15
それから数日後。
私の体から完全に悪魔の呪いが消滅したことを確認したセルウィウス様と共に、私は久しぶりに故郷であるコルネリア公爵邸へと足を運んだ。
馬車から降り立つ私を迎えたのは、言葉を失った両親と、屋敷の使用人たちだった。
「レ、レティシア……? 本当に、お前なのか……!?」
公爵である父が、震える声で私を呼んだ。
十年間、私を暗い離れに押し込め、顔を合わせることすら拒んでいた父。母は両手で口を覆い、ぼろぼろと涙を流している。
今の私には、かつて人間を狂わせたあの禍々しい紫色のオーラも、不吉な魔力の歪みもない。
ただ、穏やかで美しい光だけが私を包んでいた。
「ただいま戻りました、お父様、お母様」
私が静かに微笑むと、父と母は崩れ落ちるようにその場に膝をついた。
「う、うあぁぁぁ……! 許しておくれ、レティシア! 私たちが悪かった! 恐怖に目が眩み、実の娘であるお前を化け物扱いし、孤独の中に放置してしまった……! なんという恐ろしい親だ! 許してくれ……!」
「お赦しください、レティシアお嬢様……! 私たちも、お嬢様を恐れて酷い仕打ちを……!」
両親だけでなく、幼い頃から私を恐れて距離を置いていた使用人たちも、一斉に涙を流して地面に伏し、平身低頭で謝罪を重ねた。彼らもまた、悪魔の呪いという不可抗力の恐怖に支配されていた被害者でもあったのだ。
「顔をお上げください、お父様、お母様。みなさんも」
私はそっと両親の手に触れた。
もう、誰も泡を吹いて倒れることはない。誰もが私の温もりを感じて、号泣している。
「私はもう、誰も恨んでおりませんわ。こうして無事に戻り、みなさんと笑い合えるだけで……私は幸せなのです」
私の言葉に、両親は私を強く抱きしめ、何度も何度も涙を流して再会を喜んだ。長年、私の心を縛り付けていた家族との確執も、こうして温かな涙と共に溶けていったのだった。
───
その後、「悪魔の呪いに侵された公爵令嬢が、大陸最強の剣聖セルウィウスによって完全に解呪された」という奇跡のニュースは、瞬く間に王国全土、そして大陸中に駆け巡った。
人々は二人を絶賛し、解呪を成し遂げた伝説の英雄として二人を称えた。
そして、王国主催で二人を祝う、これまでにないほど豪勢な「解呪&婚約記念パーティー」が王宮の大夜会で開催されることとなったのである。
華やかな絢爛豪華な大広間には、王国中の貴族たちが集まっていた。
その広間の片隅で、青ざめた顔でガタガタと震えている男がいた。
ウァレリウス公爵家、私の元婚約者、ルキウス・ウァレリウスである。
あの最初の夜会で私の顔を見て泡を吹き、醜く気絶した彼は、数日後に目を覚ましたという。そして目覚めた彼を待っていたのは、地獄のような現実だった。
「あの化け物が……あのレティシアが、あの『大陸最強の剣聖』セルウィウス様と婚約した……!?」
衝撃の事実を知ったルキウスの父は、セルウィウス様の威光を恐れるあまり激怒。「侮辱したばかりか、他の女と不貞を働いたか!」と、ルキウスを失神するまで猛叱責したという。
さらに、ルキウスの浮気相手であった男爵令嬢フルウィアは、セルウィウス様の怒りを恐れたウァレリウス公爵家家によって即座に切り捨てられた。彼女の不貞行為と公爵家への不敬罪は厳しく追及され、彼女は二度と社交界に戻れないよう、人里離れた厳しい修道院へと即刻送られることとなった。
ルキウス自身も、立場を失い、青い顔をして会場の隅で縮こまっていたのだ。
──
会場の扉が静かに開いた。
「セルウィウス・クラウディウス卿、ならびにレティシア・コルネリア公爵令嬢、ご入場!」
高らかなアナウンスと共に、広間の視線が一斉に入口へと注がれた。
セルウィウス様にエスコートされて入場してきた私の姿を見た瞬間、広間全体から「ハッ」と息をのむ音が聞こえ、完璧な静寂が訪れた。
