絶対に
『六花彩湯国』の第二の首都の『蓬』。
「高みの見物ってわけ?」
濃厚な白い湯煙の影響を受けず、微かに蓬の香りだけが届く、『蓬』全体を見渡せる丘から見下ろしていた朝陽の隣で空中に浮き留まった理瑚。昔と変わらず、快活な笑みを顔全体に刻み続ける朝陽には視線を向けず、朝陽と同様に『蓬』全体を見渡しながら、あんた何がしたいのよと尋ねた。
「世界平和の為に身を捧げている最中だ」
「っは。世界平和って。あんたの世界の平和の為でしょ。星の為だけに使う事が許されている吸血鬼の力を利用するなんて。利用し続けるなんて。あんた。本当に何がしたいのよ? 奏斗を、あの子をどうしたいのよ?」
「だから言ってるだろう。世界平和の為だ。だが、おまえが、おまえたちが気に喰わないってんなら、止めればいい。止められるならな」
「止めるわよ。奏斗に、奏斗たちに止めさせる」
「ああ。そうだな。奏斗たちなら、奏斗なら、俺を止められる。その為に育ててきたようなもんだしな。いや、育てている最中か。あいつと同じように」
「奏斗はあんたを信頼しきってるわよ。そのあんたが………奏斗。あんたと一緒に秘湯に浸かるんだって言ってたけど。あんたの正体を知っても、本当に言葉通りにするかしらね」
「ああ。そう言えば、奏斗たちと一緒に風呂に入った事はなかったな。全部が終わったら。そうだな。奏斗と、奏斗たちと一緒に秘湯に浸かろうかな」
「嘘ばっかり。その頃には、秘湯だけじゃなくて、温泉そのものがなくなってるじゃない。あんたが失くすんじゃない。この星から。秘湯だけじゃないんでしょ。古い血だけじゃない、新しい血も。ぜんぶぜんぶ、星の血を吸収するつもりでしょ? あんた星を破壊するつもりなんでしょ?」
冷静に冷静にと念じながら朝陽と相対しようと思っていた理瑚はしかし果たして、無駄だと悟った。いや、最初から分かっていたのだ。出会った時からずっと、気に喰わない相手だった。言葉全てに苛立ちが注ぎ込まれては露呈してしまう。
「星を破壊しようとするあんたを奏斗に殺してほしいわけ? だとしたら本当に最悪ね。あんた」
「だから、言ってるだろ。理瑚。俺は世界平和の為に身を捧げている最中だって」
「話になんないわね。ああ。本当にあんたと話していると苛々するわ」
「なあ」
「何よ?」
「何でさっさと俺を殺さなかったんだ?」
咄嗟に朝陽の顔を見てしまった理瑚。
顔を見まいと思っていたが、その発言は今迄朝陽と接してきた中で一番気に喰わない言葉であった。
(むかつくむかつく。むかつく)
けれど、理由を言おうとは微塵も思わなかった。
本当に星の為に。世界平和の為に動いていると思っていたから。なんて。
(絶対に言わないわ)
「自分で考えなさいよ」
理瑚は朝陽から顔のみならず身体全体を背けると、白い湯煙が立ち込める中へと飛び込んで行ったのであった。
(2025.1.23)




