‐Ⅳ.テコ入れが高じてバトルものになったらそれまでの購買層が見限るから注意せよ‐ 7
マンションとは道路を挟んで反対側。そこに雑木林があることは先刻承知済みだ。
橋から飛び降りてすぐ、ヨキは手ごろな足がかりを見つけていた。太い木の幹に斜めに着地し、勢いを殺しながらそれこそピンボールのように次から次へ木を渡り降りていく。
時間にして五秒ほどか。彼は造作もなく地面に着地していた。
「ぬ」
頭上で熱量が高まるのを感じとり、鞘を持つ手の親指を立てて愛刀の鍔を少し上げた。
「ヨキ伯爵ッ、覚悟!」
「チッ、考えなしめ。あの火力、ボヤ騒ぎでは済まんぞ」
「トップギアで行くわよ! 受けなさいッ――劫火繭嵐エクスプロード!」
セラフは炎を身に纏い、ひとつの巨大な火の玉となった。剣を振り下ろすと同時、全身の炎を打ち出す。その反動で彼女は地面に落下するスピードのほとんどを減殺していた。
「本来かたちのない炎をここまで意のままに操るとは。政府の科学技術、これほどのものとは。人でないのなら、ひとつ試してみるか――」
ヨキは目を見開き、鯉口を切っていた刀を下から振り上げる。
「一刀・四閃」
無骨な刀の黒い乱れ波紋は、牙を剥く野獣を連想させた。
「『怒髪』ッ!」
一瞬後、形がないはずの火の玉は真っ二つに断ち斬られていた。血糊を飛ばすように刀で円を描くと、二つになった火の玉がヨキの両脇を通り抜けてから弾けて散る。
もうもうと巻き上がる余燼の中、ヨキは眼光も鋭く刀を鞘に納めた。
「シロウトめ。これだから街中では闘えんのだ」
「驚いたわね。けっこうな出力じゃない。あなたもどっかから技術サポートを受けてるワケ? それともまさか自分で開発したの?」
炎熱が起こす風にかき消され、吐き捨てた呟きはセラフには届かなかったようだ。
「どちらでもない」
「? 隠さなくてもいいのよ。別に上層部に報告しようなんてつもりじゃないから」
「しかし見事なものだな。あんな方法で落下速度を調整するなど」
「あぁ、あれね。やってみるものよねー。こんなにうまくいくなんて思わなかったわ」
あまりに向こう見ずな行動ばかりでヨキはもう言葉もなかった。
「――ぁぁぁぁぁあああああああっ!」
耳を劈く悲鳴に顔を上げると、頭から落下するテトラが泣き叫んでいた。
それより先に飛び降りていたシャオリンがステッキを小さく振るうと、五本の光条からなる五線譜が手元に現れる。ステッキで触れるとそれがポップな音楽を奏でた。
「理力の腕よ そなたの子らを抱きたまえ」
彼女はヨキの視線を気にしながら、小声で続けた。
「……ま、マシュマロ ホイップ うんたかたーんっ」
「なんだそれは」
呪文の詠唱(?)が終わると魔法(?)が発動し、現れたマシュマロ(?)が二人の少女をボヨ〜ンと受け止めた。シャオリンは弾んでから地面に無事着地する。
「よ、っと!」
「ぎょええええええええ、ぎっやはあああああああああ――んぶっ、った・っと・っは!」
テトラは、二度三度とトランポリンしてから両腕を開いて見事に着地した。足が震えているのは無理からぬことだろう。ボヨ~ンと言う間抜けた効果音ではあったが、最初に顔面からマシュマロに突入したのでわりと痛そうだ。
わけの分からない現象を、ヨキは看過できなかった。
「なんだそれは」
「さ、さ~何の違和感もなく無事に到着したぞぉっと」
ヨキはまじめな顔でまた尋ねてみるが、シャオリンは目を合わせようとしなかった。
「あらぁ~、大丈夫かしら二人とも」
間延びした声をかけるのは、緑色の風が形づくる球体に包まれてゆっくりと下降してきたエメラルドだった。ふんわりと着地するのを見たテトラが愕然となる。
「わ、わたくし落ちてきたのに、それなん……え? っていうか飛んで? え?」
顔面蒼白でなんとか立っているテトラは何か言おうとしていたが言葉になっていない。だが何を言おうとしているのかは明白だった。
「ごめんなさいね。これ定員が一人なのー」
「ひひひと、一人ずつ乗れませんの?」
「……まぁ」
エメラルドは軽く驚いた口を隠した。
ややあって、テトラはふぅっと倒れた。
「よし、思いついた。貴様らもう解散しろ」
ヨキのこれ以上ない名案に反発したのはセラフだった。
「何言ってるのよ! あんたが飛び降りたりするからじゃない!」
「責任転嫁もはなはだしいな。他人に原因を求めるのは容易すぎるぞ」
「あなたの言うことはいちいち小難しいのよ!」
セラフは適当に話を切り上げようと剣を抜き放つ。
何かにつけてすぐに剣に頼る彼女に、ヨキは渋い顔だ。
「少しは考えてみたらどうだ。因果を難しくするのはいつだって人間の仕業だ」
「ゴチャゴチャうるさーい!」
「お、おいっ!?」
正義の味方は問答無用で斬りかかった。
正面から切り結べば力負けするのは目に見えている。ヨキは合わせ鏡のように刀を振りおろし、その軌道に相手の剣筋を乗せていなした。巧の技だ。しかしセラフはその技術の高さに気づかないで声を張り上げた。
「難しいことはねぇ、自分は学者だって人にやらせとけばいいのよ! それしか能がないんだから!」
「なんたる暴言か。後半は同意だがな」
しれっと言い放って、続くセラフの斬撃を刀の背中で受け止める。刃ではきっと熱量に焼かれて切れ味が落ちてしまうだろう。それほどの熱量が今こうして鍔迫り合いをしているだけでも感じられた。




