第五話
こんなところで、あの金髪を見かけるとは思わなかった。
まさか甘ったるい匂いがする人気なお菓子のお店から出てくるなんて。
不本意なのか顔は渋くてせっかく整った顔が台無しではある。
おーい、とニヤニヤしながらオレは手を振る。
「少尉、なに買ったんですか?」
「うるさい、黙って」
相変わらず辛辣だが、オレには全然効かない。
こんな態度も、もう慣れてしまった。
フン、とそっぽを向かれるが肩に手をおき、前にのめり込んで無理やり袋のなかを覗き込む。
「シベリア…?贅沢品なんていつも買わないじゃないですかァ!」
しかも、子どもが喜ぶおやつだ。
全く似合わない組み合わせである。
オレは素っ頓狂な声を上げる。
「…春日。うるさい」
少尉と知り合って2年くらいだが、なにを考えているか分からないのは初対面から変わらない。
それでもオレは、この上司のことを嫌いではない。
鬱陶しそうにしながらも肩に置いた手を振り払わないことからも、冷たい人ではないことを知っている。
「あぁ、奥さまにか!」
ニヤリと笑いながら言えばまた「うるさい」とだけ返される。
(素直じゃないなあ…)
堂前大尉の娘と結婚すると報告されたときは大丈夫か?とかなり不安だった。
(いやぁ、だってなぁ…)
隣にいる恐ろしく整った顔の少尉を見やる。
相変わらずなにを考えているのか表情は読み取れない。
それでも、嫌なら拒否するタイプではある。昇進することに固執するタイプでもない。なにか考えがあってのことなのだろう。
それに、と先日会った時のオドオドした彼女を思い出す。
怯えながらも、少尉の好みを質問してきた彼女にオレは少し好感を抱いていた。
優しくなどされていないし、無下にされているに近いと思い込んでいるだろうに何故頑張ろうとするのだろう。
彼女は今、なにを考えているのだろうか。
昨日の最悪な出来事があってから、わたしはベッドの上でゴロゴロしていた。
今日は1ミリも外に出たくない。
…出れないんだけれども!
それでも、1日ベッドにいるのは身体的にも精神的にも良くないよなと無理やり身体を起こす。
誰にも会わないようにぼんやりと廊下を突き進む。
人気がないところを選んでいるとはいえ、しん、と静まり返った屋敷はどこか不気味だ。
特に目的地など決めてはいなかったはずなのに、わたしは父の執務室の前にいた。
ゾクっと身震いがする。
灯、とわたしを呼ぶ父の声が聞こえた。
「お前はやればできる子だろう?私を失望させないでくれ」
「お、お父さん…?」
「大尉の娘として、お前は私を支えなければならない」
家族とは、支え合うものだという父の声がこだまする。
「うっ…」
頭がガンガンと割れそうに響く。
ドッドッと心臓の鼓動が耳まで届いて口から出そう。
父は、わたしを愛してくれていたはずなのに、胸がつっかえて苦しい。
「…分かってますよ、お父さん」
支えることしか、わたしの価値がないことくらい。
久世さんのこともきちんとお支えできます。
だから、失望することはなく、どうか安からにお眠りください。
灯は…、わたしは、やればできる子なので。
わたしはグシャっと顔を歪めながら執務室に笑いかけた。
その日の夕刻。
少し痛みが残ってるいる頭を抑えながら、食事をしようと食卓に赴いた。
ポツンと机上にわたしの大好きなあのお店のシベリアが置いてある。
…誰かの忘れ物?
食べたいなあと思っているのがバレたのか使用人にどうぞと促され、有難く美味しくいただく。
甘さが程よく身体に染み渡り、心も解れかのようだった。
1口食べて、ピタリと止まる。
(久世さんにも食べさせたかったなぁ…)
ここのシベリアは行列になるほど人気だ。
わたしだけで楽しむのは贅沢な気がしてくる。
あんなことがあって、落ち込んでいると思った使用人が買ってきてくれたのだろう。
その優しさも心に染みる。
大丈夫なのになぁと思いながら口を動かした。
(そういえば、このところ人の出入りが激しくなってたはず…)
加えて軍人が行き交いしている。
軍人の行き来が増えるほど、屋敷での仕事量も増え、使用人の忙しさへと繋がることをわたしは嫌というほど知っている。
(いや…そんなまさか…)
ハタ、と食べかけのシベリアを見つめる。
綺麗な顔の人が女性や家族連れに混じって一人で行列に並ぶ姿を思い浮かべる。
…不釣り合いすぎている。
なにより目立ちすぎて、目撃情報がないのが不自然だ。
それに、わたしのためになんて。
(き、期待してしまった…!)
ピシャンと背中に稲妻が走る。
また甘い期待をして、傷つくところだった。
都合の良い解釈を頭から振り払おうと、勢いよく首を横に振る。
ギュっと目を瞑り、深呼吸をする。
それでもグルグルと思考が止まらず、わたしは水を一気飲みした。
うん、事実だけ受け入れれば大丈夫。
そう…今はこの甘いお菓子を堪能するんだ。
パクッと口にする。
先ほどとは打って変わってシベリアが喉に引っかかる。
「…こんなに甘かったかな」
いないはずの父と久世さんが何故かわたしを見ている気がした。
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