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「…そうか。じゃあ、辻原は…」
『ああ、今は薬で眠っているらしい。その間に、もう一度様々な検査をしてみるそうだよ。正直、担当の医師たちも今回のことは予想外のことで驚いていたみたいだね』
「ふぅん…」
電話越しに聞こえてくる父親の言葉に耳を傾けながら、朝霧は病院での出来事を思い返していた。
普段は静かな病棟内で突然起こった騒動に、何事かと足を止めたその時。
よろめきながら出てきたのは他でもない、辻原本人だった。
ずっと眠っていたからか、覚束ない足取りで。殆ど立ち上がれないような状態であったのに何故だか彼女は目を覚ましたと同時にベッドから飛び起きると、家族の静止を振り切って暴れ、病室から抜け出したのだそうだ。
丁度、辻原の病室へと向かっていた俺は、飛び出してきた辻原と正面で対峙する形になった。
「…辻原?」
立ち尽くす俺と辻原の目が合った。…と思ったのだが、彼女は俺のことが分からない様子だった。
言葉にならない声を上げると、看護師たちに囲まれて強制的に動きを封じられて病室へと連れ戻されていった。
その光景はあまりに衝撃的で。
俺は、暫くその場に立ち尽くしていた。
「いわゆる記憶障害…みたいなものなのか?」
『んー、まだ何とも言えないけどね。少しだけ混乱してて興奮状態なだけだったのかも知れないし…。ただ言葉がね、出て来ないのは少し心配だよね』
「そう、だよな…」
『…それはそうと、ミコちゃんの方は大丈夫だったかい?病院では特に騒ぎも起きていないみたいだし問題はなさそうだったけど』
「ああ、アイツは無事連れて帰ってきた。朝から余計な心配掛けて本当にすみませんでした」
そう電話口で父親に今回のことを謝罪しながら、傍に眠るミコへと視線を移した。
ミコはかなり消耗していたのか、帰り道からずっと眠ったままだ。
ポケットに入れたまま連れ帰り、寝床にしている籠の中へ入れておいたその中で、今もミコは小さく丸くなって眠っていた。
父親との電話を切った後、朝霧はスマホをベッド上へ放ると大きく伸びをした。
(何だか、ドッと疲れたな…)
目を閉じていたら、そのまま眠ってしまいそうだ。
だが、不意にミコの様子が気になり朝霧は立ち上がると、ミコが眠る籠の傍まで歩み寄った。
ミコは未だに静かに眠っていた。
朝霧は小さな籠をそっと取り上げると、それを自分の机の上に置き、自らも椅子へと腰掛けた。
僅かに揺れても身動きすることなく眠っているミコ。
(余程、疲れているのか…)
その可愛い寝顔に癒されながらも、朝霧は先程病院でのミコの様子を思い返していた。
辻原が自分たちの前に姿を現した時。ミコは咄嗟にポケットから飛び出そうとした。だが、
「駄目だっ」
朝霧は、すぐにそれに反応してミコの動きを封じた。
その場は、暴れる辻原を取り押さえる医師や看護師たちで大変な状況だった。
そこに今度は子猫までが乱入なんてしようものなら、もっと騒ぎが大きくなり、収拾がつかなくなることなどは目に見えている。
それに、何よりミコ自身の取り乱しようは半端ではなく、とてもじゃないがその場に留まっていられるような状態ではなかったのだ。
「みゃあっ!にゃあっ!」
(馬鹿、出るなッ。今は駄目だっ)
珍しく自制が効かず、ポケットから身体を乗り出すようにして飛び出して行こうとするミコを慌てて押さえつけると、朝霧はすぐさま逆方向へと足早に歩き出した。
周囲には騒ぎを聞きつけ、人が徐々に集まって来ていたし、そのままその場にいればミコのことがバレるのも時間の問題だっただろうから。
だが、その場から離れていく間にも、ポケットの中でいつまでも切なげに声を上げているミコの鳴き声に。
「くそッ」
朝霧は自分でも何に対してだか分からない、小さな苛立ちを覚えるのだった。
それでも、小さな子猫の鳴き声はその騒ぎの中で掻き消されてしまったのか、誰に気付かれることもなく無事にその場を後にした。
静かに眠るミコを見下ろしながら、朝霧は小さく息をついた。
(やはりコイツが辻原に会いに行ったのは間違いなかったみたいだな。だが…実際、コイツは何をしたかったんだ?)
無事に病院の外へ出た後も、ミコはまだ何かを一生懸命に訴えているようだった。




