8安らげる場所(最終話)
それから私はモリバート伯爵家を後にした。
もちろん義理父はきちんと面倒を見てくれる使用人を付けて世話をした。
ルキアス、義理母、セシリーナは取りあえず王都に帰って行った。
しばらくしてモリバート伯爵家には監査局の取り調べが入りモリバート伯爵家とファルソン男爵家は罰金と追徴課税が課されることになった。もちろんルキアスは罪を犯した罪人として鉱山の強制労働行きになった。
残った義理母は義理父を当主にして何とか体面を保とうとした。
義理母は持っていた宝石やドレスもすべて売り払った。だが、そんな大金は払えるはずもなく。おまけに取引先からも矢のような取り立てが来てとうとう爵位返上となった。
義理父が当主として認められることはなかった。
今は義理母もセシリーナも平民となっているはずだ。聞いた話では元のファルソン男爵領辺りで暮らしているとか。
まあ自業自得ってやつなので頑張ってと言うしかない。
しかし義理父がどうやってあの手帳を付けていたかはわからないままだった。
本当に人間は不思議だ。
私は一度シュタイアー家に帰った。もちろん父や兄は離縁した事を喜んでくれた。
店のこともあるのですぐに王都に行くことにした。
エドワードは一緒に行くと言ってついて来てくれた。もちろんアンナも一緒だ。
王都には店は繁盛していた。商品は特許を持っているので取引に困ることもなかった。
むしろ今まではルキアスの顔を立てていただけでかえって無駄が多かった。
邪魔者がいなくなったおかげで化粧品やアクセサリーに存分に力が奮えて店は益々繁盛した。
ただ、モリバート伯爵家がなくなって義理父の世話をする所に困った。
それで義理父のような人たちが過ごせる施設も作ろうと教会や政務局に出向いて介護施設の開設にも力を注いだ。
それを支えてくれたのはエドワードだった。
彼は別にこんな事をするためにシュタイアー家で働いているわけではないはずなのだが。
もしかしてエドワードは私の事を?などと思わなくもなかったが、一度婚姻に失敗した女にそんな事を思うはずもないと勘違いするなと自分に言い聞かせた。
「まったく、マルティナ様はどこまでも人がいい。あの男の為にここまでするなんて」
「あら、そう言いながら必死で手伝ってるのはどこの誰かしら?」
「マルティナ様、一つ聞いていいですか?」
「ええ」
「マルティナ様はあのリュート様がお好きな訳では?」
「あなたまでそんな事を‥私がそんな不純な動機で義理父のお世話をしていると?」
思わず身体に魔力が滾る。
エドワードがぶるっと身体を震わせた。
「そんなつもりではありません。ただ、確実な手ごたえが欲しかったのです」
「どういう事?」
私は指先にビリッと魔力を纏わせる。
エドワードが真正面に来て指先にふわりと手を被せると私を真っ直ぐに見た。
そしてエドワードはすっと跪いた。
「マルティナ様、ずっとお慕いしていました。あなたとの婚約者の話が出た時俺はどれほどうれしかったか‥なのに王女殿下のせいで婚約はなくなり俺もこの国にいる事が出来なくなった。そして君はあんな奴と結婚して‥俺がどれほど後悔したか。あなたを奪ってしまえばよかったとどれだけ苦しんだか。そして何よりあなたが不幸だと知った時、俺は決心したんです。こいつからあなたを守るって、そしてもう一度チャンスが訪れたら今度こそ‥マルティナ、あなたに結婚を申し込もうって思っていたんです。マルティナ様、どうか俺の手を取ってもらえませんか。あなたを生涯愛すると誓います。絶対に死ぬまで守り抜くと誓います。だからどうか結婚して下さい」
一瞬身体が浮いた気がした。
どこか別の世界にでも飛ばされたような気がして、でも脚はきちんと床に着いていて握られたエドワードの手の温もりが感触がこれは夢ではないと教えてくれた。
そこから後は心地よい言葉が次々に耳に入って来た。
エドワードが私との婚約がうれしかったって。
エドワードが後悔してるって。
彼が私を守るって。
そしてエドワードが結婚を申し込んでいて。
わたし‥
「いいの?私でいいの?」
気づいたらそう尋ねていた。
「あなたしかいません。俺の妻になって下さい」
ああ‥私の思考は崩壊した。
「ずっと好きだったわエドワード。あなたが好きだった。婚約できるかもって嬉しくて。でも、それがだめになって辛くて新たな婚姻に縋ったの。ルキアスを好きにならなきゃって私、頑張ったの。ほんとはあなたの事がずっと忘れられなかった。けど、私はもう結婚したんだからって‥ルキアスとは愛し合ってるわけじゃなかった。でも、きちんとやって行こうって思っていたわ。結局ルキアスとは別れたけど‥一度結婚した私はもう傷物だからあなたにはふさわしくないって思ってたの。だから‥ずっと言えなかった。あなたが好きだって‥」
身体中が浮き立つ。魔力がぶわりと身体に纏わりつく。
「マルティナ‥」
エドワードが立ちあがって私を抱きしめる。彼の手が震えていた。
「だめ!エドワード怪我するわ!」
魔力が暴走してしまうと思った。
「マルティナ、見てごらん」
周りを見渡すと淡い金色の光を纏っていた。攻撃を繰り出す時の魔力ではない暖かくて心地よい気持ちになれる魔力だ。
「これって癒しの魔法?」
「そうみたいだ。君の優しさの証だな。それより結婚してくれるんだよね?」
「それはこっちのセリフよ。いいの?私、出戻りなのに」
「構わない。辺境伯にはもう許可を貰ってある」
「いつの間にそんな話に?」
「離縁の前に」
「あなたがモリバート伯爵領に来た時からなの?」
「ああ、最初からそのつもりだった」
「うそ」
「あんなにうまく行くとは思わなかった。マルティナのおかげだ」
エドワードがくすりと笑う。すぐにルキアスをやっつけた事だとわかる。
「いい度胸ねエドワード。もし、私を裏切るようなことがあればあなたも同じ目に合わせるわよ。覚悟はいい?」
「ああ、俺はそんな目に合うことはないから。誓うよマルティナ。生涯君を愛すると誓う」
大真面目な顔ではっきりと断言された。もう、迷いはない。
「‥エドワードずっとあなたが好きだった。私をあなたのそばにいさせて」
「もちろん、俺の隣はずっと前から君しかいなかったんだから」
そして私たちは半年後に結婚した。
義理父は私達が資金を出して新たに出来た介護施設に入った。
時折面会に行くと「かあさま~」と私に駆けより手を握った。
相変わらず私は母様でお菓子を一緒に食べたり本を読んだりした。
そして半年後義理父は、流行り病にかかり私に手を握られて静かに天国に召されて行った。
「かあさま、しあわせになって」
それが義理父の最期の言葉だった。
エドワードが義理父に返事を返した。
「心配ない。これからは俺が守るから、母様を必ず幸せにする」
エドワードがそう言って亡き崩れる私をそばで支えてくれた。
義理父はふわりと微笑みそのまま息を引き取った。その顔は穏やかで安らかな最期だった。
私もやっと心から安らげる居場所を見つけた。
これからもエドワードと一緒に。
ずっと。




