表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/25

第3章 7、真実

「父と母は世界中を飛び回っていてね。ああ、そんなことはどうでもいいか。……きみたち金の腕輪の所有者を知ったのも、知人の商人から聞いた話なんだ」

「そう、ずいぶんとあたしたちに詳しい人間がいるのね」

「世の中は広いからね、いろんな人がいるよ。……っと」


 かちゃん、とテオフィールが紅茶の器を皿に戻し損ねた。

 器はガラスの机に転がり、紅茶の湖が広がっていく。勢いをつけた器は机の上で一回転して、そのまま床に落ちた。

 ガシャン、と陶器がかける音がする。

 すぐさまテオフィールが手を伸ばすが、すぐにその手を引っ込めた。

 慌てて侍従が紅茶を片付けはじめる。

 見れば、テオフィールの指から、血が出ていた。


「見せて」


 アニカはソファから立ち上がり、テオフィールの傍に膝をついた。

 その瞬間、テオフィールの顔にはっきりと怯えが走った。

 アニカは察する。

 テオフィールと面談するとき、法術師を常に配置しているのは、アニカが怖いからだと。


(それが普通よね)


 人に非ざるものを前にして、怖くないはずがない。

 だから、テオフィールの反応は当然なのだ。ここ数日、ヴァルターが傍にいたせいで、感覚が麻痺していた。

 アニカは重苦しい何かを感じながら、テオフィールが怪我をした手を取った。強張る少年に気づかないふりをして、指先の怪我に意識を集中する。

 治癒はあまり得意ではないが、この程度の傷ならば治すことができるはずだ。


(……化け物よね、やっぱり)


 す、と指先に一本、線のように通っていた怪我が消えていく。

 アニカはテオフィールの手を持ち替えて、怪我が治ったか確認しはじめて――ふと、気づく。


 どくん、と心音が高鳴る。


 触れた手のひらから伝わってくるのは、偽りの情報だった。

 テオフィールは、病人なんかじゃない。健康体そのものの、人間ではないか。


 どうして、という気持ちを隠して、さらに意識を読みとるために集中する。

 そして、真実を知る。

 目の前が怒りで真っ赤になった。テオフィールは、アニカが産んだ子どもを商品にするつもりなのだ。


 金の腕輪の所有者が産んだ子どもの血が、万病薬になるのは本当らしい。少なくともテオフィールはそう信じている。


 彼の記憶からさらに意識を引き出せば、身分ある人間の誰かが病気にかかっているらしい。

 その人間の病気をテオフィールが万病薬を用いて治せば、テオフィールの名は一気に国中に轟くだろう。

 そうなれば、貴族位を手に入れるのも時間の問題である。

 つまり、テオフィールが貴族位を手に入れるために、アニカは利用されようとしているのだ。

 なにかを察知したように、テオフィールが慌てたように手を引っ込めた。


「……傷治してくれたんだね、ありがとう」


 やや引きつった笑みで、テオフィールが言う。

 アニカは黙って頷くと、向かい側のソファに戻った。

 ここには法術師がいる。

 真実に気がついたことを悟られるのはよくなかった。

 だから、平然なふりをする。


 頭がくらくらした。

 騙されていた――たかが、人間に。


 それからどうやって部屋に戻ったのか覚えていなかった。

 ただ、ヴァルターはこのことを知っているのだろうか、と思った。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