その7 彼はHPが低めです。
「寺山くーん。たまには漫画以外の本も読んでね」
「先輩、今ソレ言わないでほしいっす!」
オレが彼女をテーブル席に案内して、
(さあ、どんな話をしよう)
といろいろ考え始めた時、先輩が「痛いところ」をいきなり突いてきた。
この図書室には”手塚治虫”の「ブッダ」やら「火の鳥」やらが置いてある。
オレは小説は読まないが、漫画は好物だ。
ここに来るたびにそれらだけをあさっていた。
偽装工作で「太宰」やら「夏目」やら「芥川」をこれみよがしにテーブルに置いていたのだが、見破られていたとは。
「はは、やっぱりそうなんだ」
彼女がさらにトドメを刺しに来る。
くっ、アサシンが二人だと。おれには無理ゲー過ぎる。
だが、図書委員としての面子だけは……。
いや、そんなものは最初からないから別にいいんだが。
ただ、漫画ばかりを読んでいるというのは、女子の目からしたらどう考えても減点要素だろう。
オレは彼女からマイナス査定を受けたくない。
「寺山って小説とか読むタイプじゃないもんね」
くっ、すでにマイナスだったか。
「まあ、ワタシもこの頃は全然読んでないけどね」
お気遣い痛み入ります。
さて、テーブル席を確保したのはいいんだが、どうすんだオレ?
本の好みを聞いたところで「ふーん」としか言えないぞ。
自慢じゃないが、どの本が人気だとか、どういう本はドコソコにあるとか、全然知らない。
「寺山のお薦めは? なんかある?」
そんなにいじめないで。
「ちょっと本見てくるね」
オレのリアクションに満足したようで、彼女は席を立つ。
くそぉ、こんなことになるなら、もっと本を読んでおけば……。
いや無理でしょ。オレに読書スキルの適性はない。
人間、自身の適性を見極めるのに早いに越したことはないよな。
こんなダメ人間をヨソに、彼女は左手人差し指をあごに当てながら、本棚の前をゆっくりと移動する。
真剣な表情で一冊一冊タイトルをしっかり見て、うなづいたり首を振ったり。
だからあ、それ反則だって! かわいすぎるから、それ!
これ以上、オレにダメージ与えるのヤメテ。
いい本がないのかな?
手にとってパラパラめくってはすぐ戻す、を繰り返す彼女。
もう10冊目くらいだろうか。
とそこでカウンターから声が。
「寺山くーん、奥の棚の一番下」
はい? なんですか、先輩?
「左から三冊目」
いや、だから?
「それ、カノジョさんにとってあげてー」
「カノジョさん」って……。もしかして本当に誤解してませんか、先輩?
カウンターに目を向けると、あいかわらず本に視線を向けたまま。
なんなんだ、このヒト?
オレは言われるままにその本をとった。
「カノジョさん」に渡す前にパラパラとめくってみる。
独特の匂いがオレの鼻をくすぐる。
紙の匂い。インクの匂い。埃の匂い。ああ、本の匂いだ。……いい匂い。
匂いは記憶を揺り動かすものらしい。
母親に絵本を読んでもらった時のこと。
誕生日に本を買ってもらった時のこと。
初めて図書館に行った時のこと。
その一瞬にオレは様々なことを思い出し、その懐かしさに身を震わせた。
「なになに?」
嗅覚での感動を満喫したオレのところに、彼女がやってくる。
本を選んでいた時とは一変、幼児のように興味津々な無垢な表情をオレに向ける。
あ、もうダメだ。
ここは図書室じゃない。処刑場だったんだな、オレの。
お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許しください。
”てらやまよしきはちからつきた”