‐Ⅰ.魔王は勇者がいなくてもなれるけど勇者は魔王がいないとなれない‐ 5
「紹介するわ、伯爵」
失速して立ち止まるヨキの後ろから、セラフが相変わらずにこりともせずに告げる。
「その子はアタシの新しい仲間よ。いえ、仲間たちの一人、よ」
「ごきげんよう、伯爵。わたくしが来たからには悪が栄えたタメシなんてその事実ごと物理的に削除してさしあげますわ」
「滑舌はいいけどなんか物騒なコが出てきたんですけど!」
たまらず悲鳴を上げるヨキ。背後のセラフから一刻も早く逃げたかったが、正面にいる純朴そうな少女の、やけに晴れやかな表情が近づきがたかった。
「おなか一杯のときのその子の思いつきは、もうなんて言うかヒドイわよ」
「気になる言い方ですけど今はまぁ良しとしますわ。おなか一杯ですもの」
「って言うかその限定条件おかしくないか? 比較的ほぼ毎日だろ」
「その子の気まぐれでぐちゃぐちゃになった悪人が、なんじゅ……何人いることか」
「人数の単位よりも表現に気を使え!」
意味深長にぼやかすセラフを肩越しに振り返る。先ほど人間一人を再起不能にしようとしていた人物が遠い目をしてしみじみと口にするのを見て、そこはかとない不安に思わず喉を鳴らした。
「ゴクリ……。と、ところで、どのくらい気まぐれなんだ?」
「シェフの気まぐれより気まぐれよ」
「やっぱり毎日気まぐれじゃないか!」
絶望からではなく、ツッコミに体力を使い果たしてその場に崩れ落ちるヨキ。
「伯爵、まだよ」
「なにっ?」
セラフの視線をたどると、今度はこがねに輝くきれいなウェービーヘアを二つのおさげにした、柔和な表情を浮かべる少女が現れた。お嬢さまのような純白のワンピースが、たおやかな歩き姿、すらりとした長身によく似合っている。この中では年長にあたることだろう。
セラフは自信に満ち満ちた声で紹介する。
「もちろんアタシの仲間よ。彼女は一見、Mに見えるけど」
おさげの少女がカクッと脱力した。
「……セラフちゃん。後でちょっといいかしら?」
「イヤよ」
「……」
「話くらい聞いてやれよ」
息のあった掛けあいは完璧だったが、仲間としての連帯には難がありそうだった。
「Mに見えるけどとんでもない、ドMよ。超ドM攻めよ」
「せ、セラフちゃんっ? 後でちょ〜っといいかしら?」
「お断りよ」
「……くすん」
おさげ少女は敵を前に強気に振る舞いたがったが、すでにもろくも崩れつつあった。口をつぐんでなんとか毅然と耐えているのを、ヨキは目が合って気まずくなる。
「き、気を落とすな。私は人の風評は自分で目にするまで信じないぞ」
せっかくフォローしたのに、少女は目じりを潤ませて顔を伏せてしまった。ヨキはそんな様子が気になりながらも、さらに現れた小柄な少女に注意を向ける。
細く凛々しい眉。小さく引き結んだ薄い唇。すまし顔が憮然として見えるのがデフォルトの、やや小柄な少女。中性的で少し気取ったような所作は、袖がない白のカッターシャツ、アーガイル模様のベストやパンツルックがベストマッチだった。同じ柄のソフト帽を押さえつつ、ジャケットに風を受けて姿勢よく歩く姿は、ハンサムな男性アイドルを彷彿させた。
丁寧に整髪された透きとおるようなクリアブルーの短髪を振って立ち止まる。セラフの余裕に満ちた声をどこか遠くに聞いた。
「安心して、その我がままボディの子で最後だから」
「ちょっ!?」
ばっちり決めた登場シーンを台無しにされたことよりも、セラフの衝撃的で適当すぎる紹介に、少女は自分を抱きながら動揺する。ヨキはまじまじと観察してしまった。
「け、けしからんな……!」
「や、やめっ! そういう目で……!」
「そして」
「……最後じゃなかったのか?」
セラフはさっさと進行する。敵の抗議はおろか、小声ではあったが仲間の意見にも聞く耳を持たない。
「ごらんのスポンサーの提供でお送りしているわ」
セラフは熱っぽい表情に汗と笑みを浮かべていた。胸の辺りに浮かんでいるはずの見えないテロップを指差しながら、戦闘の再開を今か今かと待ち遠しそうにしているのだ。
さっさと前置きをおしまいにし、改めて剣を呼び出す。
ヨキはセラフの背後で二人の少女が慰めあっているのをチラチラ気にかける。
「……まぁ、スポンサー頼みなのは致しかたないとは思うが。強引すぎないか?」
セラフが話を聞いていないのも進行が乱暴なのも、戦いたくてうわの空だからか。
「伯爵? お気の毒だけど、そろそろ春の番組改編の時期よ」
「関係あるかッ。ヨキ伯爵の活躍はまだまだ終わらないぜ、っていう」
「それむしろ打ち切り最終回っぽいですわね」
白髪の眼鏡少女が冷静にツッコむ。