39.それは自由奔放で束縛されず、己が道を進む
そこに居たのはお伽噺に出るような、西欧人っぽい感じの老人。
がりがりで気難しそうで、頭はてっぺんがはげていて、後ろと髭はぼさぼさに伸びている。
教職とも職人ともとれる厳つさがあるが、この場合は間違いなく後者だろう。
…と、目の前の老人に対して観察を終えてから
「…えええっ!??」
感情が追い付く。
「だ、だ、だ、…え、だって、え?…創造主…さん…?」
頭では理解したけど、それでも驚きが隠せない。
外国人だったんだ。
今の今まで日本語で喋ってたから、てっきり日本人だと思ってたんですけど。
というか、明らかに西欧人だしどう考えてもこれ言葉通じないやつ。
「あ!ええと、ボディランゲージ!これなら!」
と、とりあえず身振り手振りでわちゃわちゃ動いてみた。
「騒々しいぞ」
「日本語だーーー!」
二重にも三重にも驚いていると、創造主はふん、と鼻を大きくして背を向けた。
「何を驚いている。夢の交錯点であるここに言語の壁などあるはずなかろう」
「あ、それもそうか。そうですね」
夢ならしかたないな。
「…。貴様は時に非常に賢くなるのか、それとも非常に馬鹿になるのか計り知れんな」
「まあ私も交錯点にきて結構経ってますから、大体の事は交錯点だからで納得できます」
「貴様のその順応性は評価してやる。さっさと作業を続けろ」
「あ、はい」
そうは言いつつも。
それまでくず肉の塊だった老人が、
それはそれは見事な手際でガリウムに部品をくっつけていく様は
とても見応えがあった。
脳裏に、不朽の記憶で見たあの後ろ姿…あの時は機械人形の体をしていたけれど、あれと重なる。
…うちのおじいちゃんもお父さんも凄かったけれど、
この人が機械人形を作り上げていく様はまるで、楽器を弾いているかのようだった。
中途半端な姿だったガリウムが、どんどん完成していく。
「…すごい…」
その姿に魅入られながらぽつりと呟いたとき。
手の甲にぱちん、と弾かれたような小さな痛みが走った。
「!」
部品の山から、小さな歯車が落ちたらしい。
まるでそれは『よそ見をするな』と言っているようで、
何となくだがこの歯車は、間違いなくレニウムのもののような気がしてならない。
「わ、わかったよ。…ええと…、あれ?」
気が付くと。
「これ、…これは、…タングスくんの部品?」
根拠はないのに、妙な自信がわいてくる。
「こっちは、レニウム。これもレニウム。…これは、…セレンちゃんだ」
名前が書いてあるわけでもないのに、妙に主張してくるというか。
主張。
歯車や破片の一個一個が、
「これはおれだ」
と、自分で自分を表示しているような気がする。
「…あ、そうか、レニウム…」
また、何となく胸に手が行く。
レニウム…『表示するもの』が、手を貸してくれているんだ。
「…ありがとう」
そう呟きながら、仕分けしていく。
見えているものが違うような気がした。
殆ど同じ部品のはずなのに、まるで色が違って見える。
「あ、これはタングスくんだ…、と、あ!」
思わず、声をあげる。
決して色がついているわけではない部品なのに。
今は少し懐かしい赤色。
「…梶本くん!」
灰色ローブに全身赤いタイツの、長い斧を持った不器用な機械人形。
優しくて、ユーモアを理解していて、たまに言動が鋭くて。
傍でいつも助けてくれて、守ってくれた。
皆に助けられて起きたときには、もう殆ど残骸としか言えなかった。
今に至っては最早、解体された部品でしかなくなってしまった。
持ち続けてきた心臓部も、さっきまでは普通だったのに赤く見える。
それからというもの、一心不乱に赤色を探した。
一応他の色もそれぞれ見つかったときには分けてはいるけれど。
山の奥を崩していって。
砂と残骸の中から、梶本くんが持っていたあの長斧を見つけた瞬間。
何故かこれで最後だ、と思った。
同時に、それまでの部品がまた同じような色に戻る。
レニウムがこれで終わりだと教えてくれたんだ、と勝手に思う。
気が付けば、こんもりと積まれた部品軍が3つ、集まっていた。
…それ以外の大きな山は、つまるところ全部レニウムの同位体になるわけだけれど。
「けど、これからどうしよう。…繋げるにしてもどこから手を付けたらいいか…」
「分けたか」
丁度悩んでいると、創造主がこちらに顔を向けた。
「あ、はい…って、わあ!!」
創造主の隣には、見事な機械人形がしっかりと自立していた。
ガワがないのでフードを取った梶本くんと似たような感じだ。
「ガリウム、良かったねえ!」
思わず、完成したガリウムの手を取る。
けれど。
「…あれ?」
まだ、直立するだけで動きはしない。
「創造主…?」
「二等星の出来損ないでケースを填めたまで。それ以外は何もしていない」
「ええー。てっきり、動いたり話したりできると思ったのに!」
「ガリウムには動力を役目以外に割く余裕がない。…これはリピーターとは別の意味で傑作だからな」
創造主はゆっくりと歩きながら、三つの山に近づく。
「傑作…?ガリウムはレトログラードですよね?」
「ほう?何故わかる」
「私も時計技師の端くれですから…見習いですけど。それに、他の複雑機構には全員会ってますから」
