第12章:『天頂で魔法陣は待っていた』
街が、星になっていた。
空ではない。
ビルの窓が光っている。
信号機が光っている。
街灯が光っている。
コンビニの自動ドアが、スマホの画面が、駅前の大型ビジョンが、道路脇の監視カメラが、ひとつ、またひとつと金色の点を灯していく。
夕暮れの街は、本来なら人の声で満ちているはずだった。
部活帰りの生徒。
買い物袋を持つ主婦。
電話をしながら歩く会社員。
自転車のベル。
車のエンジン音。
信号の電子音。
その全部が、そこにある。
なのに幽には、街が少しずつ静かになっていくように感じられた。
音が消えているわけではない。
むしろ、音は増えている。
通知音。
案内放送。
広告の音声。
自動改札の電子音。
それらが、ばらばらに鳴っているはずなのに、いつの間にか一つの拍子を刻んでいた。
点と点を結ぶための、見えないリズム。
「……気持ち悪いな」
幽は、黒史刀を握る手に力を込めた。
刀ではない。
けれど、幽はそれを黒史刀と呼ぶことに決めている。
黒歴史。
記録。
消したいのに、消えなかったもの。
今はそれだけが、金色の線に対抗できる気がした。
「正確な感想ですわ」
隣で白夜が言った。
扇子で口元を隠している。
いつものように優雅な仕草。
けれど、歩幅は少し小さい。
肩も、わずかに上下している。
「白夜」
「大丈夫ではございませんわ」
「まだ何も言ってない」
「言われる前に、正確な言葉を使っただけですの」
「便利だな、それ」
「ええ。強がりよりは、よほど」
白夜はそう言って、街を見た。
金色に染まり始めた街を。
そして、薄く笑った。
「美しすぎますわね」
「美しいのか?」
「ええ」
白夜は、ほんの少し眉をひそめた。
「吐き気がいたします」
幽は、何も言えなかった。
街は確かに美しかった。
金色の点が、夕暮れの中で静かに灯っている。
ビルの窓が並び、信号が瞬き、スマホ画面が星のように光る。
人間が作った街。
生活のための光。
便利さのための線。
それが全部、ひとつの巨大な図形に見え始めていた。
綺麗だ。
そう思ってしまった自分が、嫌だった。
「幽くん」
琴子の声がした。
いつもより低い。
彼女は左目を押さえている。
指の隙間から、赤い光がわずかに漏れていた。
「道、変えた方がいい」
「何が見える?」
「線が濃いところがある。そこを通ると、たぶん引っかかる」
「引っかかるって」
「名前とか、記録とか、位置とか。そういうのが、持っていかれる感じ」
「物騒すぎるだろ」
「私に言われても困る」
琴子はそう言って、幽の方を見た。
いや。
見ようとした。
けれど、その目は幽の顔の少し横を泳いだ。
「……琴子?」
「見えてる」
「嘘だろ」
「見えてる。幽くんの場所は分かる」
「顔は?」
琴子は、答えなかった。
その沈黙だけで十分だった。
琴子の左目は、幽の顔ではなく、幽を縛る線を見ている。
好きな相手の顔が見えづらくなって。
代わりに、その相手を奪おうとする線だけが見える。
「ほんと、最悪の目ね」
琴子は小さく吐き捨てた。
それでも、すぐに前を向く。
「でも、線は見える」
朱音の桐箱を抱え直す。
「だから、私が見る」
幽は頷いた。
「頼む」
「頼まれた」
琴子は、少しだけ笑った。
その笑い方は、いつもの彼女に戻っていた。
ほんの一瞬だけ。
○
横断歩道に差しかかった時、信号が赤に変わった。
誰もが足を止める。
幽たちも止まる。
車が流れていく。
普通の街の風景。
だが、琴子の左目には違うものが見えていた。
「……白線」
琴子が呟く。
幽は足元を見た。
横断歩道の白い線。
それが、端からじわじわと金色に染まっていた。
一本。
二本。
三本。
