42.リピーター、時として星は巡る<完>
「今年もやってまいりました、大盛況のバーゼル・フェア!今回は大手ブランド社率いるメインブースから離れ、独立時計技師たちが出店するブースからお送りします。」
「さて、年々、日本にも大手ブランドにも負けない個性的な時計を作る職人が増え、業界では密かな"マイノリティ"ブームとなっておりますが、今日はなんと!その中でも珍しい、女性の時計技師さんを紹介いたします。」
「橘時計店の3代目、橘生三さんです。橘さん、今日はよろしくお願いいたします。」
『あ、ハイ、よろしくお願いします。』
「今話題沸騰中の映画『針に咲く花』で主演の相沢みりなをはじめ、様々な業界の著名人が愛用している時計を製作しているという事で注目が集まっている"星の夢"シリーズ!今回はその新作を出店されるということですが、まずブースを見させていただきましょう!」
『こちらですー』
「お、早速おなじみのモデル・ムーンフェイズ"セレン"がありますね!お隣は去年の新作、モデル・クロノグラフ"ベリリウム"や"アンチモニー"などが展示されていますよー。"星の夢"シリーズは全て、レアメタルのお名前から取っているという事なのですが、何か関連性はあるのでしょうか?」
『それは…ご想像にお任せします。ですが、可能な限り同名のモデルには同名の石を大小なり使用しています。ベリリウムにも緑柱石をあしらってます。』
「なるほどー!こだわりが光ってますねえ。今後追加される予定の新作には、そこにも注目して頂きたいです。では、いよいよ新作の発表ですが、………」
「おーい。動画が上がってるぞー、この間のフェアのやつ」
工房で鉛筆を片手に机に向かっていると、家へと繋がる廊下から父が顔を出した。
「えーちょっと恥ずかしいから見ないでよ」
大声で返すと、父は笑いながらタブレットの音量を上げた。
「お前、インタビューへったくそだなあ。カンペ読んでるの丸わかりだぞ。だから俺に出させろって言ったのに」
「やめてー!お父さんが出たら余計なことまで喋るじゃん!絶対やだぁー」
「…にしても、デジタル一辺倒のこのご時世にお前のがらくた時計が売れるんだから、世の中わからんもんだよなあ」
「がらくたはひどいよ!正当な評価でしょー」
「店の前で、小さい女の子がずーっと見てるんだよ。ここ最近、毎日だぞ」
その言葉に、思わず顔をあげて父を見る。
「…女の子?」
「知らなかっただろう。お前もう全然店出てこないもんなあ…お?」
思わず、鉛筆を置いて駆けだした。
何か、予感がした。…多分、想像とは違う。
違うのは解っているけど、何故か、気持ちがはやった。
表へ出ると、
父の言うとおりショーウィンドーの前で、ガラスにへばりつくように見ている女の子の姿があった。
10歳くらいだろうか。背伸びをして、じっと見つめている。
ふわふわとした茶色い毛の女の子だった。
彼女が見ているのは、私の作った"アンチモニー"。
機能はスプリットセコンド・クロノグラフと、永久カレンダー。
白金を使っていて、文字盤に星を散りばめた時計。
「…それが好き?」
女の子の隣に屈むと、女の子が頷く。
「うん。キレイでとってもかわいい。」
「そっかぁ…ありがとう」
お礼を言うと、女の子がびっくりした顔でこちらを見つめた。
「…おねえちゃんが作ったの?」
「そうだよ。お姉ちゃんが昔会った、とびっきり可愛い女の子を思い出して作ったの」
「その子も、この時計持ってるの?」
「うーん、どうかなあ。たぶん持ってないと思うよ。私が作ってる事は知らないだろうから」
「そうなんだ。会えるといいね」
女の子が笑う。
「あ、杏!またここに居て!」
突然、後ろの方から女性の声が響いた。
「あ、ママ!」
どうやらこの子の母親らしい。女の子も、お母さんを見つけて笑う。
「…"アン"ちゃんって言うの?」
「うん!」
思わず、頬が緩んでしまった。
「こんにちは」
私が"橘時計店"のロゴが付いた作業用エプロンを着けているのを確認したのか、
お母さんは警戒する様子もなく申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません、お邪魔しちゃって」
「いえ、良いんですよ。寧ろ、どんどん見ていってください」
そう笑うと、ほっとした様子でお母さんが胸をなでおろした。
「この子、今まで時計なんて全然興味なかったのに…ここのお店の時計を見てから、下校中に必ずここに寄ってるみたいなんです。」
「嬉しい。よかったら、中へどうぞ」
買わされると思ったのか、お母さんに「大丈夫です」と固辞される。
「あのね、お姉ちゃん。あたしね、この時計みたいな星がいっぱいある夢を見たの。空が明るくてね、でも星がいっぱいで、下は砂しかないんだけど。そこをね、ずーっと裸足で走っていくんだ。そうすると星がいっぱい追いかけてきて、抜かされて、でもすっごく楽しいの」
「!」
思わず目を見開いて、杏ちゃんを見る。