そこにいたのは——悪魔の呪いが完全に解け、本来の姿を取り戻した私の姿だった。
輝くような糸を紡いだ美しい髪。星を溶かし込んだかのように澄んだ瞳。透き通るような白皙の肌と、完璧な造形の小さな唇。
かつて「化け物」と呼ばれ、隠されていた私の素顔は、社交界のどの令嬢をも圧倒する、まさに「絶世の美麗」そのものだったのだ。
「な……なんだ、あの美しい女性は……!?」
「あれが……あの呪われていたというコルネリア家の令嬢なのか……!?」
「なんと幻想的な美しさだ……! まるで女神の降臨ではないか!」
ざわめきが広間に押し寄せる。
かつて私をバカにし、蔑み、恐れていた貴族たちが、手のひらを返したように感嘆の声を上げ、羨望の眼差しで私を見つめていた。
すると、ガタガタと震えていたルキウスが、まるで何かに取り憑かれたように人波をかき分け、私のもとへと駆け寄ってきた。
「レ、レティシア……! レティシアなのか!? ああ、なんて美しいんだ……! 私は、私は間違っていた! あの時は呪いのせいで混乱していたんだ! 許してくれ! ただ怖くて怖くて、離れたかっただけなんだ。私はまだ、お前を……っ!」
惨めに平謝りをし、私の手を取ろうと必死にすがってくるルキウス。
私は、彼の哀れな姿を静かに見下ろした。
かつては彼に捨てられたことに深く傷つき、絶望したこともあった。だが、今の私の心には、彼に対する憎しみすら残っていなかった。
「……お立ちください、ルキウス様」
私は淡く、凛とした笑みを浮かべて彼に告げた。
「ええ、分かっておりますわ。あの時は悪魔の呪いのせいで、皆様正常な判断ができなかったのでしょう? ですから……私はあなたを許しますわ。どうぞ、お健やかにお過ごしください」
さらりと、けれど決定的な拒絶を含んだ寛大な言葉。
「許す」と言われたことで、逆に自分がどれほどちっぽけで、二度と彼女の視界にすら入れない存在になったかを悟ったルキウスは、顔を真っ白にしてその場に崩れ落ちた。
「な……なんて寛大な心だ……」
「美しいだけでなく、心まで聖女のようだ……!」
周囲の貴族たちが、私を取り囲むように群がってこようとした。手のひらを返して私に媚びを売り、近づこうとする令息たち。
その時だった。
「——私の妻に、気安く近づくな」
地響きのような、圧倒的な威圧感が広間全体を叩きつけた。
セルウィウス様が、私を自身の腕の中にすっぽりと閉じ込めるように強く抱き寄せたのだ。
彼の瞳には、冷徹なまでの覇気と、隠す気すらない独占欲がギラギラと渦巻いていた。
群がろうとしていた貴族たちが、一斉に悲鳴を上げて後ずさる。
「魂ではなく容姿を見て群がるような浅ましい者たちに、彼女の髪一筋すら触れさせるつもりはない。……彼女の美しさも、その心も、すべて私だけのものだ。異論のある者は、私と剣を交える覚悟を持って前に出ろ」
剣聖の圧倒的な宣言に、広間の誰もが息を止め、首を振った。誰一人として、最強の龍に挑もうとする愚か者などいるはずがなかった。
セルウィウス様は満足そうに口角を上げると、周囲の視線など気にも留めず、私の耳元に顔を近づけて甘く囁いた。
「お披露目は、これで終わりだ、レティシア。……早く私たちの『家』へ帰ろう。今夜は君を、一秒たりとも離すつもりはない」
「……セ、セルウィウス様! 皆様の前で何を言っていらっしゃいますの!?」
真っ赤になる私を見て、彼は愛おしそうにクスクスと笑い、私の額に深い口づけを落とした。
かつて暗闇の中で一人絶望していた私は、もうどこにもいない。
私の手は今、世界で一番強くて過保護な、愛する人の手と強く結ばれている。
溢れるほどの光と愛に包まれながら、私は彼と共に、無限の幸せが待つ未来へと歩み出していくのだった。




