22.星に憑かれたピエロ
「あーはははは!」
開口一番、ベリリウムは大いに笑った。
「すっごいおっきい!」
「錯乱!笑ってないで手伝え!」
空から怒声が響く。ウォルフラムは、とにかく目の前のくずを切って、切って、切っていた。
「星の夢?」
ベリリウムは空でふわふわ光っている2つの星の夢を見上げる。
[構わないわ]
と不羈の星の夢が頷いた。
それを見て、ベリリウムも頷き返す。
ローブからナイフを取りだした。
バッと扇子の様に持ち手をずらすと、それが何本もの薄いナイフが重なったものだとわかる。
一本、二本、三本と、器用にくずに向かって投げる。
どんどん、等間隔に刺さっていった。
刺さっていったナイフはそのまま、内側に飲み込まれていく。
「お腹減ってる?どんどん食べてね」
にこにこ笑いながら、今まで投げていたナイフとは別の部分に飲み込ませていく。
やがて、初めにナイフが飲み込まれていった個所がぼんやり変色していった。
「あそこに撃つ?」
セレンがベリリウムに尋ねると、どっちでもいいよとベリリウムは笑う。
はじめに変色した部分の肉が固まっていく。
固くなってしまった肉は動かせないらしく、どんどんナイフを飲み込んだ部分が固まっていった。
<あれは何?くずを固まらせることができるなんて、随分不思議ね>
不朽の星の夢が尋ねると、不羈の星の夢がにっこりと頷く。
[あのナイフはあたくしの一部から作られているのです、おねえさま]
<貴女の?>
[はい。星の夢の一部分…くずたちがひとつに"固まる"ための要素を固めてナイフに]
<あら、あなたが自分の一部を砕いてあげるなんて、随分親切なのね>
[あたくしの後継機ですもの、その位はしてあげないと]
<…でも、あれでは数が足らないのじゃない?>
[いいえ、おねえさま。それには及びません]
くすくす、うふふとふわふわ旋回しながら、巨大くずと管理人形の攻防する様を楽しむ。
そう、と頷きながら不朽の星の夢はベリリウムを眺める。
自分が白金だった頃はおろか、不朽になった後にも彼女という存在はまだいなかった。
尤も、そこで空を飛ぶウォルフラムという機械人形も、セレンという機械人形も記憶にない。
自分が交錯点を飛び出し…星になったのちに作られたのだろう。
だが、それを差し引いても…と、不朽の星の夢は思案する。
あのベリリウムという機械人形には、他の人形に比べて違和感があった。
何かが引っかかる。
機械人形にしては、いや、管理人形としては随分…。
「良い調子だ、これならこのまま全部広がる前に固めきれるんじゃないか?」
動かなくなった部分を除いてたぶよぶよの肉片を切っていく。
およそ、半分近くまで固まってきた。
上から消して、下から固めていけば大分楽になる。
あと1体…5164が間に合えば、以前のような崩壊寸前というほどまではいかなくて済むだろう。
数を減らしていると、
「なんだ…予め対策していたとはいえ、試算した以上に余裕だな」
と、ベリリウムに捨て置かれていた5164が呟いた。
「あっおはよう、5164」
ベリリウムがナイフを投げながら戻ってくる。
5164は起き上がって、セレンの近くまで歩いて座る。
「どれ、セレン。そろそろ手持ちの矢がなくなる頃か。手伝おう」
「ん」
5164が打診したと思うと、突然、巨大くずの周囲に砂の山がぼこぼこと噴き出る。
山のてっぺんから突き抜ける様に、無数の腕が現れた。
その殆どすべての手には、セレンの矢が握られている。
その腕はやがて肩、頭、上半身と砂から這い上がっていく。
何十、何百という機械人形…5164の同位体が、バケツリレーの様にセレンの元へ矢を渡していった。
既に矢を渡した巨大くずの周囲にいる同位体たちが一斉にひとつの塊の様に集まり、何か大きなものを形成していく。
セレンの隣にいる5164本体は動かない。
同位体に自動信号を送っている。
