マドンナの彼氏
健司から告白を受けたその日の晩
麗奈は栞に約束通り報告の電話をする。
「もしもし、麗奈 今日はどうだったの?」
「栞ぃ~ びぃぇ~~ん え~ん え~ん… 」
「どしたの? もしかしてダメだったの?」
「しょうがないよ。麗奈でも上手くいかない時はあるからさぁ~」
「ううん、健司君と恋人になれたの… びぃぇ~~ん 」
「そしたらなんでそんなに泣いてるの! 紛らわしい」
「だってね、だってね… 健司君が優しすぎて… 幸せなんだもん… 」
「だったら泣くんじゃないの! でも… 本当によかったね」
「ありがとう栞。家に帰るまでボーっとしちゃって… 何も考えられなかった」
「やっぱり健司君は最初から麗奈に惚れてたのかな?」
「どうなんだろ? でも今はしっかり惚れられてるよ!」
「なんにせよ良かった。あんたが玉砕してたら後始末が大変だもんね」
「そうだ、明日市役所へ行かないと!」
「何の用事?」
「健司君の気持ちが変わらないうちに婚姻届を… 善は急げだしね えへっ 」
「どこの馬鹿が付き合った次の日に婚姻届を書くの! 暴走するなって言ってるでしょ」
「だって… そうだ! 署名運動とか言って誤魔化して記名してもらえば… 」
「教会に行くより裁判所に行く方が先になるよ」
「まだ付き合えるようになったばかりでしょ? まずは足元固めないと」
「だから結婚するって… 」
「身を固めてどーすんの!」
「健司君の気持ちをもっと引き寄せないとだめじゃないの!始まったばかりだよ」
「どぉ~やって? 裸になればいいの? いつでも良いよ えㇸㇸ… 」
「あんた真面目に考える気があるの?」
「そういえばさぁ~ 一つだけ本当に悩んでることがあってね… 」
「どんな事?」
「これから学校でどうしようか…と」
「どうって?」
「健司君と一緒に登下校とか、一緒にお弁当とかできるかな?」
「それは… 難しいね…」
「なんで? 健司君がOKしてくれればいいんでしょ?」
「あんた、うちの学校のマドンナってことお忘れになってないよね?」
「忘れました。てか、最初からそんなつもりないし」
「あんたと健司君が学校内でイチャイチャし始めたら大変なことになるよ」
「そんなの関係ないじゃん。ほかのカップルもイチャイチャしてるよ?」
「関係あるに決まってるでしょ!あんたよりもむしろ健司君が大変になるよ」
「なんで?」
「過去、あんたに地獄に落とされた人、3年にもいっぱいいるんだよ?」
「そんなのあたしに関係ないよ。勝手に好きになられても困るよ」
「確かにそうだけどね。世の中には“逆恨み”ってあるんだよ」
「なにそれ? 美味しいの?」
「一度、ググってみれば?」
「あんたが誰とも付き合わないからみんな納得してたけど… とにかく、今はおとなしくしておいて、少しずつなし崩しにやれば?」
「いやだ。明日からでもべたべたしたい!」
「健司君が闇討ちにあっても知らないよ」
「そ、それは困るぅ~ グスン 」
「とにかく少しずつ接近して、何となく近くにいるのが普通な感じに出来ればいいんじゃないかな。沖本君にも協力してもらって…」
「そうだね。でもキスまでしちゃったカップルが、学校では他人なんて… 」
「は、キス! いつしたのよ。聞いてないよ。」
「だから今言ったでしょ。凄くロマンチックだったよ~ エㇸㇸ~ 」
「まさか、暴走したんじゃないでしょうね? 押し倒したとか… 」
「ちゃんと健司君の方からしてもらいましたよ~ん」
「もうね… 今思い出しても胸が熱くなって… へへへ、へへへ 」
「はいはい、ご馳走様。でもすごいね、あの健司君がね」
「初めてのデートでキスまで行ったんだから、次のデートでは… 最後まで…」
「2回目のデートでゴールまで行ってどーすんのよ! そんなことやってたらすぐに飽きられるよ」
「でも、私達高校3年だよ… 賞味期限が… 」
「刺身じゃないんだからそんなに早く腐りません」
「でもできるだけ既成事実を早く作って、健司君を逃げられないようにがんじがらめに縛って… 逃げ道をふさいで… 妊娠もいい手だよね… 」