「この時計、その夢にすっごくそっくりだからびっくりしちゃった!」
「そうなんだ…」
「また夢の話?すみません、最近この子いつもその話ばかりで」
うんざりしたような母が、溜め息をついている。
きっと、毎日繰り返し話をしているのだろう。
「いえ、全然大丈夫です。…とっても綺麗なところに行ったんだね?」
「そうなの!…えっとね、だからね。あたしもこの時計、欲しいなって」
「何言ってるのアンタ!玩具じゃないのよ、これ!」
確かに、店頭の時計は流石に10歳の女の子が手軽に買えるような値段ではない。
けれど。
「あ、じゃあ、少しだけ待っててください。」
そう言って、店に戻る。
目当ての箱を取り出して、杏ちゃんに見せた。
「わあ!!」
素材を変え、サイズを変え、機能も抑えた子供用の、クォーツ時計。
…但し、デザインは一緒。
偽物ではない。廉価版、というより、あれだ。
パリコレとかで発表された奇抜な服を、一般用に落としこんで既製品として売る…みたいなあれ。
「星の時計!ママ、ちっちゃい星の時計だよ!あっちのやつと一緒のやつ!」
興奮してはしゃぎまわる杏ちゃんに対し、お母さんも思わずへえ、と覗き込む。
「これなら、お子さん用に付けても大丈夫ですよ」
既成ブランドで売っている子供用の時計とさほど変わらない値段もあってか、お母さんも渋い顔が多少は緩和されていた。
お母さんは少し考えた後、娘に向かう。
「…大事にする?」
「一生大事にする!絶対大事にする!」
「その代わり、今年のクリスマスプレゼントはなしだよ?」
「これがいい!!」
「…じゃあ、すみません。これください」
仕方ない、と笑うお母さんの横で、杏ちゃんは大喜びで飛び回った。
「ありがとうございます。…こちらは電池時計ですので、2、3年で止まってしまいます。持ってきていただけたらこちらですぐに電池交換しますよ。折角なので、こちらはサービスです」
そう言って、有効期限のない電池交換無料券も一緒に渡す。
「ありがとうございます!」
「じゃあアンちゃん、ちょっとだけお手て借りても良い?時計のサイズ調整するから」
「いいよ、すぐ返してね?」
「おっけーおっけー。大丈夫、お姉ちゃん割と凄いから」
呆れるように溜息を吐くお母さんを横に、笑いながら杏ちゃんの手に合うようにサイズを調整する。
「はい。…これでいつでも、あの夢の世界と一緒だよ」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
そして、最後に杏ちゃんはもじもじしながら、
「もう買っちゃったから次は買えないけど…また来ても良い?」
と尋ねてくれたので快諾する。
「いつでも待ってるよ。毎日でもおいで」
そう言うと、杏ちゃんはとっても嬉しそうに笑った。
「あのね、お姉ちゃん。私、大きくなったら、絶対あっちのガラスの方の星の時計買いに来るから、とっておいてね!」
別に1点もののオーダーメイドではないが、そこは言わないでおく。
「うん、分かった。待ってるよ」
杏ちゃんが帰って行ったあと、再び工房に戻る。
作業机の上に広がる、作りかけの設計図。
「…アンちゃんが"アンチモニー"を買うのが先か、出来上がるのが先か、どっちだろうねえ。…ねえ、梶本くん」
誰もいない工房で、作業机に置かれた小さな機械人形に向かって、一人ごちる。
体を全部赤い布で覆い、灰色のポンチョを着せた不格好な人形。
中に鉄琴のようなハンマーがいくつも付いた機械人形。
薇を回すと音を鳴らす、オルゴールの人形。
勝手に動いたりはしない。
勿論、話ができる訳でもない。
オルゴールは伴奏の音だけ流れる。
他にも、似たようなフードを被った人形や女の子の人形、作りかけの人形も、一緒に並んでいる。
ただいびつに丸くて不格好な人形も含めて、全部で8体。
仕事の合間にちびちびと作っていた。
家族には「なんだそれ」と、若干気味悪そうに遠巻きにされたが、今はもう誰も気にしない。
流石にあんな風には作れないけど。
ガワだけでも、と思って作ってみたら、この8体を近くに置くと何故か作業が捗るような気がした。
以来、ずっと作業机に置いている。
たまに、オルゴールを鳴らして一緒に歌う。
もしかしたら、人間になった誰かと知らずに再会しているかもしれない。
そうでないかもしれない。
でも、もうあの時の姿ではないのだから、分かりようもない。
ただの夢だった。
でも、確かに夢の中で旅をしていた。
何かを得たわけでもなければ、何かを失ったわけでもない。
でも、何かは。何かはそこにあった。
カラスが鳴き、薄暗くなった工房に一人。
橘生三は、ほんの少しだけ誘われて眠りに落ちた。
「…あれ?お姉ちゃん?」
夢の中で出会ったのは、砂に敷き詰められた地平線と、星の時計を腕に付けた、茶色い髪の女の子だった。
以上で完結になります。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。