白いはずの線が、星と星を結ぶ軌道のように光る。
信号機の赤。
車のヘッドライト。
歩行者のスマホ。
そのすべてが、横断歩道の線に吸い寄せられていく。
「渡るな」
琴子が言った。
その直後、青信号になった。
電子音が鳴る。
人々が一斉に歩き出す。
誰も疑わない。
青だから渡る。
横断歩道だから渡る。
そう決められているから。
先頭を歩いていた会社員の男が、金色の白線を踏んだ。
その瞬間、彼の顔から表情が消えた。
一秒にも満たない。
すぐに戻る。
男は何事もなかったように歩いていく。
けれど幽は見た。
男のスマホ画面に、金色の星座が一瞬だけ映ったことを。
そして、その星座の片隅に、男の名前らしき文字列が浮かんだことを。
「……今の」
「記録されました」
銀嶺が言った。
いつの間にか、タブレットを開いている。
画面には、無数の点と線。
そこに、小さな人型のマーカーが追加されていた。
「通行、位置、端末、名称。四点が接続されました」
「人間を、通行記録みたいに扱ってるのか」
「いいえ」
銀嶺は首を振った。
「おそらく、天にとっては逆です」
「逆?」
「通行記録も、名前も、位置も、人間の一部です」
金色の線が、画面上で静かに伸びる。
「それらを結ぶことで、人間をより正確に定義している」
幽の眉間が熱を持った。
正確。
その言葉が、今はひどく気持ち悪い。
「正確って、こんなに嫌な言葉だったか?」
「使う者によります」
銀嶺は答えた。
白夜が、金色の横断歩道を見て目を細める。
「なるほど。道ですら、従順なのですわね」
「道?」
「人が通るために作られた線。人を導くために引かれた線。あの星神には、さぞ扱いやすいでしょう」
白夜は扇子を閉じた。
「ですが、わたくしは従順な道が嫌いですの」
扇子の先が、横断歩道の白線に触れる。
小さな音がした。
ぱきん。
金色の線が、ほんの一部分だけ割れた。
その瞬間、横断歩道を歩いていた数人が、ふと足を止めた。
「あれ?」
「なんか今、ぼーっとしてた」
「信号、青だよね?」
彼らは困惑しながらも、急いで横断歩道を渡っていく。
大きな解放ではない。
何かを救ったと言えるほどでもない。
でも、金色の線は乱れた。
「白夜」
「大丈夫ではございませんわ」
「分かってる」
「でも、少し壊せました」
白夜は笑う。
「今は、それで十分ですわ」
幽は、黒史刀を握り直した。
「俺も、少しでいいから進む」
「ええ」
信号がまた赤に変わる。
彼らは横断歩道を迂回し、狭い路地へ入った。
路地の向こうには、デジタル・モンスタワーの影が見えていた。
○
路地裏は、表通りよりも暗かった。
看板の光も少ない。
人通りも少ない。
だから安全かと思った。
しかし、金色の線はむしろ濃かった。
建物の壁を這う配線。
エアコンの室外機。
防犯カメラ。
電柱。
古いポスターの文字。
それらが細い金色の糸で結ばれている。
蜘蛛の巣。
幽は、すぐにそう思った。
そして、その中心に男が立っていた。
朱知圭。
いや。
朱知圭だったもの。
黒いスーツ。
整った髪。
柔らかな笑み。
あの時と同じ姿。
けれど、違う。
彼の瞳には、観察者の光がなかった。
人を測り、ほほえみ、理解したふりをする、あの気持ち悪い熱がない。
額、喉、胸、指先。
そこに金色の点が灯っている。
点と点は線で結ばれ、彼の身体そのものが一つの星座になっていた。
「土は、線を張る」
朱知だったものが言った。
声は朱知のものではなかった。
天津甕星の声だった。
「人は結ばれることで、はじめて位置を得る」
路地の壁から、金色の糸が伸びる。
電柱から。
配線から。
防犯カメラから。
通行記録から。
人々のスマホから。
