‐Ⅳ.テコ入れが高じてバトルものになったらそれまでの購買層が見限るから注意せよ‐ 8
じり、とヨキの足が地面を削る。
少女のか細い腕からは想像できないほどの圧力がやりとりされていた。
「へぇー、五割も力を出せば受け止められたことなんてなかったんだけど。でもまーもっとがんばらないと、こんがりウェルダンになっちゃうわよ~」
「ぐぅっ」
ヨキは隙を見つけて切り返し、距離をあけようとするが、二合三合と斬り結ぶと再び鍔迫り合いになった。セラフが逃がそうとしないのだ。
「そう言えば誰かさん、アタシのことオモチャを使いたがってるだけの無鉄砲だって言ってたわね」
熱を受けた愛刀が尋常ではないほどの熱量を溜め込み、それを握るヨキの手が灼熱に襲われる。
「あんたも筋力補助機構を仕込んでるんでしょ? アタシにそのオモチャ、譲ってくんないかしら?」
軽口を返す余裕がないヨキは歯を食いしばったまま渾身の力で押し返した。
しかし再び素早くあいだが詰まり、二人は激しい剣戟を交換する。それからまたすぐに力比べの状態になってしまう。焼けた鉄の棒と化した刀を力いっぱい握るしかない彼は、打開策を見つけあぐねていた。
子どもがおねだりするような本当に無邪気な顔で、セラフはぺろりと唇を舐める。
「服かな? マントかな? もしかして内骨格に仕込んであるって可能性もあるわねぇ。まぁ、順番に引きはがしてみるしかないかなぁ。教えてくれないんだもん、しょうがないわよねぇ」
目を輝かせながら冗談じみたことを口にするセラフ。だがもし本気だったのなら――そう考えるとそら恐ろしいものを感じた。
セラフが更に力を込めた瞬間のこと、ヨキは柄尻を握る左手を捻ると、刃を滑らせて彼女の態勢を崩した。高速で走る金属同士が火花を上げる。ヨキは力を受け流しながら円を描き、刃を交わしたままで刀の腹、しのぎの部分で強烈に少女の肩を叩く。
「いたっ!」
続けざま鍔を押し返し、高速で上下を返して円を斬る。
「一刀・三刻ッ、 『露払い』!」
「きゃっ!」
短い悲鳴とともにセラフの体が後方へ飛んだ。
一拍の間も空けずに追撃へ走るヨキ。
「いった~い……なによ今のー」
「くっ――」
だが地面に座り込んで尻をさする無防備な姿に、ヨキは刀を振り下ろすことができなかった。踏みとどまり、悪態とともに大きく深呼吸する。
「まったく、危機感のない正義の味方だな。それになんて乱雑な太刀筋だ。完全に我流か」
ため息とともに刀を鞘に納め、警戒に視線を上げる。隙を狙う者はいないようだった。不思議そうに見つめるテトラと目が合い、怪訝に眉をひそめる。
「なんだ、そんな顔をして。貴様もやる気なら遠慮なくかかってくるがいい」
「か、刀をしまいましたわよ、あの人」
「それがどうかしたか」
意味が分からないというふうに首をかしげる様子に、シャオリンも疑いの眼差しを向ける。
「信じらんない。どこの世界に甘い悪党なんているんだっつーの」
「貴様の格好のほうがよほど甘ったるいだろうに」
「う、うっさい! 好きでこんなコスチューム着るか!」
「何を言う。中身まで色を統一するほど念を入れているではないか」
「? 何を言って――な、な、なぁぁっ!?」
シャオリンは声を裏返して全身真っ赤に染まった。スカートの裾を手で押さえるが今さら手遅れだ。
「なんだ、隠そうともせずに落ちてくるから見せているのかと思ったぞ」
「見せるか! ステッキ使うにはポーズしなきゃいけない仕様なんだよ! 最悪だぁっ! もーサイアクサイアク! 訴えてやる! ゼッタイ訴えてやるかんな!」
「好きにしろ。変なものを見せつけられた私も迷惑行為防止条例で逆に訴えるだけだ」
「ヘンナモノとはなんだああああああぁっ! うわああああん!」
「え、え~っと……よしよし、シャオリンさん。気にしてはいけませんわ。撫でこ撫でこ」
いつも衝突しているはずのテトラは困惑しながら、泣きついてきたシャオリンの頭をやさしく撫でてあやす。立っている者がヨキとエメラルドだけになっていた。
「あら?」
「ふむ」
顔を見合わせたのち、エメラルドからいつも通りの笑顔で語りかける。
「少し話でもしないかしら、伯爵」
「私はいつでも誰との議論も拒まない」
彼はいつだって真面目だ。そのことに気づいていたエメラルドだったが、ヨキがことごとく気の毒な扱いをされていたことに、悪いとは思いつつもおかしくなってしまう。
「そう。フフフッ、そうだったわね。じゃあ聞かせてもらうわ。そうね……アナタの孤独は何のためにあるのかしら。その孤独は不幸なのかしらね」
「その質問には答えかねる。孤独とは私自身のことだ」
ヨキの回答は至極明快だった。不備があったとすればそれは質問のほうだろう。なにしろ、彼のほうはどんな質問も拒まなかったはずだから。
エメラルドは少し驚いたようだった。茶化したつもりだったのか、それとも否定するとでも思っていたのかもしれない。口を挟まずに先を促した。
「かつて選んでそうなったように、今も変わらずそうであり続けている。そこに幸も不幸もない。だがこう思わずにはいられないときがある。私は選んだつもりで、実は『掴まされた』のではないかと」
「つまり、不幸である、と言うことなのかしら?」
気後れしながら尋ねる彼女は、どうやら敵に気を遣っているらしい。
「掴まされたと言う可能性に気づかずにいたときは――不幸だったのだろうよ。本人の万能感とは裏腹にな」
「じゃあ、今は?」
ヨキは口を噤んだ。
風が鳴り止むのを辛抱づよく待って、ことさらにゆっくりと吐息する。
「いずれにせよ手にしたカードでしか戦うことはできないんだ」
再び風が戻ってくるとエメラルドは目を閉じ、髪とスカートを手で押さえた。
「う……ん。そう、そうね……」
彼女は風の匂いを追うように風上へ首を巡らせる。まるでそこに答えを探しているようだった。たわむれに始めた問答に過ぎなかったはずが、彼女の心には満たされない思いがあった。意を決したように真剣な表情になる。
次の質問が喉もとまで出かかったときのこと。
「アタシからも聞いていいかしら」
「よかろう」
黙って事の成り行きを見守るのが通例になっていたセラフが口を挟む。彼女の言葉にいい思い出がないヨキは不承不承ながらも拒みはしなかった。