同位体間では意思は一つしか持てないが、同位体全体に信号を送り動かすことができた。
さながら、親機と子機というところだろう。
その代わり命令信号を出す司令塔…本体の動きは、信号の複雑さに比例して処理制限が課される。
くずから離れた場所で、5164は同位体たちに信号を送った。
同位体たちが集結し、結合し。
まるで合体ロボのように…あるいは、小さな魚群がひとつの大きな魚の形をとるかのように。
巨大くずと同等…とまではいかないまでも、それに準ずる程度の大きさの集合体を形成していく。
集合体の右腕の部分にあつまる同位体は、それぞれ手に持っていた杖を巨大くずに焦点を当てるように構えたまま、一時停止する。
まるで巨大なハンコ注射か、横に長い剣山か、という風体。
部分が360度時点する。
下半身を軸にして上半身が水平に360度自転すると、そのまま右腕部分も一緒に回転する。
右腕部分はその勢いのまま、くずに向かって無数の杖を突き刺した。
巨大くずの肉を突き抜け、蜂の巣の様な穴を作る。
刺しただけでは止まらず、そのまま右腕が押し込むように回転すると、
脆弱になったくずの肉は耐え切れず、地面と水平に分断され、倒れこんだ。
ドオオオオ…と深く響く轟音と共に、くずの上半分がくずかごに落ちる。
同位体の腕部分は遠心力に引きずられたのか、数十体はバランスを崩してそのままばらばらと地面に落ちていった。
かろうじて穴に落ちずに済んだ同位体たちが、わらわらとくずかごから這い上がる。
<まあ、なんて迫力>
その様子に、不朽の星の夢は楽しそうに拍手する。
<レニウム、こんなことができたのね>
「この信号は…不朽…?」
5164が不意に顔を上げた。2つの星の夢が頭上から見下ろしている。
懐かしい信号と、懐かしい星の夢の姿…ではないものが、そこにはあった。
5164は首をかしげる。
「…何故、橘生三の顔をしている?」
あの顔はどう見ても、つい先だって見たばかりの顔だ。
かつての記憶の中にある顔とは別のもの。
<その質問はあなたで3体目だわ。あなたたちが今戦っているその巨大くずの核になった人間には、もう必要ないでしょう?だから私が貰ったの。以前の私の顔はなくしてしまったから>
「…本当にお前は、橘生三だったのか?」
<ええ。私は白金であり不朽であり橘生三その人だったわ>
「…そうか」
5164が同位体の信号を解くと同時に、集合体はばらばらと崩れていった。
[あら、もう解いてしまうの?これから面白くなるのに]
不羈の星の夢が笑う。それを見て5164ははっ、とくずかごの方を向く。
「5164!!!同位体を逃がせ!!」
上空からくずかごの様子を見ていたウォルフラムの叫び声。
同時に、切り落とされてくずかごに落ちた巨大くずの肉片が飛び出し、5164の同位体を半数近くの上にどろりとのしかかっていた。
「!!」
信号が間に合わなかった同位体はそのままくずに飲み込まれていく。
[ほら、油断してるから]
くすくすと不羈の星の夢は笑って、上空へ踊り出た。
「まだ間に合う!切り落とす!」
ウォルフラムが滑空しながら、くずに剣先を向け、構える。
しかし、
「!!!!」
くずの中から同位体の持っていた杖が無数に飛び出し、ウォルフラムに向かって吹き飛ばす。
思わず両手でガードの姿勢を取るがそれでも数本、体をかすった。
黒い油がウォルフラムの体内からぶしゃり、と飛ぶ。
「小癪な!」
大事ではない、とそのままくずに向かって剣を突き立てて真横に飛ぶ。
一閃の切れ目を入れた所にセレンが矢を打ち込み、霧散させて切り離した。
「いいぞ、セレン!」
ばらばらと、すでにほとんど原型を成していない同位体の部品が落ちていく。
殆ど、まともな状態では戻ってきていない。動かすのは無理だろう。
しかし、分断されたくずが同位体を取り込んだことで"反撃"する手段を得たのは間違いない。