「成程。レトログラードの機能について、どこまで知っている」
「ええと…針が扇状に端から端まで一つずつ動いて。最後の端っこまで到達した次にはすごろくの"ふりだしに戻る"様に、元の位置まで戻る機構ですよね。曜日計なんかに多いです」
因みにこのフライバックと呼ばれる動きは、
それに似たようなもので文字盤の針が回らずにあちこちに跳ね回るように動く機構がある。
ジャンピングアワーと呼ばれるそれは見てて楽しいお洒落時計だ。
「その通りだ。レトログラード、すなわち『逆行』を意味するその機能こそがこのガリウムの役目」
「逆行…?」
逆行。
逆の方向へ進む。右から左へ行く道ならば、左から右へ。
音楽でいえば逆行形。音の始まりと終わりを逆にして演奏する方法。
ドドソソララソという譜面があれば、ソララソソドドと演奏する。
遡行、とはまたちょっと意味が違う。
来た道を戻っていくわけではないし、
譜面は終わりから始まるのであって、戻るわけではないからだ。
「逆行って、どういうことですか?交錯点が元に戻るわけではないんですよね?」
「その通りだ。ガリウムに交錯点を元に戻す力はない」
「じゃあ、どういう力なんですか?」
「気付かんか…。まあ、直接見た方が早いだろう」
創造主がガリウムの肩に手を置くと。
パン!と弾ける音と共に、ガリウムの姿が消えた。
「え、あれ?」
この音、さっきも聞いたような。…それ以前に、どこかで聞いたような。
心の奥がざわざわする。
不思議な感覚に陥っていると、突然頭上に聞き覚えのある声が落ちてきた。
[あらまあ。戻ってきてしまいましたわ、お姉さま]
「…不羈!不朽!」
穴の上の方に星の夢が二つ、瞬いていた。
<待って、不羈。下を見て!>
不朽に促され、ちらちらと瞬きながら、ゆっくりと降りてくる。
「…そういえば、創造主を探しに飛び出していってたんだっけ…」
<どこかの童話みたいね…ああ、そう、そのお姿は…!>
感極まったように、不朽がちかちかと瞬く。
<とうとう、お戻りになることができたのですね、創造主…!>
ふわり、と、私と同じ顔をした姿になった星の夢が創造主の前に傅く。
「私の白金…やはり、その顔は…」
創造主がちらりとこちらを見て、頷いた。
<星となったとき、創造主に作って頂いた姿は全て脱いでしまいました>
「殻を破り生まれた雛のようなもの、気にする必要はない」
<創造主…!>
なんかすごく感動の再会みたいないい感じの雰囲気に水を注すようで悪いんですが、
その、私の顔でうっとりするの本当にやめて欲しい。
いや、この二人(?)の場合、表面を見ている訳じゃないんだろうことは分かってるんだけど。
創造主と不朽の間に特別な何かがあるのも分かってるんだけど。
わかってるんだけど、ちょっと気持ち悪い。
実際の私には正直関わりないし…。
[…お姉さま…]
対して、しゅんと項垂れる不羈。
ほら、可哀想じゃん!
この子ずっと不朽に会いたくて私をここに引きずり込んだのに!
…ん?あれ?…なんかおかしくない…?
…まあ、…いいや。
「ねえ、不羈。」
[…なあに?]
「あのね、梶本くんを直さないと帰れないんだって。手伝ってくれない?」
[…]
その言葉に、不羈は眉間にしわを寄せた。
[あたくしがカジモドを?冗談でしょう。嫌よ]
「そんな事言わずにさあ。どの道、不羈が不朽と一緒に私の中に入るにしても梶本くんがいないと結局帰れなくて消えちゃうんだってよ?」
[あら、それならお姉さまと共に消えた方がましだわ。是非そうして頂戴]
「何でそこまで嫌うかなあ…」
[わたくしは創造主もカジモドも許した覚えはなくてよ。…直すなら、貴女ひとりで勝手にやれば]
「止めはしないんだ?」
[貴女の邪魔をしたところで、どうせ崩壊するなら意味がないもの]
そう呟きながら、ふわふわと漂いながら創造主と不朽の方を見つめる。
とりあえず、梶本くんの部品をパーツごとに仕分けした。
「梶本くんはさ、不羈の気持ちがわかるから貴女の言いなりになってたんだと思うよ」
[だからなんなの?あの出来そこないにあたくしの気持ちが解ったからと言って、あたくしが許すと思ったら大間違いよ]
「レニウムもね、口では貴女の事道化だなんだって色々扱き下ろしてたけど、貴女の思うとおりに動いていたんでしょう?5164って名前についても『どうせ悪意だろう』って言いながら使ってたし…」
[…別に、5164は悪意じゃないわよ…]
「え、違うの?じゃああれって何の数字なの?」
[あの子の…同位体の総数よ]
「えっ?!そんなにあったの?!いや確かに相当あるなと思ったけど!」
[あたくしは"計測"だったから…みんなで作った数を自然と数えて、自然と覚えてしまっていたのね。座標ばかり数えて、自分の数も解ってないようだったから教えてあげただけ]
そうこぼす不羈を見て、思わず口がにやけた。
「なんだ。可愛い所もあるじゃない」
[何よそれ]
「最初に交錯点に連れてこられたときの貴女の印象って、最悪だったよ。変なところに連れてこられて、梶本くんにも私にも意地悪で、ちょっと怖かったし。でも、今はそうでもない」
[だから、何を仰りたいの?]
