40.人形だってそれぞれなんです
「か…梶本くん…?」
不羈の星の夢の代わりに。
…代わりにと言ったら不羈は怒るだろう。
最終的に足りなかったのだろう部分を埋めて。
繋ぎ直し。
梶本くんを、直してくれたのだ。
「ほう。直ったのか」
創造者がゆっくりと梶本くんの体に触れる。
「これは、そうか…あの異物と言い、クロノグラフはどちらも献身的な事だな」
「私から見ればみんな献身的ですけどね」
そう呟くと、老人は感慨深げに頷いた。
流動体だった時よりも表情が解りやすいせいか、随分と優しげに見える。
「しかし、まだリピーターのぜんまいが回っていないな」
「そういえば、どうやって回すんですか?」
「管理人形の動力源は人の夢だ。…交錯点に落ちた迷い人を足して動かしている」
「…」
そういえば、過去にそんな話を見た気がする。
「リピーターの中枢に眠る夢をどうにか起こすしかないが…」
「どうやったら、起こせますか?」
「これまでに管理人形がここまで壊れたことはなかった。その為、一度眠ったものを醒ますという方法についても想像したことがなかったな…」
二人で考え込んでいると。
ふと、自分でも考えが浮かばないうちに、何かに呼ばれるように手が伸びた。
「?…なんだ?」
「えっと…わかりません。でも…」
今までと同じように自分の内側から、別の何かが働く。
何故かは解らないが、梶本くんの体に触れた途端、押し込む形でそのまま手が体の中に埋まっていく。
固くもない。痛くもない。
何の感触もないのに、手が、それまでの部品をかいくぐって『内側』に入り込む。
「え?…え?」
『内側』ではふわふわとした何かが犇めいていて、掴めるものはなにもない。
ふと隣を見ると、創造主が興味深そうに眺めていた。…眺めているだけだった。
「…え、これは、…何?」
自分でもわからないまま、ただただ内側に入った手をわきわきとさせていると。
「!?」
何かに触れた。
ふわふわとした何かが、まるで綿を掴んでいるような感触に「まとまっていく」。
自然と、時計回りに…まるでお米を研いでいるときのように、掻き回していく。
すると、中のふわふわが一緒に追従して回っていく。
「あの、創造主さん。中で何かを掻き回すと、何かが固まっていく感触があるんですが…」
そう尋ねると、創造主は静かにうなずいて、
「…それは、ムーンフェイズの役目に似ている。あれは星の夢を人為的に作り上げる役目だった」
夢を、人為的に作り上げる。
セレンちゃん。
…そうだ。
そうだった。
セレンちゃんはくずかごに落ちたくずを掻き混ぜて一つにまとめ、星の夢をつくる管理人形だ。
それに気が付いた途端。
あの可愛らしい姿が脳裏によみがえる。
動かしている手は、セレンちゃんが先導してくれているような感覚がした。
「確かに、あれならば無作為に散らばった夢をまとめる事が出来る。…なるほど、そういう使い道もあったか…」
あの可愛らしい管理人形を抱きしめたい気持ちでいっぱいになる。
その気持ちが伝わったのかはわからないが、掻き回している手が優しい温もりに包まれた気になる。
ぐるぐると掻き混ぜて。
ふわふわとしていたものが固まっていき。
一つの球体のようにまとまった所で、その手が自然と離れた。
梶本くんの体からすり抜けると。
次に手を当てた時には、いつもの固いパーツの感触しかなかった。
もう一度やったら、間違いなく手を痛めるだろう。
それから少しして、ゆっくりと梶本くんの目が開いた。
「梶本くん!」
顔を覗き込むと、目のパーツがゆっくりと焦点を合わせるように動く。
「…生三…?」
久しぶりに聞いた声で、名前を呼ばれた。
「良かった…すごい、直ってる!セレンちゃん、不羈、ありがとう、…本当に、ありがとう…」
また胸に手を当てると、今までと違って胸の奥がじんわり温かい。
「…?」
状況がまだ解っていない梶本くんの傍に、創造主と不朽も並ぶ。
上半身だけ起こすと、自分と周囲の状態は理解したらしい。
<タンタル…>
「不朽?…その顔はやっぱり、生三の中に居るっていうのは本当だったんだ…」
<そうよ。今は生三の半分。…頑張ったのね、タンタル>
「よく解らない。頑張ったかどうかっていうのも、解らない。でも…」
ふと、梶本くんがこちらを見て頷く。
「生三のおかげで、俺は随分歯車が軽くなった」
それから不朽の方へと向いて、頭をさげた。
「不朽…俺があなたを身代わりにして殺してしまったこと、今でも悔やんでいる」
不朽は静かに首を横に振って笑う。
