車の中には干し肉や皮がそこいらじゅうに置いてあってまるで狩人小屋の様になってしまった。
「ケアルさん、ボクも狩りに連れて行って、狩りの仕方を教えて欲しいんだ。」
ある日ダンタロスがケアルに聞いてきた。
「お前は竜神族だ竜神には竜神の狩りの仕方が有る。俺たちの狩りはお前たちの狩りとは根本的に違う、何の参考にもならないぞ。」
「それでも獣を殺す経験をしたいんだよ。」
「それは判る。しかし俺たちは今は逃走中だ、はっきり言って足手まとなんだ。お前はまだ子供だしこれから学ぶ機会はいくらでも有るだろう、お前の親や兄になる竜から習うことだ。」
冷たい言い方かもしれないが人には役割が有る。
今の子供達は逃げ切るために黙って後ろについて来てくれないと困ると言うのが現実なのである。
そして4日目一軒だけ離れた場所に有る農家を見つけた、小さな畑も有る。
ケアルはなんとしてもミゲルの食料を調達したいと思った。
夜に忍び寄って畑に入ろうとする。
「グルウウウ~ッ。」
聞き慣れた声が聞こえてミゲルが身を固くする。
「ガアアアッ。」
「キュウウウ~~ン。」
ケアルが一喝するとその犬は頭と耳を下げる。ひと目で実力差がわかったみたいである。
「よしよしいい子だ。」
顎の下を撫でてやるとコロンと腹を出す。
「コイツ、本物だぜ。」
この世界に来て初めて見る生きた犬である。
「見て、ニンジンを作ってる!」
嬉しそうな声を上げると早速抜いてズボンで泥を落とすとそのままかじりついた。
「んんんん~~~っ、採りたてはおいしいい~~~~っ。」
ミゲルも余程腹が減っていたのだろうコリコリと採ったばかりのニンジンをほうばっている。
「どうした?誰か来たのか?」
犬の声に気がついたのか家の中から老人が出てきた。
「わんっ♪わんっ♪」
「おお、お客さんかね?」
老人が手を振ると家の周囲の街灯が点灯して突っ立っているケアルとニンジンを咥えているミゲルが照らし出される。
「なんじゃい?ニンジンなんぞを咥えて、そんなに腹が減っとるんかい?」
「すまねえな、コイツは植物しか食うことが出来ないんだ、少し野菜を分けてやってくれや。」
老人に見られながらも4日ぶりのまともな食べ物に口を止められないミゲルであった。
「本当に腹が減っておったのか、それにしてもなんじゃいその格好は?都市部で流行っとるコスプレとかいうやつか?」
「いや、コイツは俺達の仕事着だ。」
それを聞いて老人は変な顔をした。
「まあいい、それより娘さん野菜はちゃんと洗って食うもんじゃ、好きなだけ採って家に持ってきなさい。芋とか他の野菜も有るが食うかね?」
ミゲルは口にニンジンを咥えたまま激しく頷く。
家の中に招き入れられると他にも2頭のロボット犬がいた。
2頭とも立ち上がるとケアル達をじっと見つめる。
「お客さんじゃ、おとなしくしていなさい。」
老人に言われて犬たちは再び寝そべる。
「この子達もいい子なんじゃがやはり生きている犬と比べるとやはり寂しくてのう、でも彼らはワシの健康状態を常にチェックしていてくれるんじゃ。」
「爺さんは此処に一人で住んでいるのか?」
「ああ、ここにいるのはワシとこの犬たちだけじゃ。」
「寂しくはねえのか?」
「まああちこちでいろんな催し物もあるでな、それなりにじゃ。」
「わーん♪」
「おお、お前はいい子だな。」
ケアルが老人と話している間もミゲルは流しでじゃぶじゃぶとニンジンを洗っている。
「芋と豆は隣の物置に袋が有る、パンは冷蔵庫の中だ。」
「うっわーっ、こんなに有るよ、おじいさんこんなに食べるの?」
「はっはっはっ2週間分の備蓄じゃよ、この年になると買い物も面倒でな、全部食べてもいいぞ、明日買いに行けばいいんじゃからな。」
「それじゃ面倒をかけるついでに大鍋と塩をもらえねえかな?」
「いいとも、塩はその棚の中だ、そこの下に大鍋が有ったはずじゃ、最近は使わんでのう。構わん持っていきなさい。」
ミゲルが大鍋を見つけて芋を煮始める。
「そういえばお前さんは何か食って来たのか?」
老人の前に座って何も食べようとしないケアルを見て不思議に思ってたのだろう。
「俺は森で獣を狩って食える。あいつは肉を食べられないんだ、そういう体質なんだよ。」
「狩人か?そういえばお前さん達の姿は今では伝説となってしまった獣人のようじゃな。………まさかまた獣人を作っているんじゃあるまいな。」
その時ミゲルが耳をヒクヒクと動かす。
犬たちもケアルに続いて耳を動かす。
ケアルは指を立てて口に当て、そっと立ち上がるとドアに近づいた。
ぱっとドアを開けると竜の子供達が一生懸命聞き耳を立てていた。
