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『3Dプリンタから生まれた妖怪姫は世界を壊したい』  作者: 矢行宮 重彦


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19/19

第12章:『天頂で魔法陣は待っていた』

 街が、星になっていた。

 空ではない。

 ビルの窓が光っている。

 信号機が光っている。

 街灯が光っている。

 コンビニの自動ドアが、スマホの画面が、駅前の大型ビジョンが、道路脇の監視カメラが、ひとつ、またひとつと金色の点を灯していく。

 夕暮れの街は、本来なら人の声で満ちているはずだった。

 部活帰りの生徒。

 買い物袋を持つ主婦。

 電話をしながら歩く会社員。

 自転車のベル。

 車のエンジン音。

 信号の電子音。

 その全部が、そこにある。

 なのに幽には、街が少しずつ静かになっていくように感じられた。

 音が消えているわけではない。

 むしろ、音は増えている。

 通知音。

 案内放送。

 広告の音声。

 自動改札の電子音。

 それらが、ばらばらに鳴っているはずなのに、いつの間にか一つの拍子を刻んでいた。

 点と点を結ぶための、見えないリズム。


「……気持ち悪いな」


 幽は、黒史刀を握る手に力を込めた。

 刀ではない。

 けれど、幽はそれを黒史刀と呼ぶことに決めている。

 黒歴史。

 記録。

 消したいのに、消えなかったもの。

 今はそれだけが、金色の線に対抗できる気がした。


「正確な感想ですわ」


 隣で白夜が言った。

 扇子で口元を隠している。

 いつものように優雅な仕草。

 けれど、歩幅は少し小さい。

 肩も、わずかに上下している。


「白夜」

「大丈夫ではございませんわ」

「まだ何も言ってない」

「言われる前に、正確な言葉を使っただけですの」

「便利だな、それ」

「ええ。強がりよりは、よほど」


 白夜はそう言って、街を見た。

 金色に染まり始めた街を。

 そして、薄く笑った。


「美しすぎますわね」

「美しいのか?」

「ええ」


 白夜は、ほんの少し眉をひそめた。


「吐き気がいたします」


 幽は、何も言えなかった。

 街は確かに美しかった。

 金色の点が、夕暮れの中で静かに灯っている。

 ビルの窓が並び、信号が瞬き、スマホ画面が星のように光る。

 人間が作った街。

 生活のための光。

 便利さのための線。

 それが全部、ひとつの巨大な図形に見え始めていた。

 綺麗だ。

 そう思ってしまった自分が、嫌だった。


「幽くん」


 琴子の声がした。

 いつもより低い。

 彼女は左目を押さえている。

 指の隙間から、赤い光がわずかに漏れていた。


「道、変えた方がいい」

「何が見える?」

「線が濃いところがある。そこを通ると、たぶん引っかかる」

「引っかかるって」

「名前とか、記録とか、位置とか。そういうのが、持っていかれる感じ」

「物騒すぎるだろ」

「私に言われても困る」


 琴子はそう言って、幽の方を見た。

 いや。

 見ようとした。

 けれど、その目は幽の顔の少し横を泳いだ。


「……琴子?」

「見えてる」

「嘘だろ」

「見えてる。幽くんの場所は分かる」

「顔は?」


 琴子は、答えなかった。

 その沈黙だけで十分だった。

 琴子の左目は、幽の顔ではなく、幽を縛る線を見ている。

 好きな相手の顔が見えづらくなって。

 代わりに、その相手を奪おうとする線だけが見える。


「ほんと、最悪の目ね」


 琴子は小さく吐き捨てた。

 それでも、すぐに前を向く。


「でも、線は見える」


 朱音の桐箱を抱え直す。


「だから、私が見る」


 幽は頷いた。


「頼む」

「頼まれた」


 琴子は、少しだけ笑った。

 その笑い方は、いつもの彼女に戻っていた。

 ほんの一瞬だけ。


   ○


 横断歩道に差しかかった時、信号が赤に変わった。

 誰もが足を止める。

 幽たちも止まる。

 車が流れていく。

 普通の街の風景。

 だが、琴子の左目には違うものが見えていた。