線が、幽たちへ伸びてくる。
「下がって!」
琴子が前に出た。
朱音の桐箱が開く。
赤黒い気配が、箱の内側からこぼれた。
大百足。
かつて琴子自身の執着を喰い、朱知を焼いたもの。
朱音の気配に、金色の糸がわずかに震える。
琴子の左目から、赤い涙のようなものが滲んだ。
「琴子!」
「見えてる」
琴子は歯を食いしばる。
「見えすぎて、腹立つくらい」
金色の糸が、幽の眉間へ伸びようとする。
琴子は朱音を解き放つ。
赤黒い百足の影が、路地を走った。
がり、と。
金色の線を噛む。
一本。
二本。
三本。
しかし、琴子はすぐに叫んだ。
「全部は喰うな!」
朱音の影が止まる。
「そこは人の記録まで繋がってる!」
朱知だったものが、微笑む。
空っぽの笑みで。
「線は、線だ」
「違う」
琴子は低く言った。
「人が自分で作った線と、あんたたちが勝手に引いた線は違う」
左目がさらに赤くなる。
幽には、琴子の表情が痛みに歪んでいるのが分かった。
それでも彼女は引かない。
「朱知」
琴子は、朱知だったものを見る。
「あんた、最悪だったわよ」
幽は思わず琴子を見た。
「人を網にかけて、観察して、分かった顔をして、ほんと最悪だった」
朱知だったものは、何も答えない。
けれど、胸の金色の点がわずかに揺れた。
「でも」
琴子は朱音の桐箱を握りしめる。
「あんたが線を張りたかったのは、たぶん嘘じゃない」
金色の糸が、震える。
「あんたの真実は分かった」
琴子の左目から、血が一筋流れた。
「でも、その線を天に引かせるな」
朱音が跳ねた。
赤黒い百足の影が、朱知だったものの胸から伸びる金色の線だけを噛み切る。
全部ではない。
朱知圭という存在を形作る線ではない。
天津甕星へ向かって伸びる、余計な一本。
ぱきん。
音がした。
朱知だったものの身体が、ぐらりと傾く。
金色の星座が乱れる。
空っぽだった瞳に、一瞬だけ光が戻った。
「……非効率、ですね」
それは、かすかな声だった。
朱知の声だった。
「ええ」
琴子は答えた。
「人間だからね」
朱知だったものは、微笑んだ。
今度は、ほんの少しだけ朱知らしい、嫌な笑みだった。
「なるほど」
次の瞬間、その身体は金色の糸にほどけた。
消えたわけではない。
完全に救ったわけでもない。
けれど、路地を塞いでいた網は崩れた。
道が開く。
琴子が膝をつきかける。
幽が支えた。
「琴子!」
「見えない」
「え?」
「幽くんの顔、もっと見えにくくなった」
琴子は、苦しそうに笑った。
「でも、線は一本切れた」
「……ごめん」
「それ禁止」
「何が」
「今の謝罪、たぶん半分くらい自分を責めたいだけでしょ」
幽は言葉に詰まった。
眉間が、ちり、と熱を持つ。
琴子が、幽の胸元あたりを見て言う。
「正確に」
幽は息を吸った。
「……怖かった」
「うん」
「琴子が傷つくのは嫌だ」
「うん」
「でも、助かった」
「なら、それでいい」
琴子は幽の腕から離れた。
「行こう」
その背中は少し震えていた。
けれど、立っていた。
○
路地を抜けると、駅前広場に出た。
デジタル・モンスタワーは、もうすぐそこにあった。
だが、広場の全ての画面が点灯していた。
大型ビジョン。
広告ディスプレイ。
自販機の液晶。
バス停の時刻表。
人々のスマホ。
その全てに、同じ顔が映っている。
加賀美サニー。
いや。
加賀美サニーだったもの。
完璧な笑顔。
完璧な角度。
完璧な明るさ。
完璧すぎて、どこにも本人がいない顔。
「雲は、星を映す」
全ての画面が同時に言った。
声はサニーではなかった。
天津甕星だった。
「見られることで、人は自分の形を知る」
画面の中で、サニーだったものがスマホを掲げる。