折り重なってドアの前にいたのでどどどっと家の中に崩れ落ちて来る。
「お前らなあ、馬車の中でじっとしてろと言っておいたろう。」
「い、いや家の中に入っていったからてっきり掴まっちゃったのかと思ってさ~。」
ダンタロスがニカッと笑って言い訳をする。
ケアルが渋い顔をした、これでこちらの足取りが敵に漏れてしう事になる。
「おお、なんと!これは竜の子ではないか?一体何故こんな所にいるのだ?」
この言葉にミゲルが素早く反応する。
「おじいさん竜の子を知っているの?」
一瞬老人の顔に狼狽の色が見えた。
ミゲルの言葉に子供達全員の視線が老人に集中する。
「い、いや……知らない。」
「クルドさん、おじいさんクルドさんじゃないの?」
その言葉聞いた老人はじっとエリアスの顔をみた。
「エリアス?……お前はエリアスなのか?」
「そうよおじいさん私エリアスよ。」
「そうか……無事じゃったか…生きていてくれたのか。」
老人はしゃがみ込むと愛おしそうにエリアスの頭を撫でる。
「爺さんどういうことだ?」
「わしは昔この子達の世話をする仕事をしておってな……それにしてもよく覚えておったな、もう10年も前なのに。」
「私達の頭の中には補助記憶脳が作られているから………。」
老人は嬉しそうに何度もエリアスの頭をなでた。
老人の名前はクルドと言いかつて龍の世話をしていたが今は世捨て人のようにここで一人で暮らしているそうだ。
「わしにな竜の子供を救う力は無かったんじゃ。」
クルドはエルギオスさえも話すことのできなかった子供達の出生の秘密を話してくれた。
ここで生まれた竜族はここにいる最年長のエリアスよりも前に5人がいたのだと言う。
結界の外に出ることのできる竜を作るためエルギオスの細胞から竜の遺伝子を抽出しプロトタイプを何体も作ったのだがいずれも不完全な物であった。
何しろ5000年前の資料を元に再現したのであるからそのような問題も出るのは必然であった。
その子供達には様々なテストを行いその後の竜の子供達の再現の役に立ったのも事実である。
しかし2歳から8歳くらいまでの間毎日のようにテストが行われ子供達には多くの苦痛が伴った。
全く意志のない動物であればどうということも無かったかもしれない。
しかし竜の子は聡明であり知性が高かった。
形こそ異形であったがその心は人間と変わらず好奇心に溢れ未来を夢見ていた。
しかし度重なる過酷なテストは竜の肉体をも蝕んでゆき最後は寝たきりとなった。
そうなった竜には処分命令が下り治療薬と偽り睡眠薬の大量投与が行われた。
最後まで生きることを諦めなかった竜の子供達はクルドの手を握って死んでいった。
クルドは何度も上層部に竜の処分をやめるように掛け合ったが所詮末端の作業員の発言であり全く相手にされなかった。
「そのことをお父さんは知っているの?」
「とても苦しんでいたよ、なんとか子供を助けようと一生懸命になっていた。」
4人目が死んだ頃に先が見えてきて6人目からは竜の完全な再現が可能になった。
「そして生まれたのがエリアスとダンタロスだよ。」
ところが皮肉にもその事によって竜に転移能力がないことがはっきりしたのだ。
エルギオスは実験の中止を進言したのだがすでに思考がその方向に固まっていた国の上層部の人間はエルギオスを担当から外し竜を作り続けた。
エルギオスは竜を諦め人間とペンギンを使う方向で研究を始めたらしい。
「わしは子供達が不憫でならなかった、だから5人目の竜が死ぬまでわしがずっと世話をしていた。」
「それじゃ私達の上の兄弟は5人いたのね。」
「その子は最後にわしを見て微笑んで逝ったのだよ。わしはその子のために役に立てたのだろうかとずっと自問して追った、おそらくわしを気遣ってくれたのだろう。やさしい子じゃった。」
そう語った老人の目から大粒の涙が溢れ床を濡らした。
その子が死んだことによりわしの役目は終わったと感じて仕事をやめた、それ以来ここで一人で住んでおる。
エルギオスは5人もの子供を死なせてしまった責任を感じ、生まれてきた竜を人間として登録し法律的にも自分の子供とすることにして守ることにしたようだ。
それは人間の子供やペンギンも同じようにしたらしい。
その頃はわしも仕事をやめていたのでもう詳しくはわからないのだが。
「爺さんあんた達のやってきた仕事はどうやら成功したらしい。俺たちは結界の外からこの世界に連れてこられた。そしてエルギオスからこの竜の子供達を結界の外に連れて行く様に頼まれたんだ。」
ミゲルは話のあいだ茹でていた芋ができたのでハフハフ言いながら食っている、少しは空気読めよ。