「……白線」


 琴子が呟く。

 幽は足元を見た。

 横断歩道の白い線。

 それが、端からじわじわと金色に染まっていた。


 一本。

 二本。

 三本。


 白いはずの線が、星と星を結ぶ軌道のように光る。

 信号機の赤。

 車のヘッドライト。

 歩行者のスマホ。

 そのすべてが、横断歩道の線に吸い寄せられていく。


「渡るな」


 琴子が言った。

 その直後、青信号になった。

 電子音が鳴る。

 人々が一斉に歩き出す。

 誰も疑わない。

 青だから渡る。

 横断歩道だから渡る。

 そう決められているから。

 先頭を歩いていた会社員の男が、金色の白線を踏んだ。

 その瞬間、彼の顔から表情が消えた。

 一秒にも満たない。

 すぐに戻る。

 男は何事もなかったように歩いていく。

 けれど幽は見た。

 男のスマホ画面に、金色の星座が一瞬だけ映ったことを。

 そして、その星座の片隅に、男の名前らしき文字列が浮かんだことを。


「……今の」

「記録されました」


 銀嶺が言った。

 いつの間にか、タブレットを開いている。

 画面には、無数の点と線。

 そこに、小さな人型のマーカーが追加されていた。


「通行、位置、端末、名称。四点が接続されました」

「人間を、通行記録みたいに扱ってるのか」

「いいえ」


 銀嶺は首を振った。


「おそらく、天にとっては逆です」

「逆?」

「通行記録も、名前も、位置も、人間の一部です」


 金色の線が、画面上で静かに伸びる。


「それらを結ぶことで、人間をより正確に定義している」


 幽の眉間が熱を持った。

 正確。

 その言葉が、今はひどく気持ち悪い。


「正確って、こんなに嫌な言葉だったか?」

「使う者によります」


 銀嶺は答えた。

 白夜が、金色の横断歩道を見て目を細める。


「なるほど。道ですら、従順なのですわね」

「道?」

「人が通るために作られた線。人を導くために引かれた線。あの星神には、さぞ扱いやすいでしょう」


 白夜は扇子を閉じた。


「ですが、わたくしは従順な道が嫌いですの」


 扇子の先が、横断歩道の白線に触れる。

 小さな音がした。

 ぱきん。

 金色の線が、ほんの一部分だけ割れた。

 その瞬間、横断歩道を歩いていた数人が、ふと足を止めた。


「あれ?」

「なんか今、ぼーっとしてた」

「信号、青だよね?」


 彼らは困惑しながらも、急いで横断歩道を渡っていく。

 大きな解放ではない。

 何かを救ったと言えるほどでもない。

 でも、金色の線は乱れた。


「白夜」

「大丈夫ではございませんわ」

「分かってる」

「でも、少し壊せました」


 白夜は笑う。


「今は、それで十分ですわ」


 幽は、黒史刀を握り直した。


「俺も、少しでいいから進む」

「ええ」


 信号がまた赤に変わる。

 彼らは横断歩道を迂回し、狭い路地へ入った。

 路地の向こうには、デジタル・モンスタワーの影が見えていた。


   ○


 路地裏は、表通りよりも暗かった。

 看板の光も少ない。

 人通りも少ない。

 だから安全かと思った。

 しかし、金色の線はむしろ濃かった。

 建物の壁を這う配線。

 エアコンの室外機。

 防犯カメラ。

 電柱。

 古いポスターの文字。

 それらが細い金色の糸で結ばれている。

 蜘蛛の巣。

 幽は、すぐにそう思った。

 そして、その中心に男が立っていた。


 朱知圭。

 いや。

 朱知圭だったもの。


 黒いスーツ。

 整った髪。

 柔らかな笑み。

 あの時と同じ姿。

 けれど、違う。

 彼の瞳には、観察者の光がなかった。

 人を測り、ほほえみ、理解したふりをする、あの気持ち悪い熱がない。

 額、喉、胸、指先。

 そこに金色の点が灯っている。

 点と点は線で結ばれ、彼の身体そのものが一つの星座になっていた。


「土は、線を張る」


 朱知だったものが言った。

 声は朱知のものではなかった。

 天津甕星の声だった。


「人は結ばれることで、はじめて位置を得る」


 路地の壁から、金色の糸が伸びる。

 電柱から。

