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その時。
不意に朝霧が身じろぎした。
『わっ…』
実琴は驚き慌てて添えていた手を離すと、咄嗟に後方へと跳び退いた。
だが、その瞬間。
カタカタカタ…
足元に何か不思議な感触がした。
「にゃっ!?」
(ヤバいっ!)
瞬時に自分の立っている場所がパソコンの上だと知ると、実琴は慌ててそこから跳び下りた。
不思議な感触の正体はキーボードだったのだ。
(やだっ…!壊れてないかなっ??)
慌ててキーボードの状態とディスプレイを確認する。
子猫の身は軽いからか、特にキーボードに負荷は掛かっていなかったようで破損などは見当たらなかった。
暫く放置されていたのか、今までスリープ状態だったそれはキーを押されたことで動き出し、小さなモーター音と共に画面上には検索サイトのページが表示される。
(あああ、余計な文字打っちゃってる…)
検索バーには、足で押してしまった意味のない文字が並んでいた。
(よし。消して証拠隠滅を…っと)
多少パソコンは使えるのだ。
実琴は、そっと前足を伸ばすと打ち込まれた文字を消しに掛かる。
流石に人の手でスラスラと打つようにはいかないけれど、何とかボタンを押せそうだ。
だが…。
(あれ…?)
文字を消しながら、ふと…大事なことに気付く。
(そうだ…。パソコンを使えば、この身体でも朝霧に言葉を伝えることが出来るんじゃ…?)
『パソコンを使って朝霧に事の詳細を伝える』
何て名案なんだろう。そう思う反面。
(…こわい…)
実琴は思わず毛を逆立てると、小さく身震いをした。
実際に朝霧が事実を知ったらどんな顔をするか。
今向けられている温かい目が、冷たい視線に変わるのを見たくない。
きっと、いつも学校で見せているような冷ややかな瞳に変わるのだろう。
いや、今まで結果的に騙していた私の行動を知って、それ以上に冷たい眼差しを向けられるかも知れない。
それは仕方のないことだと思う。でも…。
(朝霧の反応を見るのが怖い…)
それでも、今こうしている間にも子猫は何も分からず『実琴』の中で怯えているかも知れない。
今も助けを求めているかも知れない。
それに自分たちが元の姿に戻る為には、朝霧に協力を仰ぐのが一番の近道なのだ。
(そんなのって勝手だね…。分かってはいるんだ…)
それでも、朝霧にお願いするしか良い方法が見つからないから。
(それに、猫ちゃんに優しい朝霧なら…。きっと協力してくれるよね…?)
どんなに自分が非難されようと、侮辱されようとも構わないから、必死に頭を下げてお願いしよう。
(居心地が良いからって、いつまでもこんな風に朝霧の家の子猫でいられる訳、ないもんね…)
実琴は意を決すると。
ぽち…ぽちぽち…
前足を伸ばしてゆっくりと、キーを一つずつ押していくのだった。