そこに映ったのは、街ではなかった。
理想の世界だった。
学生は学生らしく笑っている。
教師は教師らしく導いている。
親は親らしく守っている。
友人は友人らしく寄り添っている。
恋人は恋人らしく手を繋いでいる。
誰も迷っていない。
誰も間違えていない。
誰も、余計なことを考えていない。
全員が、自分に与えられた役割の中で、正しく美しく並んでいる。
「……きれい」
広場の誰かが呟いた。
その人の顔から、少しずつ表情が抜けていく。
別の誰かがスマホを見つめる。
また別の誰かが、足を止める。
人々の瞳に、金色の星空が映っていた。
「まずい」
琴子が言った。
左目を押さえながら、歯を食いしばる。
「見たら、線が濃くなる」
「画面を壊しますわ」
白夜が扇子を構えた。
だが、銀嶺が前に出る。
「待ってください」
「なぜですの」
「全画面を物理破壊する前に、表示内容を乱します」
「できますの?」
「不明です」
「その返事、今いちばん聞きたくありませんわね」
「しかし、試行します」
銀嶺は、幽の古いTシャツの裾を握った。
なぜか、ほんの一瞬。
それから、タブレットを開く。
画面には金色の星座。
その上に、銀嶺の指が滑る。
「未定義を挿入します」
銀嶺の声は平坦だった。
「分類不能」
大型ビジョンにノイズが走る。
「保留」
自販機の画面が乱れる。
「あとで考える」
スマホ画面の星空に、黒い点が混ざる。
「未回答」
サニーだったものの笑顔が、わずかに歪んだ。
「未完成」
銀嶺の輪郭が、ざざ、とノイズで欠ける。
幽は目を見開いた。
「銀嶺!」
「問題ありません」
「それ、大丈夫って意味なら危ないぞ」
「大丈夫ではありません」
銀嶺は即答した。
「ですが、私はまだ決まっていません」
画面の中のサニーだったものが、銀嶺を見る。
初めて。
完璧な笑顔が、わずかに揺らいだ。
「雲は、星を映す」
「私は雲ではありません」
銀嶺は言った。
「スペアです」
ノイズが広がる。
「未定義です」
さらに広がる。
「幽の古いTシャツの感触を、まだ分類していません」
「銀嶺!?」
「白夜のヒビ入りヘアピンを、美しいと判定する理由も未確定です」
「銀嶺さん、それ今言いますの!?」
「琴子の執着と保護欲の境界も、解析未完了です」
「ちょっと!」
「幽の黒歴史は、意味不明です」
「それは言い切ったな!?」
「訂正します」
銀嶺は、わずかに首を傾げた。
「意味不明ですが、消去対象ではありません」
その瞬間、全ての画面に黒いノイズが走った。
完璧な世界の映像が崩れる。
学生らしくない学生。
教師らしくない教師。
親らしく迷う親。
友人なのに傷つける友人。
好きなのに縛りたくなる誰か。
世界を壊したいのに、ひび割れたヘアピンを捨てられない妖怪姫。
金星に救われたのに、金星のものにはなりたくない少年。
画面の中のサニーだったものが、口元を震わせた。
その奥から、ほんのかすかに別の声が漏れた。
「……ちょ、映えなさすぎ……」
それはサニーの声だった。
すぐに消える。
けれど、確かに聞こえた。
銀嶺はタブレットを閉じた。
「投影精度、低下」
大型ビジョンのサニーだったものが、金色の光にほどけていく。
「雲は、星を映す」
最後に、天の声がもう一度だけ響いた。
銀嶺は静かに答えた。
「曇天です」
画面が消えた。
広場の人々が、はっとしたように瞬きをする。
「……あれ?」
「何見てたんだっけ」
「スマホ、バグった?」
ざわめきが戻る。
ばらばらの声。
ばらばらの足音。
ばらばらの呼吸。
それが、幽には少しだけ嬉しかった。
「銀嶺」
幽が呼ぶ。
銀嶺は振り返る。
輪郭が少し欠けている。
首元のノイズも、前より濃い。