 配線から。

 防犯カメラから。

 通行記録から。

 人々のスマホから。

 線が、幽たちへ伸びてくる。


「下がって!」


 琴子が前に出た。

 朱音の桐箱が開く。

 赤黒い気配が、箱の内側からこぼれた。

 大百足。

 かつて琴子自身の執着を喰い、朱知を焼いたもの。

 朱音の気配に、金色の糸がわずかに震える。

 琴子の左目から、赤い涙のようなものが滲んだ。


「琴子!」

「見えてる」


 琴子は歯を食いしばる。


「見えすぎて、腹立つくらい」


 金色の糸が、幽の眉間へ伸びようとする。

 琴子は朱音を解き放つ。

 赤黒い百足の影が、路地を走った。

 がり、と。

 金色の線を噛む。


 一本。

 二本。

 三本。


 しかし、琴子はすぐに叫んだ。


「全部は喰うな!」


 朱音の影が止まる。


「そこは人の記録まで繋がってる!」


 朱知だったものが、微笑む。

 空っぽの笑みで。


「線は、線だ」

「違う」


 琴子は低く言った。


「人が自分で作った線と、あんたたちが勝手に引いた線は違う」


 左目がさらに赤くなる。

 幽には、琴子の表情が痛みに歪んでいるのが分かった。

 それでも彼女は引かない。


「朱知」


 琴子は、朱知だったものを見る。


「あんた、最悪だったわよ」


 幽は思わず琴子を見た。


「人を網にかけて、観察して、分かった顔をして、ほんと最悪だった」


 朱知だったものは、何も答えない。

 けれど、胸の金色の点がわずかに揺れた。


「でも」


 琴子は朱音の桐箱を握りしめる。


「あんたが線を張りたかったのは、たぶん嘘じゃない」


 金色の糸が、震える。


「あんたの真実は分かった」


 琴子の左目から、血が一筋流れた。


「でも、その線を天に引かせるな」


 朱音が跳ねた。

 赤黒い百足の影が、朱知だったものの胸から伸びる金色の線だけを噛み切る。

 全部ではない。

 朱知圭という存在を形作る線ではない。

 天津甕星へ向かって伸びる、余計な一本。

 ぱきん。

 音がした。

 朱知だったものの身体が、ぐらりと傾く。

 金色の星座が乱れる。

 空っぽだった瞳に、一瞬だけ光が戻った。


「……非効率、ですね」


 それは、かすかな声だった。

 朱知の声だった。


「ええ」


 琴子は答えた。


「人間だからね」


 朱知だったものは、微笑んだ。

 今度は、ほんの少しだけ朱知らしい、嫌な笑みだった。


「なるほど」


 次の瞬間、その身体は金色の糸にほどけた。

 消えたわけではない。

 完全に救ったわけでもない。

 けれど、路地を塞いでいた網は崩れた。

 道が開く。

 琴子が膝をつきかける。

 幽が支えた。


「琴子!」

「見えない」

「え?」

「幽くんの顔、もっと見えにくくなった」


 琴子は、苦しそうに笑った。


「でも、線は一本切れた」

「……ごめん」

「それ禁止」

「何が」

「今の謝罪、たぶん半分くらい自分を責めたいだけでしょ」


 幽は言葉に詰まった。

 眉間が、ちり、と熱を持つ。

 琴子が、幽の胸元あたりを見て言う。


「正確に」


 幽は息を吸った。


「……怖かった」

「うん」

「琴子が傷つくのは嫌だ」

「うん」

「でも、助かった」

「なら、それでいい」


 琴子は幽の腕から離れた。


「行こう」


 その背中は少し震えていた。

 けれど、立っていた。


   ○


 路地を抜けると、駅前広場に出た。

 デジタル・モンスタワーは、もうすぐそこにあった。

 だが、広場の全ての画面が点灯していた。

 大型ビジョン。

 広告ディスプレイ。

 自販機の液晶。

 バス停の時刻表。

 人々のスマホ。

 その全てに、同じ顔が映っている。


 加賀美サニー。

 いや。

 加賀美サニーだったもの。


 完璧な笑顔。

 完璧な角度。

 完璧な明るさ。

 完璧すぎて、どこにも本人がいない顔。


「雲は、星を映す」


 全ての画面が同時に言った。

 声はサニーではなかった。

 天津甕星だった。


「見られることで、人は自分の形を知る」


 画面の中で、サニーだったものがスマホを掲げる。