「私や梶本くんに酷いことをしようとしたことは、正直今でもちょっと腹立つよ。貴女に理由があったのは解るけど、やっぱりやられる方としてはね。…だから、うん、見方を変えるっていうのかな」
梶本くんの肋骨のような、ピアノのような、ハンマーを並べていく。
「貴女も、やっかみは一旦置いてさ。梶本くん自身と話をしてみればいいのに」
[お説教のつもり?]
「ううん。元・不朽からのアドバイス。このまま和解しないままっていうのも、もやもやが残るじゃない?」
[…]
そう言って笑うと、不羈は複雑そうな顔をして少し俯いた。
「まあ、無理強いはしないけどさ。…私は貴女もすっきり笑えるようになればいいなと思っただけ」
[…大きなお世話ね…。]
そう言いながら。
[…そこ、違うわよ]
ちらりと不羈が瞬くように指し示す。
「ありがとう、不羈」
[別に、暇なだけ。お姉さまは創造主と話し込んでいるみたいだし]
「だねえ」
黙々と、それぞれつなげる前の形に置いていくと不羈が首を傾げた。
[…気にならないの?貴女の事でもあるのでしょう?]
「んー、なんかねえ…私なんだろうけど、私じゃないっていうか。なんかもう、自分とそっくりな誰かさんにしか思えないんだよね」
[確かに、貴女はお姉さまとは全然違うものね。でも、根本的なところは同じだとあたくしは思うわ]
「そう?」
そう呟く。
そのまま黙々と組み立てている間、
不羈は黙って天を見上げたり、時折こちらや不朽の様子を眺めていた。
前の分解修理で覚えていたところや解りやすいパーツを繋げてていく。
[…生三。わたくし、貴女を沢山振り回してしまったけれど、謝ったりはしないわ。]
静かに、囁くように告げる。
[貴女のおかげでわたくしの願いは成就された。願いを抱いて天へ昇るはずの"星の夢"が、昇る前に叶ってしまったのだから、わたくしはもう天へ昇る必要もない…]
「何言ってるの、不羈。不朽と一緒に、私の中に入るんでしょ?」
[いいえ…入れない。…だって、貴女の中に"クロノグラフ"がもう在るのだもの。…壊れかけだけれど]
「…貴女が直すんじゃなかったの?」
[あの子の半分は、もう一体のあの子にあげてしまったのでしょう?]
そう笑って、直立するガリウムを見つめた。
「あ…」
[それにどうせ、ベリリウムは壊れかけでも気にしないわ。元々壊れているのだし]
「ええ?」
確かに、気にしてはいなさそうだったけれど。
[…ねえ、生三。管理人形の皆が捧げた貴女に、わたくしからもお願いしても良い?]
「…星の夢から?」
[ええ。わたくしの代わりに、あの子を入れてあげて]
そう言ってガリウムを指さす。
「それは構わないけど…ガリウムが良いなら。でも、そうしたら不羈はどうするの?」
ふと、気になって顔を上げると。
ふわふわと星の色をした髪の少女が、可愛らしく微笑んだ。
[わたくしはこの崩壊していく交錯点最後の"星の夢"だから。最後くらい、星の夢らしい仕事をしないと寝覚めが悪いのよ。それに…]
そう言って、静かに少女の姿をした星の夢は糸のようにほどけていく。
[お姉さまと貴女の傍にいられるなら、わたくしはそれで満足だから。あの役立たずともう一度顔を合わせるのなんてごめんだわ。折角のいい気分に水を差されてしまうもの]
「え、…えええ?!」
何急に。
何、急に。
え、何言ってるの?
混乱している私に、不羈は少し困ったような顔をして。
星色に輝く糸は広がり、束になって重なり。
生三の目下…ばらばらになっている部品を束ねていく。
「不羈!?え、ちょ、ちょっとまって、何やってんの!?不羈!?」
私が大声を出したからなのか、不羈の光によってなのかはわからないが。
<…アンチモニー!>
不意に、背後から不朽が飛び出して叫ぶ。
その声に気がついた不羈は、とても嬉しそうに微笑んだ。
そのまま解けてどんどん細く、長くばらけていく。
光が集まり、眩しくて目を開けていられない。
瞼の裏にもさしていた光が消えた時には。
あのオアシスで見たような、殆どでき上がっている梶本くんの体が横たわっていた。




