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深夜の襲撃、そして逃亡

 アイラたちも温泉を使わせてもらって眠りについたのは、日付が変わる少し前だった。イリアとファナは隣室に、アイラはエリーシャと同じ部屋を使う。

 エリーシャの言ったように、温泉から上がった後は肌がつるつるだった。アイラが部屋に入った時にはエリーシャはベッドに入って本を読んでいた。


「明かりを落としますか?」

「そうね。お願い」

「おやすみなさいませ、エリーシャ様」

 エリーシャが本を傍らのテーブルに奥のを確認して、アイラも自分のベッドに潜り込む。


 エリーシャにたたき起こされたのはそれからさほどたたないうちだった。

「――起きて」

 剣を打ち合わせるような音が外から聞こえてくる。

「護衛がぐーすか寝てたんじゃ意味ないわね」

「す――すみません」

 夕食前にも後にも酒盛りをしたというのに、エリーシャの足取りには乱れたところはない。


 アイラの寝ぼけた頭が、一瞬にして緊張感に包まれる。

「アイラ――頼める?」

 そう言った時には、エリーシャはばさばさと寝間着を脱ぎ捨てて、いつも後宮内で身につけているような裾を絞ったズボンと刺繍入りのブラウスに着替えていた。

 アイラにも似たような衣類が用意されていたから、それを身につける。


「光の精霊よ、アイラの名において命じる――我に偽りの姿を与えよ!」

 以前カーラに教わった呪文を繰り返すと、部屋の中が光に包まれた。エリーシャの方も同じ呪文を唱えている。

 アイラは目を見張った。互いの姿が入れ替わっている――アイラの目にはエリーシャの姿が自分そのものに見えた。


 さすがに寝る時までは、不細工メイクはしていないから、メイクを落とす必要まではない。

 髪の色と瞳の色を変えただけ――胸のサイズについてはあえて触れまい――で、これほど似るとは思ってもみなかった。

「剣!」

 エリーシャがアイラの方に剣を放り投げる。後宮内で襲われた時には短剣二本だが、ここでは長剣だ。


 アイラはベルトに二本の短刀を挟み込んだ。長剣が使えなくなった時に、役に立つかもしれない。

 イリアとファナも緊張した面もちで、エリーシャの部屋に駆け込んでくる。二人とも、姿を変えたアイラとエリーシャを見て、その場に硬直した。

「えっと……」

 アイラの素顔は二人とも知っているものの、どちらが本物なのか、一瞬区別できなかったらしい。


「失礼いたします!」

 ノックもせずにイヴェリンが飛び込んできた。彼女の持つ剣は、血に濡れている。

「アイラ!」

「はいっ!」

 イヴェリンはアイラを扉の方に押しやった。

「ライナスとフェランと一緒に行け! エリーシャ様は、他の侍女たちと一緒にわたしについてきてください」


 ライナスとフェランと一緒に行けということは――アイラを囮に使うということだ。彼らは皇女近衛騎士団の中でも高位に属するから、彼らとともに逃げれば目立つだろう。

「アイラ」

 扉に向かうアイラをエリーシャは呼び止める。

「無理はしないで。いざとなれば、元の姿に戻ってちょうだい――わたしを守るために、命を捨てようとは思わないで」


「――はい」

 アイラがうなずくと、飛び込んできたライナスに腕を引かれた。

「エリーシャ様! こちらに!」

 アイラは、今の自分はエリーシャなのだと言い聞かせながらライナスに引きずられるままに走っていった。

 別荘の裏口から、外に飛び出す。


「皇女だ! 皇女が逃げるぞ!」

 途中でフェランが二人に加わった。さらに何名かの騎士がアイラを守るようにその側につく。

「――だまされてくれたみたいね」

 小さな声でアイラが言うと、たしなめるようにライナスがアイラに向かって舌打ちする。


「――馬をどうぞ!」

 騎士たちの一人がアイラに向かって馬を差し出した。

「ライナス様! フェラン様! 皇女様をよろしくお願いいたします!」

 今の自分はエリーシャ――だから、騎士たちを置いていくのは当然のこと。そう言い聞かせて、差し出された馬に飛び乗る。


「エリーシャ様! 東へ!」

 フェランが声を上げた。

「わかったわ!」

 東に向かって馬を走らせる。夜の闇の中を走るのは、馬にまかせるしかなかった。ただ、鞍にしがみついて、落とされないようにするので精一杯。


 闇の中、矢が後ろから飛んでくる。アイラの乗っていた馬の尻に矢が突き立った。痛みに馬が棒立ちになる。

 その勢いで、アイラは馬から振り落とされた。したたかに背中を打ちつけて、息がつまる。

 フェランが飛び降りて、アイラに手を差し伸べた。その二人の間を、また矢が通り過ぎる。


「こっちだ!」

 フェランはアイラを抱えて道ばたの藪の中に飛び込んだ。素早くアイラを立たせると、そのまま奥へと走っていく。

 岩や木の根がごろごろしている地面を、半分引きずられるようにしながらアイラはフェランの後について行った。


「ラ――ライナス――様は――?」

「ここにいる」

 少し離れたところから、落ち着いたライナスの声がした。フェランに握られている手首が痛いくらいだ。

「……どうなるの?」

「わからん」


 あいかわらず、ライナスの言葉はぶっきらぼうだ。

「大丈夫だよ、アイラ」

 フェランがささやく。

「何があっても、俺とライナスが君を守るから」

 後ろから追っ手たちの声がする。アイラは唇を噛みしめた。


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