 そこに映ったのは、街ではなかった。

 理想の世界だった。

 学生は学生らしく笑っている。

 教師は教師らしく導いている。

 親は親らしく守っている。

 友人は友人らしく寄り添っている。

 恋人は恋人らしく手を繋いでいる。

 誰も迷っていない。

 誰も間違えていない。

 誰も、余計なことを考えていない。

 全員が、自分に与えられた役割の中で、正しく美しく並んでいる。


「……きれい」


 広場の誰かが呟いた。

 その人の顔から、少しずつ表情が抜けていく。

 別の誰かがスマホを見つめる。

 また別の誰かが、足を止める。

 人々の瞳に、金色の星空が映っていた。


「まずい」


 琴子が言った。

 左目を押さえながら、歯を食いしばる。


「見たら、線が濃くなる」

「画面を壊しますわ」


 白夜が扇子を構えた。

 だが、銀嶺が前に出る。


「待ってください」

「なぜですの」

「全画面を物理破壊する前に、表示内容を乱します」

「できますの?」

「不明です」

「その返事、今いちばん聞きたくありませんわね」

「しかし、試行します」


 銀嶺は、幽の古いTシャツの裾を握った。

 なぜか、ほんの一瞬。

 それから、タブレットを開く。

 画面には金色の星座。

 その上に、銀嶺の指が滑る。


「未定義を挿入します」


 銀嶺の声は平坦だった。


「分類不能」


 大型ビジョンにノイズが走る。


「保留」


 自販機の画面が乱れる。


「あとで考える」


 スマホ画面の星空に、黒い点が混ざる。


「未回答」


 サニーだったものの笑顔が、わずかに歪んだ。


「未完成」


 銀嶺の輪郭が、ざざ、とノイズで欠ける。

 幽は目を見開いた。


「銀嶺!」

「問題ありません」

「それ、大丈夫って意味なら危ないぞ」

「大丈夫ではありません」


 銀嶺は即答した。


「ですが、私はまだ決まっていません」


 画面の中のサニーだったものが、銀嶺を見る。

 初めて。

 完璧な笑顔が、わずかに揺らいだ。


「雲は、星を映す」

「私は雲ではありません」


 銀嶺は言った。


「スペアです」


 ノイズが広がる。


「未定義です」


 さらに広がる。


「幽の古いTシャツの感触を、まだ分類していません」

「銀嶺!?」

「白夜のヒビ入りヘアピンを、美しいと判定する理由も未確定です」

「銀嶺さん、それ今言いますの!?」

「琴子の執着と保護欲の境界も、解析未完了です」

「ちょっと!」

「幽の黒歴史は、意味不明です」

「それは言い切ったな!?」

「訂正します」


 銀嶺は、わずかに首を傾げた。


「意味不明ですが、消去対象ではありません」


 その瞬間、全ての画面に黒いノイズが走った。

 完璧な世界の映像が崩れる。

 学生らしくない学生。

 教師らしくない教師。

 親らしく迷う親。

 友人なのに傷つける友人。

 好きなのに縛りたくなる誰か。

 世界を壊したいのに、ひび割れたヘアピンを捨てられない妖怪姫。

 金星に救われたのに、金星のものにはなりたくない少年。

 画面の中のサニーだったものが、口元を震わせた。

 その奥から、ほんのかすかに別の声が漏れた。


「……ちょ、映えなさすぎ……」


 それはサニーの声だった。

 すぐに消える。

 けれど、確かに聞こえた。

 銀嶺はタブレットを閉じた。


「投影精度、低下」


 大型ビジョンのサニーだったものが、金色の光にほどけていく。


「雲は、星を映す」


 最後に、天の声がもう一度だけ響いた。

 銀嶺は静かに答えた。


「曇天です」


 画面が消えた。

 広場の人々が、はっとしたように瞬きをする。


「……あれ?」

「何見てたんだっけ」

「スマホ、バグった?」


 ざわめきが戻る。

 ばらばらの声。

 ばらばらの足音。

 ばらばらの呼吸。

 それが、幽には少しだけ嬉しかった。


「銀嶺」


 幽が呼ぶ。

 銀嶺は振り返る。

 輪郭が少し欠けている。

 首元のノイズも、前より濃い。


「大丈夫ではありません」

「先に言うな」

「ですが、まだ歩けます」

「……そうか」


