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透いてる君に、お礼をしたい。

 日曜日のバイト終わり、私は学校に寄った。

 時刻は21時を回っていて、片付け中のスポーツ科の生徒が何人か残ってるくらいだ。

 私はこっそりと忍び込み、昇降口に行った。

 バッシュの擦れる音に怯えつつ、お目当ての靴箱を見つけた。

 自分の場所ではない。冬樹の靴箱だ。

 音を立てないようにそっと開けて、私は手紙を入れた。

 ……ふふふ、明日が楽しみだ。


 ◇◆◇◆


 そして、翌日の朝。


「行ってきまーす」

 私がそう言っても、行ってらっしゃい、の言葉は返ってこなかった。広い玄関に無情に響くだけだ。

 まあ、どうせいつものことだ。

 今日も元気に日々を行進し続けられているので十分。

 発進を開始した私は止まらないのだ! さあ、レッツゴー!


 ◇◆◇◆


「ごめんよ〜、あやちん〜」


 教室に入るなり、アキが抱きついてきた。先日のことをまだ引きずっているらしい。頬に髪が当たってくすぐったい。

 というか、あれだけ謝り倒して、まだ足りないのか。


「アキ、大丈夫だって。怪我もしてないし。ほら元気、元気……てか、暑いから離れて」


 私は暴れて抵抗するが、全く離れない。


 この子はグループでボケを担当する柳田秋(やなぎだしゅう)。

 名前の読みはシュウが正しいが、本人が『アキと呼んで』と言っているので、そう呼んでいる。面白いことが大好きで、私の突飛な考えにもすぐ順応してくれる。


 そんなアキを剥がすのに苦労してると、捺海がやって来て、アキの肩を掴んだ。


「離してあげなさいよ、アキ」

「嫌だ〜。あやちん、死んじゃうよ〜……あっ、捺海(うー)ちゃんの人でなし」


 捺海がアキをベリッと、ひっぺがしてくれたので、解放感を得た。

 ありがとう、人でなし。


 こっちはツッコミ担当で宇佐美捺海(うさみなつめ)。

 前話で軽く触れたが、生徒会長を務めていて、心が太平洋みたいに広かったり、恋のお悩みを解決させたりしていて、『海神(わだつみ)の姉貴(あねき)』なんて二つ名もできている。


 ちなみに、アキが捺海をなっちゃんと呼ばないのは、あのオレンジジュースを想起させるからだ。


「誰が人でなしよ。ていうか、逆にあなたが引っ付いてたら、あやかが熱中症になるわよ」

「あやちんと天国に行くなら、あたしは大丈夫だよ」


 アキは両手を掲げ、天井を仰いだ。

 おっと、私はどうやら死んだらしい。というか、一昨日ほんとに死にかけたからな。


「縁起でもないこと言わないの」

「あいたっ」


 捺海は表情を曇らせて、アキの頭に手刀を落とした。いつもより強くいったのかアキがしゃがみ込んだ。銀髪に入れた涼しげな水色のインナーが揺れる。

 なんやかんや、捺海が先日の事を一番心配してくれてたからなあ。

 ……あ、そういえば。


「アキ、今日は例の日だよ」

「「例の日?」」


 二人の声がハモった。

 何も知らない捺海が首を傾げたが、アキは思い出したらしく、勢いよく立ち上がって、拳で手のひらをポン、と叩いた。

 そそそ、とこちらに来て、捺海に背を向けて、私と密談を始める。


「ほほう、準備は順調ですかな?」

「うむ、もちろん。首尾は上々よ」


 私たちはくくく、と悪徳企業が客を騙せた喜びを噛み締めるかのように笑った。


「一体、何の話なの?」

「ふふ、それは秘密だぜ、うーちゃん」 


 アキが振り返って、首を振った。

 すると、捺海は顔をしかめた。


「……ウザいわね」

「酷っ!?」


 なんでよー、と言うアキを捺海が押さえつけてる。

 一昨日のことが嘘みたいに、すっかり日常だ。

 そんな風に教室の後方でコントを繰り広げていたら、チャイムが鳴った。

 始業の合図だ。

 教室の前の扉から、我が所属クラス、二年四組の担任。

 鞠ちゃんこと、小鞠美智子先生が入ってきた。


「ホームルーム始めるから、席につけ〜」


 その呼びかけで、歓談していた生徒たちは蜘蛛の子を散らすように席に戻った。

 私たち三人もそれぞれ、所定の位置へと戻る。


 さあ、今日も今日とて、睡魔との戦いが始まる。


 ◇◆◇◆


 キンコンカンカン、放課後になった。

「捺海、アキ。バイバイ!」

 帰りのホームルームが終わった途端、私は爆速で教室を飛び出した。用事があることはお昼休みの間に伝えたので、問題なし。

 クラウチングスタート選手権があったらきっと優勝できるだろう。


 階段を一段飛ばしながら降り、人混みを忍者の如くすり抜け、靴箱にたどり着き、上履きを履き替えた。

 その勢いを落とさず、私は小走りでとある場所へと向かった。

 一方的だが、取り付けた約束があるのだ。


 冒頭の手紙のことだよ。

 実はあの手紙は、ラブレター風の脅し文なんだ!