<あれは私が勝手にしたことよ。でも、あなたは代わりに生三を…私を助けたでしょう?>
「それとこれとは別だ。…俺にとって生三は不朽の半身だとしても、不朽は不朽で、生三は生三だから」
<そうね。でも、私にとっては同じことよ。だから、助けてくれてありがとう>
「なんか変な感じだなあ…」
梶本くんがそうぽつりと呟くと、私も思わず笑ってしまう。
「だよねえ。私も」
その言葉に、梶本くんが軽く肩をすくめた。
表情がなくても分かる。
「さてリピーター、仕事だ」
不朽の隣にいた老人を見て、梶本くんは少しだけ動きを止めた。
「この…信号は…創造主…?はい、畏まりました」
立ち上がって頷く。
傍らに置いてあった長斧を手に取った。
「どちらに向かわれますか?」
創造主はふむ、と頷いた。
「私の白金…いや、この娘を元の夢へと戻し、我々は天へと向かう」
「えっ?」
驚いて声を上げる。
「皆一緒じゃないの?」
その言葉に創造主は小さく頷いた。
「我々と貴様は交錯した夢の中で相対しただけにすぎない。そして、我々が貴様の夢へと入り込めば夢全体にイレギュラーが発生するだろう」
「イレギュラー…?」
「生三」
梶本くんがこちらを見て創造主と同じように頷く。
「俺は生三を交錯点へと引き込むために、生三の夢を介して紛れ込みました。ほんの少しの間だけだったから、貴女のクラスメイトとして近づくことができました」
「え?あ…」
思い出す。
そもそも、そういえば梶本くんはクラスメイトで。
体育の授業終わりに呼び出されて、ここに連れてこられたんだ。
「俺はあの世界には存在しません。ただほんの少しだけ、貴女と貴女の周囲の方々の夢に紛れ、違和感のないように潜り込んだだけです。…俺という異物があのままあの世界にいても、何らかの形で俺は存在することができなくなります」
「そんな!」
「管理人形もこの交錯点という巨大な夢で出来た代物。実在はしない。実在したければ、星になるしかない」
創造主の言葉がどすり、と腹に響く。
「私の帰るべき夢は既に崩壊している。…リピーターとレトログラードを引き連れ、新たな星と成ろう」
「…不朽は、それでいいの?」
不朽の方へと顔を向けると、不朽は微笑んで頷く。
<創造主の悲願が果たされる、それこそが私の中に残された願い。その悲願が果たされれば、私ももう私としての存在は必要なくなるの。それは私にとっても、あなたにとっても喜ばしい事よ>
「あ、そう」
未練がないならいいや。
<創造主、私は不朽の星の夢として、貴方を天へと導きます。>
「頼む」
<それを終えたら私は生三の元へ還ります>
「還ってきたら、どうなるの?」
<特に何も。貴女は貴女のまま変わらない。私はただの、生三を構成する体の一部…血や肉になると思えばいいわ。もうその頃には私の自我はなくなるから話しかけられても反応できないわよ>
「成程…。ねえ、じゃあ…今、私の中にいる皆もそうなるの?」
<貴女はどうしたい?>
「え?」
どうしたいって、どういうこと?
<貴女が今こうして動けているのは、確かに貴女の中にいる4体が支えているから。それはあくまで私という根幹が抜けているから代わりに埋めているにすぎないの。…もっとも貴女の中から出たとしても、創造主に一緒に連れて行って頂く以外にないでしょうけれど…>
不朽が創造主の方を見ると、創造主も頷く。
「元より我が傑作らを引き連れるのは、我が責任の寄るところだろう。…あの2等星の残した出来そこないも元を辿れば私の派生、なによりレトログラードの半身でもある。引き受けよう」
しかし、と創造主は続ける。
「傑作らが貴様と共に在りたいと願うなら、橘生三よ、貴様に預ける」
「ええ…そんなの、私が決める事じゃないですよね…」
自然と胸に手を当てる。
中で何かがざわざわとしている気がした。
<じゃあ、聞いてみましょうか?>
不朽が笑って、私の胸に手を当てた。
白い、どこまでも真っ白い世界。
その中で、4体の機械人形が銘々に動いていた。
「ん」
その内の1体が、天から降りてくる光に気が付き、指をさす。
「星だ」
「…星の夢…、いや、あれは?」
「ここに来られる星など、一つしかない」
小さな星の光が4体の元に降りてくると、4体は立ち並ぶ。
そうして、機械人形の前にふわりと浮かび、柔らかな光を湛えた。
<管理人形たち…私は不朽の星の夢、そして、橘生三の根源。私を…生三を助けてくれてありがとう>
管理人形は黙って、星を見つめた。