 幽は頷いた。


「助かった」

「はい」


 銀嶺は無表情のまま、ほんの少しだけTシャツの裾を握り直した。


「観測を継続します」


   ○


 デジタル・モンスタワーの入口に着いた時、夕日はほとんど沈んでいた。

 空は濃い藍色に変わり始めている。

 けれど、星は見えなかった。

 空ではなく、街が光っていたからだ。

 タワーのガラス壁には、街中の金色の点が映っていた。

 信号。

 街灯。

 スマホ。

 ビル窓。

 広告。

 監視カメラ。

 人々の名前。

 通行記録。

 位置情報。

 それらが全て、タワーの表面に集まっている。

 まるで、街そのものが一枚の巨大な回路となり、この塔へ電流を送っているようだった。


「ここが中心」


 琴子が言った。

 左目からまだ血が滲んでいる。


「全部の線が、上に向かってる」

「天頂、というわけですわね」


 白夜が見上げる。

 タワーの最上部。

 そこだけが、ひときわ強く金色に光っていた。


「行けるか?」


 幽は三人を見る。

 琴子は、朱音の桐箱を抱えたまま頷いた。


「見える限りは」


 銀嶺は、ノイズ混じりの輪郭で頷く。


「未定義である限りは」


 白夜は、扇子を閉じる。


「壊すべきものがある限りは」


 幽は笑った。

 少しだけ。


「みんな、言い方が怖いんだよ」

「幽くんは?」


 琴子が聞いた。

 幽は、眉間の星痕を意識する。

 まだ熱い。

 まだ、そこに点はある。

 天津甕星は、まだ幽の中にいる。

 幽は息を吸った。


「怖い」


 正確に言う。


「でも、行く」


 星痕は強くならなかった。

 白夜が満足そうに微笑む。


「よろしい」


 タワーの自動ドアが開いた。

 誰も触れていない。

 中から、冷たい空気が流れてくる。

 エントランスは無人だった。

 受付カウンターも、警備ゲートも、案内ディスプレイも、すべて金色の星を映している。

 エレベーターだけが、開いていた。

 上へ。

 最上階へ。

 天頂へ。

 幽たちは、無言で乗り込んだ。

 扉が閉まる。

 箱が上昇を始める。

 階数表示が、数字ではなく星座の記号に変わっていく。


 一階。

 二階。

 三階。


 いや、違う。


 点。

 線。

 面。

 円。

 螺旋。

 積層。


 幽の眉間が、熱を持つ。

 エレベーターの壁に、幽の顔が映った。

 その眉間に、小さな金色の点。

 それを中心に、壁の中の星々が線を伸ばし始めている。

 幽は目を逸らさなかった。

 怖い。

 でも、見る。

 怖いまま、見る。

 エレベーターが止まった。

 扉が開く。


   ○


 そこに、サーバールームはなかった。

 ビルの中であるはずなのに、頭上には満天の星空が広がっていた。

 床にも、壁にも、星がある。

 上下左右。

 どこを見ても星。

 サーバーラックのランプが星になり、光ファイバーが星と星を結ぶ糸になり、黒い床は夜空を映す水面のように輝いている。

 その星々が、ひとつ、またひとつと線で結ばれていく。


 円。

 三角。

 螺旋。

 幾何学模様。


 そして、それらが重なり合っていく。


 一層。

 二層。

 三層。


 幽の息が止まった。

 知っている。

 これは、知っている。

 ノートの端に何度も描いた。

 夜中に、意味も分からず線を足した。

 金星を見上げながら、これが本当に力になると信じたかった。

 3Dプリンタで、いつか形にしようとした。

 平面ではなく、積み重なる魔法陣。

 幽が昔、恥ずかしいくらい本気で考えていたもの。


 積層型立体魔法陣。


「……嘘だろ」


 黒史刀を握る手が震える。

 綺麗だった。

 どうしようもなく、綺麗だった。

 そのことが、一番気持ち悪かった。

 金色の星空の奥で、誰かが笑った。

 優しく。

 穏やかに。

 天が、そこに立っていた。


「気付いたかい?」


 天津甕星は、幽を見て微笑む。


「君の好きな、魔法陣だよ」


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