 実際はお礼をしたいだけなんだけど、冬樹は裸だとバレたら、きっと逃げるだろう。だから、否が応でも呼ぶために、仕方なく書いた。


 もし、私が冬樹の立場なら、サンタの変装をして、夜な夜な部屋に忍び込んで、記憶の消去をプレゼントしてやると思う。


 サンタなのは、オーストラリアでは真夏にクリスマスらしいので、今の季節にはピッタリだからだ。


 ここは日本でしょって?

 南半球か北半球かなんて、些細な違いは気にしない!


 方法は……まあ、スコップでぶん殴ればいけるだろう。


 もし、消しすぎて記憶が全部飛んだら、マインドコントロールか暗示でもかければいい。

 操り人形は、ご主人様には逆らえない。よって、完全犯罪の完成だ、ふふふ。


 なんて、考えながら、スマホのマップと睨めっこしつつ、走った。15分くらい走ると、脅し文で指定した待ち合わせ場所、猫カフェ『ハヤタカ』に着いた。

 戸建てのカフェで、外見はかなり地味だった。けれど、猫の種類の多さやご飯が絶品と、知る人ぞ知る穴場として人気があるらしい。


 ここを選んだのは、冬樹が猫好きと甘い物好きだと、アキから聞いたからだ。


 走ってきて少し乱れた息を整えてから、扉を引いた。すると、カランカラン、という鈴の音が出迎えてくれた。


「……おお」


 思わず感嘆の声が漏れた。

 猫カフェには初めて来たのだが、こんなにも猫ちゃんがいるとは。

 ここはまさに、本当の天国だろう。


 初めての経験に周りをキョロキョロと見回していると、女性の店員さんに話しかけられた。

 白いエプロンに黒い猫の足跡のワッペンが二つ。シンプルながら、かわいい制服を着ている。

 受付の案内だった。


「いらっしゃいませ。ご利用は猫スペースと、お食事、どちらにされますか?」

「あ、両方でお願いします」

「では、どちらを先にご利用になりますか?」

「友達を待つので、先に猫の方をお願いします」


 その後、料金や猫への接し方など、諸々の説明を受けた。

 店員さんの案内に従い、ロッカーまで移動して荷物を預けた。途中、かすかなひのきの匂いや、暖色の間接照明に、肩の力が抜けた。

 スリッパに履き替え、猫スペースに入ると、


「……おお!!」


 猫ちゃんパラダイスだ!


 右を向けば、ロシアンブルー。左を向けばメインクーン。正面のキャットタワーにはラグドールの上にマンチカンが乗ってる。


 急な呼び出しなので、冬樹が来るまでには時間がかかるに違いない。


 だから、それまでは猫と戯(たわ)れるぞー!

 にゃー! あー、逃げるなー!


 ◇◆◇◆


 崩した足の上で、マンチカンが寝息を立て、外は綺麗な夕暮れ色に染まっている。

 冬樹はまだ来ない。全く、2時間も何をしているのやら。

 あの手紙を見て、来ないという選択肢を取る人は少ないだろう。

 露出癖を暴露されるなんて、どうしても避けたいはずだ。


「どうしてだろうね〜」


 私は猫じゃらしを使って、また別の猫を使役していた。こっちはキジトラだ。

 古代エジプトでは猫は神様らしいので、私は神様を従えたことになる。

 神より偉い存在ってなんだろうな、って考えたその時だった。


「あやかさん、遅くなってごめん」


 すると、後ろから声をかけられた。この声は……変態の声だ!


「あっ、やっと来たー……………えっと、どちら様ですか?」


 えっと、声は確かに冬樹のものだったはずだ。

 けれど、彼女はそこにはいなかった。


 見上げた視線の先にいたのは、茶色のロングヘアの綺麗なお姉さんだった。身長が高くて、首がもげそうだ。

 私はどこかしらに冬樹らしい要素はないかと不躾な視線を走らせた。


 すると、お姉さんはその疑惑の眼差しに気づいたのか、フレアのスカートのポケットから、一枚の封筒を出してきた。


 あっ、私が冬樹に渡した和紙のやつと一緒だ。あれ、ということは?

 お姉さんはそのまま封筒から一枚紙を取り出してきた。

 それは、私が書いた直筆の脅し文だった。


「お前の秘密を握った。バラされたくなければ放課後『ハヤタカ』まで来い。拝啓、東雲冬樹様へ」


 墨で仰々しく書いた内容はもちろん、右下から中央にかけて迸(ほとばし)るように飛び散っている血糊にも見覚えがある。自室の机に血糊をぶちまけ、掃除が大変だったことを思い出させるくらいには。

 え、ほんとに?


 次の瞬間、お姉さんは真実を告げた。


「僕だよ。東雲冬樹だよ」


 ……そろそろ、オススメの精神的な病院を探そうかな?



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お読み下さってありがとうございます。評価、意見、感想をお待ちしております。
― 新着の感想 ―
命を救ってくれた透明人間が、実は裸だったと気づくオチには思わず笑ってしまいました。 特に興味深かったのは、冬樹が以前「見られる恐怖も、見られない恐怖もある」と語っていたことです。姿が透明なだけでなく…
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