温泉屋
『六花彩湯国』の第一の首都の『藤』。
心晴という少女がおったのだ。
箕柳が辛抱強く話し続けた結果、落ち着きを取り戻した三樹矢は地面の上で座を正して、厳かに語り始めた。
心晴という少女がおったのだ。
心晴は温泉屋の娘であった。
親想いの心晴は幼い頃から温泉屋の手伝いをしていた。
客の呼び込み、接客、建築、補修、温泉掘削、温泉調整などなど。
ありとあらゆる仕事を何でもかんでも引き受けては、見事なまでにやりこなして来た。やりこなせてしまったのだ。
心晴はいつも笑顔であった。とても楽しそうに温泉屋の手伝いをしていた。
手つかずの自然の温泉もいいけど、手ずからの人工の温泉もいいでしょ。
心晴は温泉屋に来てくれた客に得意満面の笑顔で言った。
心晴は温泉屋が大好きだった。
心晴は温泉が大好きだった。
心晴は温泉に入って癒されている生物を見るのが大好きだった。
ずっとずっとずっと、温泉に関わっていたい。
心晴はいつも笑顔であった。とても楽しく温泉屋の手伝いをしていた。
そんな温泉大好きな心晴に悲劇が襲いかかったのだ。
それはいつものように、心晴が特注の竹製のシャベルで温泉の掘削をしていた時だった。
深く深く深く掘って行き、漸く掘り当てては勢いよく噴出した無色透明の温泉に喜んだのも束の間、落としてしまったのだ。
馴染みの開発大好きな魔法使いからもらった藤色の玉を。
なんて事はない。
藤色の玉は液体を藤色に変色させるだけの玉だった。はずだったのだが。
温泉の成分と藤色の玉が異常変化を起こしてしまい。
「この温泉に浸かった者の髪の毛を藤の花や葉や蔓に変化させたかと思えば、数日を経たずして、藤の花や葉や蔓に身体を吸収されて、骨だけの姿にさせられるのだ。今のところ、回避する術は。ない」
はらりはらはら。
三樹矢は白い包帯を解き取り除いては、骨だけの姿を見せたのであった。
「百年前の話だ。骨だけになった心晴はそれでも元気よく温泉屋を手伝って寿命を迎えた。心晴はおいらに頼んだ。骨だけでも生きていけるけど、骨だけだとやっぱり不便だから、藤色の温泉に浸からないように注意喚起をし続けてくれと。だから、おいらは検問所に張り付いて、藤色の温泉の恐ろしさを知らぬ生物に注意していたのだ」
「え? 前回俺たちが検問所を通って来た時、三樹矢って居たっけ?」
話を聞いていた芽衣は奏斗、聖月、箕柳に尋ねた。
「居なかったね」
「居なかったです」
「居なかったな」
「おいらの不手際です。申し訳ございません」
芽衣、奏斗、聖月、箕柳の視線が集中した三樹矢は、弁明するでもなく厳かに土下座をしたのであった。
(2025.1.19)




