《21》
「ふう……」
丁寧に折り畳んだ衣類をすべてダンボールに詰めガムテープで蓋をすると、一度息を吐いた。
小物や雑貨類もすべて1つの箱に納め終わった。
しまい忘れはないかとりあえず確認するため、辺りをぐるりと見渡す。
家具以外すべて一カ所に纏められた部屋は、すっきりと殺風景なものだ。
「遥希さん、これだけ?」
ドアから顔を見せた長狭は近くに置かれたダンボールを見つめ、やや怪訝そうに尋ねた。
「はい、よろしくお願いします」
「これだけ?」
「はい、これだけです」
再び確認されてしまい、しっかり頷き返す。
倹約家を自負している遥希の持ち物はダンボール5個分ほどしかなく、数もスッキリしたものだ。
ようやく納得してくれた長狭は手で持ち上げると、部屋から運び始めた。
「ちょっと葵さん! 何なのこれ」
ちょうど部屋の隣から騒がしい大志の声が耳に届いた。
「見ればわかるじゃない。どう見たって服でしょ」
「そんなのわかってるよ。俺が言いたいのは、何でこんなにあるのかって事だよ」
「何でって、買ったからに決まってるじゃないの」
「何でこんなに買うわけ? どう見たって必要ないでしょ。それに何なのこの部屋? まだ全っ然片付いてないじゃん!」
「あーもう、うるさいなぁ大志は……」
脇でぎゃあぎゃあと騒ぐ大志にうんざりする葵の姿が隣からも想像でき、思わずクスリと笑ってしまった。
一休みするため冷蔵庫から麦茶を取り出すと、4つのコップに注ぎ入れる。
うるさい大志から隙を見て逃げ出してきたらしい葵が近付くと、テーブルの麦茶を1つ取りゴクゴクと一気に飲み干した。
「あー……疲れた」
「終わりそう?」
すでにゲンナリと疲れを滲ませる葵を見つめ、やや心配げに尋ねる。
金銭感覚が大雑把な彼女の荷物は、おそらくダンボールがいくつあっても足りないかもしれない。
はたして今日中に運び出せるのか、遥希も心配になってきた。
「大志君、ずいぶんはりきってるよね」
今も葵に代わってせっせとダンボールに服を詰めている健気な大志は、朝からやる気満々だ。
「いや、どう見ても長狭君の方がはりきってるよね……」
遠い目で呟き返した葵の視線を辿ると、すでにリビングの床を雑巾でゴシゴシと磨き始めた長狭の姿があった。
遥希の荷物があまりにも少なすぎたせいか、暇を持て余したらしい。
「とうとう明日最後か……」
葵はしんみりと言葉を呟くと、隣の遥希に視線を向けた。
「うん」
笑みを浮かべた葵に、遥希も同じように頷いた。
今まで暮らしていたこのアパートを解約することになった。
20才から一緒に暮らした葵との生活も、とうとう明日でおしまいだ。
どうしても寂しい気持ちが募るのはお互い変わらない。
週末の今日、引っ越し先もそれほど距離がないので小さい荷物は車で運んでもらい、家具類は明日業者にお願いする運びとなった。
大志の奮闘でなんとか夕方には葵の荷物を無事運び終え、一段落がついた。
楽しい思い出がたくさん詰まったこの家と別れを惜しむように、今夜は恒例の鍋パーティーで締め括りだ。
「みんな今日は本当にお疲れ様。明日もよろしくね」
テーブルが1つだけ残された殺風景な部屋で鍋を囲むと、葵が音頭を取り皆で乾杯した。
「あーあ、月曜日から早起きかぁ……」
朝にはめっぽう弱い葵が鍋をつつきながら、すでに明後日の心配を始めた。
「大丈夫だよ葵さん、俺がちゃんと起こしてあげるから」
ゲンナリする葵を慰める大志はニコニコと嬉しそうだ。
念願叶って、晴れて葵との同棲生活に持ち込めた大志の喜びは十分に伝わってくる。
「どうせならここでも良かったのに」
そんな大志に不満気な横目を向ける葵は、今まで近所で通勤が楽だったカフェから離れたくなかったらしい。
どうせならこのアパートでいいじゃないかと大志に持ちかけたらしいが、素気無く拒否されたようだ。
「何言ってんの、心機一転始めなきゃ。それに長狭先輩の家からも近いし」
2人の新たな同棲先のアパートは、大志がはりきって決めてきた。
「長狭先輩、これからはご近所なんでもっと気軽に集まれますよね。どうせなら毎週鍋やっちゃいます?」
さすがにそれは嫌だったらしい。
無邪気な大志の誘いに、長狭は何も返さずそのまま沈黙してしまった。
「……ええと、具がもうないね。また追加する?」
とりあえず話題をそらそうと、鍋の中を心配げに覗き込む。
今日は皆一日身体を動かしお腹が空いたせいか、いっぱい食べてくれた。
「とりあえず明日もあるし、そろそろ〆ようか」
「今日はどうする?」
「忘れたの? 昨日買っておいたじゃない」
〆は何にするか問いかけると、葵は呆れ顔を浮かべた。
「あ」
ようやく思い出した遥希は慌ててキッチンに行き、冷蔵庫から取り出した。
今日の鍋はピリ辛ゴマ豆乳鍋、〆は引っ越し蕎麦で決まりだ。
意外な組み合わせだが、これがなかなか意外に美味しかった。
みんなでワイワイ盛り上がりながら、この家最後の夜は騒がしく過ぎていった。
『特に問題ないか』
「うん、変わらず」
いつもと同じ父の心配に明るく答える。
声の調子から、父も相変わらず元気そうだ。
『正月、帰れそうか?』
「うん、何で?」
いつもと変わらず帰省する予定だが、父がわざわざ確認の電話を掛けてきた。
遥希も少し不思議に思い、すぐに理由を尋ねる。
『くやしいから絶対帰って来いって』
「え?」
『紹介したい人がいるらしい』
「……もしかして、佑真?」
父に肯定され、少しばかり驚いてしまった。
どうやら佑真には、すでに結婚を見込んだ大切な彼女が存在したらしい。
今日初めて知らされた事実に驚きはしたものの、すぐに嬉しさが込み上げた。
「必ず帰るよ。楽しみにしてる」
明るく返事を返し、父との電話を切った。
ちょうど同じタイミングでチャイムが鳴ったので、すぐにソファから立ち上がる。
足早に廊下を通り過ぎた遥希は、玄関ドアを開いた。
「お帰り、玄」




