理想
『六花彩湯国』の第一の首都の『藤』。
「あほくさっ」
理瑚は藤色の温泉の周囲に張られた聖月の結界の上に乗って見下ろしていた。
聖月の結界に勢いよく突撃してきては、破砕した骸骨である三樹矢を。
三樹矢を治癒する為に、僧院に駆け走って僧侶を呼びに行った箕柳を。
一人残って三樹矢を励まし続ける奏斗を。
「あほくさっ。とっくの昔に迎えるはずだった寿命を、一人の女の子との約束を守る為に引き延ばし続けた骸骨なんだから、もう安らかに眠らせてあげなさいよね」
「うん。理瑚の言う通りかもしれないね。もう、眠らせてあげるのが一番かもしれない。聖月の結界が破られる事はないから安心してって言うべきなのかもしれない。でも。こんな苦しそうな顔で逝かせたくない」
「ばっかなの? 死ぬ時はみ~んな苦しそうな顔をするの。それが普通なの。それを苦しそうな顔で逝かせたくないからって死を一時的に遠ざけるの? いつまで? まさかずっと遠ざけるつもり? 無理無理。必ず死を迎えなくちゃいけないのよ。そもそも、あんた。その骸骨、粉々に砕けてるんだから、顔なんて分からないじゃない。もしかしたら、やっと死ねるって喜んでるかもしれないのよ。だとしたら、あんたがしている事は無駄どころか、外道な事をしているのよ」
「知っている。一時しのぎだって。でも、一時しのぎの何が悪いんだ? 僕たちが今ここに居たから一時しのぎができるかもしれない。居なかったら、一時しのぎすらできない。確かに、三樹矢さんは望んでいないかもしれない。でも、望んでいるかもしれない。分からない。分からないから、僕は励ます」
「分かっていたとしても、あんたは励ますんでしょ。望んでいないって分かっていても。だ~い好きなお兄ちゃんはそうするんだって。大好きなお兄ちゃんの真似事をするのよ。あんたは、」
「………そうだね。理瑚の言う通りだ。否定しない。僕は兄ちゃんみたいになりたくて勇者をしている。三樹矢さんを励まし続けている。背伸びをし続けている。型に嵌め続けている。兄ちゃんが、理想像が居なかったら、きっと僕は、勇者になっていなかった」
「勇者になっていなかった? はあ。ほっんとあほくさ」
「本当にあほくさいぞ。奏斗」
この場で耳にする事は決してない声を背後に受けた奏斗は咄嗟に振り返った。
すれば。
「に、にいちゃ、ん」
「よっ。久しぶりだな。奏斗。立派に勇者をやってんじゃねえか」
村で待ち続けているはずの奏斗の兄、朝陽が、聖月の結界の上に立っていたのだ。
(2025.1.21)