「大丈夫ではありません」
「先に言うな」
「ですが、まだ歩けます」
「……そうか」
幽は頷いた。
「助かった」
「はい」
銀嶺は無表情のまま、ほんの少しだけTシャツの裾を握り直した。
「観測を継続します」
○
デジタル・モンスタワーの入口に着いた時、夕日はほとんど沈んでいた。
空は濃い藍色に変わり始めている。
けれど、星は見えなかった。
空ではなく、街が光っていたからだ。
タワーのガラス壁には、街中の金色の点が映っていた。
信号。
街灯。
スマホ。
ビル窓。
広告。
監視カメラ。
人々の名前。
通行記録。
位置情報。
それらが全て、タワーの表面に集まっている。
まるで、街そのものが一枚の巨大な回路となり、この塔へ電流を送っているようだった。
「ここが中心」
琴子が言った。
左目からまだ血が滲んでいる。
「全部の線が、上に向かってる」
「天頂、というわけですわね」
白夜が見上げる。
タワーの最上部。
そこだけが、ひときわ強く金色に光っていた。
「行けるか?」
幽は三人を見る。
琴子は、朱音の桐箱を抱えたまま頷いた。
「見える限りは」
銀嶺は、ノイズ混じりの輪郭で頷く。
「未定義である限りは」
白夜は、扇子を閉じる。
「壊すべきものがある限りは」
幽は笑った。
少しだけ。
「みんな、言い方が怖いんだよ」
「幽くんは?」
琴子が聞いた。
幽は、眉間の星痕を意識する。
まだ熱い。
まだ、そこに点はある。
天津甕星は、まだ幽の中にいる。
幽は息を吸った。
「怖い」
正確に言う。
「でも、行く」
星痕は強くならなかった。
白夜が満足そうに微笑む。
「よろしい」
タワーの自動ドアが開いた。
誰も触れていない。
中から、冷たい空気が流れてくる。
エントランスは無人だった。
受付カウンターも、警備ゲートも、案内ディスプレイも、すべて金色の星を映している。
エレベーターだけが、開いていた。
上へ。
最上階へ。
天頂へ。
幽たちは、無言で乗り込んだ。
扉が閉まる。
箱が上昇を始める。
階数表示が、数字ではなく星座の記号に変わっていく。
一階。
二階。
三階。
いや、違う。
点。
線。
面。
円。
螺旋。
積層。
幽の眉間が、熱を持つ。
エレベーターの壁に、幽の顔が映った。
その眉間に、小さな金色の点。
それを中心に、壁の中の星々が線を伸ばし始めている。
幽は目を逸らさなかった。
怖い。
でも、見る。
怖いまま、見る。
エレベーターが止まった。
扉が開く。
○
そこに、サーバールームはなかった。
ビルの中であるはずなのに、頭上には満天の星空が広がっていた。
床にも、壁にも、星がある。
上下左右。
どこを見ても星。
サーバーラックのランプが星になり、光ファイバーが星と星を結ぶ糸になり、黒い床は夜空を映す水面のように輝いている。
その星々が、ひとつ、またひとつと線で結ばれていく。
円。
三角。
螺旋。
幾何学模様。
そして、それらが重なり合っていく。
一層。
二層。
三層。
幽の息が止まった。
知っている。
これは、知っている。
ノートの端に何度も描いた。
夜中に、意味も分からず線を足した。
金星を見上げながら、これが本当に力になると信じたかった。
3Dプリンタで、いつか形にしようとした。
平面ではなく、積み重なる魔法陣。
幽が昔、恥ずかしいくらい本気で考えていたもの。
積層型立体魔法陣。
「……嘘だろ」
黒史刀を握る手が震える。
綺麗だった。
どうしようもなく、綺麗だった。
そのことが、一番気持ち悪かった。
金色の星空の奥で、誰かが笑った。
優しく。
穏やかに。
天が、そこに立っていた。
「気付いたかい?」
天津甕星は、幽を見て微笑む。
「君の好きな、魔法陣だよ」




