魔術師たちの対峙
ジェンセン・ヨーク。アイラの父について、フェランは名前だけは聞いていた。闇の中では色まではわからないが、彼がユージェニーと呼んだ女と同じようにローブをその身にまとっている。
「ジェンセン・ヨーク――ずいぶん探したのよ」
ユージェニーは、現れた彼に視線を向けた。
彼の方は、ユージェニーの厳しい視線など意に介する様子もない。
「ああ、フェラン君。悪いんだけど、娘の手当をしてやってくれない? 言っとくけど、嫁入り前だから変なところに触るのは、なしだからね」
こんな時に何を言っているのだろう――フェランは顔をしかめながらアイラの側にかがみ込む。
フェランは、アイラのブラウスをまくり上げて傷を確かめる。わき腹の刺し傷は深かった。
苦しげに浅い呼吸を繰り返しているアイラの表情に胸を痛めながら、彼は傷の手当にかかった。とはいっても、この場でできることには限りがあった。
血止めをし、傷を覆ってやるくらいしかない。後は明日、騎士団の他の面々と再会してからだ。
それまでアイラの体力が持てばいいのだが。
「ユージェニー、再会を祝って一杯やりたいところなんだが、君の都合はどうかね?」
「おあいにくさま。年寄りには興味ないの」
「それじゃ、このまま引き下がってもらえないかなぁ? この場で一発ヤってもいいけど、君も本望じゃないでしょ。あっちでぐずぐずになってる君の兵隊さんたちの後始末もしなけりゃならないし」
ジェンセンの指の先がぱちぱちと光る。ユージェニーは肩をすくめた。
「いいわよ。あなたが言うところの、『一発ヤって』もよかったけれど、そこにいるのが皇女じゃないなら目的は果たせないものね」
ユージェニーは、ローブの袖をばさりと翻した。次の瞬間、彼女の姿は消え失せている。
やれやれ、と首を振ったジェンセンはフェランの方を振り返った。
「ああ、すまないね。そんじゃ、行こうか。君、娘を担いでもらえるよね? 年だから腰を痛めると困る」
かまいませんよ、とフェランは返すと地面に落ちていたアイラの剣を拾い上げた。
「腰につけていた短剣とこちらの剣だけお願いできますか? さすがに全部を一度に運ぶのは無理なので」
「いいよぉ」
腹の立つ口調だが、ジェンセンには確認したいことが山ほどある。とはいえ、それはイヴェリンと再会してからのことだ。
フェランはアイラを抱き上げると、ジェンセンの後について歩き始めた。
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ジェンセンが向かったのは、皇帝家の別荘だった。窓のガラスは割られ、扉は蹴倒されてひどい有様だ。
「フェラン――無事だったか」
少々疲れた様子のイヴェリンは、屋敷の使用人たちに命じて、部屋を片づけさせているところだった。
フェランの腕に抱かれているアイラを見ると、彼女の顔色が変わる。
「アイラはどうした?」
「怪我を――かなりの重傷です。応急手当はしましたが、医師の手配を」
「わかった。イリア、開いている部屋を用意してくれ。奥の部屋なら使えるだろう」
無事だった侍女たちが、ばたばたと駆けだしていく。
「エリーシャ様は?」
「ご無事だ。今は奥で休んでおられる」
「フェラン、遅かったな」
奥の部屋からライナスが現れる。彼は左の手に包帯を巻いていた。それ以外にたいした怪我はしていないようだ。
「いろいろあったんだ――化け物には遭遇するし、いったい何がどうなっているんだか」
互いの無事を喜んで、フェランとライナスは互いの腕を軽くたたき合う。
「それはともかく、ジェンセン・ヨーク」
イヴェリンはずれてもいない眼鏡の位置を二本の指でずらすと、壁際に立ったままぼけっと立っていたアイラの父に呼びかけた。
「皇女殿下を助けてくれたことには感謝するが――どうなっているのか説明してもらえるんだろうな?」
「するする。お茶をよこせとは言わないから、座らせてくれてもいいんじゃないかなぁ」
普段は食堂として使われている部屋に一同は移動した。
「アイラの様子は見に行かなくていいんですか」
一応、年長者への敬意を表してフェランは敬語で話しかける。
「んー、それはとりあえず後」
テーブルの上座の位置に立ったジェンセンは両手をぱたぱたとやって、一同を座るように促した。
「あんたが、この場所へ戻れというから戻ってきたが、危険じゃないのか? 皇女殿下がこの屋敷に滞在しているのを知られていたんだろう?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。おじさん、この屋敷に結界張っといたから。さっきの化け物は当然、人間も入ってこれないよ――まあ、ユージェニークラスの魔術師なら別だけど、彼女はもうおうちに帰っちゃったしね」
そこへどかどかと足音がして、エリーシャが入ってきた。
「どういうこと? アイラが重傷を負ってるって」
「座ってもらえますかね、皇女様。一応、今から説明するんで」
ひょうひょうとした口調でエリーシャをかわすと、ジェンセンは長いテーブルの一番下座の席を占めた。それから、一つ息をつく。
ふいに彼の表情が変わった。
「ダーレーン王国が死者の蘇生に成功しつつある」
と、今までとはうってかわった真面目な口調で話し始めた。
「それは禁忌だろう?」
イヴェリンが口を挟むのには、一度うなずくことでジェンセンはそれを肯定した。