「もうそろそろ協力するのをやめていい? 何か悪魔に魂売ったような気がしてきた」
「とにかく次は学校で仲良くするにはどうしたら良いかだよね」
「しばらくは様子見たら?」
「でも、“私が彼女だ”アピールしないと、変な虫が健司君に寄ってくるし… 」
「確かに健司君かっこいいもんね。それでいて性格もいいから優良物件だね」
「だよね、だから心配なんだよ~ 何かいい虫退治のスプレーとかない?」
いろんな方法を考えたがこれといって何も決まらなかった。
次の日の木曜日
朝、目覚める。昨日のことを思い出すと今でも胸がドキドキする。だけど気分はすごくいい。 自分の思いも伝えることが出来たうえ、麗奈という彼女を得ることもできた。 自分の人生が大きく変わった瞬間だった。
そういえば、昨日も愛理さんからLINEがあり、今度会おうと言われた。麗奈とはっきりした関係となった今、愛理さんと二人で会うのはできるだけ避けたい。ただ、昨日もそのことをはっきりとは言えなかった。
「できるだけ早く愛理さんにこのことを説明しないといけないな」
健司は、真剣に考えてそのように呟いた。 それに直人や裕子には打ち明けざるを得ない。ただ、今は昨日の麗奈の唇の余韻に浸っていたい。あの綺麗で艶やかな麗奈の唇に自分は触れた。とても柔らかくて何とも言えない感覚がまだ残っている。
これからも麗奈が傍にいてくれると考えると、何ともいえない幸福感を感じる。 よし、今日も頑張る。
その日の昼休み、いつものように直人と裕子と3人で弁当を食べていると、廊下の方がざわざわしだしたので、何となくそっちを見ていると沖本先輩と麗奈が俺の教室の入り口付近で俺の方を見る。俺はびっくりして、慌てて沖本先輩の方へ駆け寄った。
「どうしたんですか、先輩」
先輩は俺の耳元で小さな声で囁く。
「今朝、立花からお前とのことを聞いたよ。おめでとう健司」
俺はびっくりした。思わず固まりそうになった。なんで麗奈が沖本先輩にばらしてんの?
「詳しい訳は後で言う。ここじゃ目立つから、一緒について来い」
そう言って、麗奈とともに歩き出した。俺はその後をついて行った。体育館裏の人気のないところまで行き、沖本先輩は話し始めた。
「実はな、俺には今、付き合ってる彼女がいるんだけど、その子と付き合えるように立花が手伝ってくれてさ、恩があるわけよ。そんで、立花がお前と付き合い始めたんで、学校内でお前に会いたいときには俺が手伝うってことになったんだよ。」
「そうなんですか。でも本当にびっくりしましたよ。でもそれだったら、場所を決めて沖本先輩だけで迎えに来てくれた方が目立たなくてやりやすくないですか?」
「お前のいるクラスを一度見てみたかったんだと。それと、健司と立花と俺がよく一緒にいる様子をみんなに見せれば、その内お前たちが二人でいても自然に見えるだろ?」
「なるほど。でも沖本先輩に迷惑かけすぎじゃないですか、俺」
「立花には世話になったし、お前のことも好きだし良いんだよ」
「ごめんね、健司君。私のわがままでこんなことしちゃって… 」
「いえ、俺も学校内で麗奈に会えるなんて本当に嬉しいけど」
「というわけで、ちょこちょこ会いに来るから宜しくな」
「先輩、本当に迷惑かけてすいません。ありがとうございます」
「気にすんな、じゃ 俺は帰るわ」
「へへっ ごめんね健司君。どうしても会いたくなって会いに来ちゃった」
「来てくれてうれしいです。でも本当にびっくりしましたよ」
麗奈はもじもじした様子で、健司の指をつかむ。その様子が何ともいじらしく健司は麗奈をそっと抱きしめる。麗奈は少しびっくりしたが、すぐに健司の腰に腕を回して健司を抱きしめた。昨日と比べ、おしゃれも化粧もしていない麗奈を見て、健司は
「それでもこれだけ綺麗なんだ」と改めて思った。
それから、しばらく話をして昼休みも終わりに近づいたのでそろそろ帰ろうとした時、
「健司君」
「なに… 」
麗奈はいきなり健司にキスをした。
「じゃ、先に帰るね」
顔を赤くして麗奈は走っていく。
俺は、しばらく放心状態となり、授業開始直前にようやくクラスに戻った。それから、放課後になるまで俺の意識はどこかへ飛んでいた。