<貴方たちには創造主から、これまでの献身に対する褒賞として、管理者としての役目を終了し共に星へと変わる権限が与えられました>
小さな星が瞬く。
<このまま私のように生三の夢の中に住むか、創造主と共に天へ昇り、星へと変わるか。あなたたちはどちらが良い?>
4体のうち、最初に答えたのは壊れかけのクロノグラフ、ベリリウム。
「わたしが呼んでる。わたしはわたしに戻ります」
<そうね。貴女はその方が良いと思うわ>
ベリリウムはにこにこ笑い、そうしてぱちんと消えた。
次に答えたのは、トゥールビヨンのタングステン・ウォルフラム。
「私は元より星の夢に捧げた身。我が主の元へ参ります」
<…貴方が特に敬愛していた不羈の星の夢は、リピーターを修復して一部となったけれど…>
「…」
それを聞いて若干、顔をしかめ。
「ならば、私もリピーターの一部に。…気にくわないが、奴には借りがある。星の夢と共に、その借りを返します。」
嫌そうな顔をしながら、つむじ風と共に消える。
<貴女はどうする?セレン>
「ん」
可愛らしい少女の姿をしたムーンフェイズのセレンは、ぼんやりとした顔で頷く。
「生三の中、好き」
<じゃあ私と一緒に、ここに居る?>
「…んーん。…また、生三にあいたい」
<では、貴方は創造主の元へ行き、一緒に星になりましょうか>
「ん…」
眠るように、こっくりと消える。
<レニウム>
呼びかけられ、最後に残ったインジケーターのレニウムは星の光を見つめている。
「…おれがここに残るのは、リピーターに義理立てをしたまで。だが今、おれが離れたら生三はまた止まるだろう。お前が生三の元へ戻るまで、おれはここに居よう」
<私が戻るのは創造主たちを天へと導いた後。貴方一人で星になることは難しいでしょう…そうしてしまうと、貴方は交錯点と共に消えてしまうのよ>
「創造主と共に昇る事が正しいことは理解している。だが、おれの大半は交錯点と共に消える」
恐らくそれは、同位体の事を指しているのだろう。
「不朽…いや、白金。おれは居なくなったお前たちの後もずっと創造主の作り上げた交錯点を観測し、座標を、星の夢を、全てを計算しその数を書き続けてきた」
ぽつり、とレニウムが吐き出すように呟く。
「創造主、白金、アンチモニー…あの道化は役割を放棄したうえ、我々自身が定めた交錯点を混乱させた。そして、お前たちによって交錯点は崩壊する」
<レニウム、あなたは…>
「恨んでいる、という事ではない。過ぎたことに対しとやかく言うのは無駄な事だ」
そう言って、座り込む。
「この交錯点があったことを、お前たちは星となりやがて忘れるだろう。お前が転生した果ての橘生三のように、何もかも。おれはこの崩壊する交錯点の最後を見届ける義務がある。それが、「表示するもの」であるべきだと、おれは思う」
<そんな義務はないわ。役割に縛られる必要はないのよ。貴方は自由に、好きにしていい。すべき、ではなくしたいことをしていいの>
そう瞬く星の光に対し、フードの暗闇が失笑したように震える。
「おれはずっと、己の役割を遵守していた。それ以外の事を突然言われても、したいことなど思い当たらない。…いや、違うな」
そう呟いて、頷く。
「おれは、おれの役割を最後まで全うしたい。おれはインジケーターの管理人形であることを、最後まで放棄したくはない。…それがおれの望みだ」
<それでいいの?消えてしまうのよ>
「この交錯点に落ち行き場を無くした大量の夢のくずの砂漠と、そのくずで作られたおれたちに何の違いがある?…お前たちを否定するつもりもないが、管理者が全員この砂漠の…叶わずに消えていくくずを見捨ててしまえば、おれたちは何を管理していたと言える?」
<…私たちは…>
「お前が気に病むことではない。我々くずにとって、星になることは全ての悲願。それは絶対不変の本能のようなものだ。間違ってはいない。おれの方が間違っている。消えゆく夢にしがみつくなど、それこそ無駄以外の何物でもない。…無駄でしかないが、どうしたことか。おれは最後に、最も無意味なことをしたい。全く、理解に苦しむな」
レニウムは初めて、はっはっは、と大きな声で笑う。
「傑作だ。…だが、とてもせいせいとした気分だよ、白金。こんなに支えのない気分は初めてだ。…さあもう行け、早いところ創造主たちを天へ昇らせ、お前も橘生三として星に戻るがいい。それまで待っていてやる」
<…ありがとう、レニウム>
そうしてまた、小さな星が消えると。
「いい静かさだ…さて、何を数えようか」
と、フードの奥から楽しげな声が聞こえ、歩き始めた。