見ている間にもぶくぶく太り、砂を集めて肥大化する。
半身を固化させ、分断させた以前の状態に戻るまで、あっという間だろう。
「今…同位体を…のみこんだ?」
セレンが5164に尋ねる。
「そのようだ。以前のくずは我々を飲み込もうとはしなかったが…ベリリウム?」
突然、それまで大人しかったベリリウムがくずの前に歩きだす。
丸腰で。
ナイフはまだ残っているはずだが、持っていない。
「おい、何をしている!よせ!」
飲み込まれるぞ、と叫んでも歩くのを止めない。
「そろそろかなって」
ベリリウムがにこにこ笑う。
「そろそろって…?」
「時間」
「時間?…何のことだ?」
「まさか…おい、ベリリウム!」
ウォルフラムが空からベリリウムを追う。
嫌な予感がした。
元々常ににこにこと笑っている機械人形だが、今もその笑みは崩れていない。
それどころか。
「お前、…何を考えている?」
ウォルフラムの中の、危険信号が鳴り響く。自然と、剣先をデリリウムの腹部でぴたりと止める。
それでも動じず、笑っていた。
「止まれ、錯乱!これ以上歩けば刺すぞ!」
ニコニコと笑ったまま、答えない。
そのままベリリウムの右足が一歩踏み出される。
「よせ、ウォルフラム!」
5164が叫ぶと、互いがぴたりと止まった。
「…ベリリウム。お前に常々聞きたいことがあった。一つだけ答えて欲しい」
ぐるり、と笑顔のままベリリウムは5164の方を向く。
「…お前は『クロノグラフ』の管理者だ、ベリリウム。そうだな?」
「常々剣を割ってます。はい」
ベリリウムは頷く。
「初めて作られたとき…"創造主"からお前は何を教わった?」
「交錯点の全部!」
自信たっぷりに笑う。
そう答えた瞬間、ウォルフラムがベリリウムに剣を突き刺した。
「!!!」
ぶしゃり、と黒い油が背中から飛び出した。
「創造主が…わたしたちに何かを教えることはない!」
そう。
創造主は、最初に作った機械人形"白金"以外の機械人形には、名前与える以上の関与など一切してこなかった。一度たりとも姿を現したこともなければ、その存在意義すら入力せずに放り出す。
それは、作りかけのレトログラードを除いた全ての機械人形に当てはまった。
尤もそのレトログラードは存在そのものすら危うい。あれがまともに動いたところなど、5164でさえも見たことがない。
不朽が交錯点を去った後に作られた…最近作られたばかりの、ウォルフラムやセレンでさえそうなのだ。
それなのに、
何故ベリリウムは"教わった"のか?…それは、誰の事を指している?
「お前は一体何者だ、ベリリウム!」
刺されたまま、ベリリウムはにこにこ笑う。
「あたし?あたしは『クロノグラフ』の管理者"ベリリウム"」
にこにこ笑う。
「剣から離れろ、ウォルフラム!」
じりじりと近づいた5164だけが、ベリリウムの様子に気が付いた。
5164の叫びがウォルフラムに届くと同時に。
彼の死角となった方の腕が…ナイフを取り出して、ウォルフラムの胸の中央を刺していた。
「!!」
「ウォルフラム!」
ぐらり、と倒れたのはウォルフラムだった。
ウォルフラムの剣はベリリウムの腹部機関の隙間を縫うように正確に刺している為、
黒い油は流れるものの、機械の損傷はない。
しかし、ウォルフラムは。
じわり、と、ナイフの刺さった周囲に黒い油が浮きあがる。
ガリガリ、ガチガチ、と、
歯車がナイフに当たっては跳ねる音が響く。
「あーはははは!」
開口一番、ベリリウムは大いに笑った。
瞳孔をぎゅるぎゅる回して、本当に楽しそうに笑う。
「お前は…一体、何者だ、ベリリウム…?」
ウォルフラムの声に呼応するように、ベリリウムはぎゅるぎゅると瞳孔を回す。
「あたし?あたしは『クロノグラフ』の管理者"ベリリウム"」
先ほどと同じ問いに、もう一度答える。
「星の夢に作られた不完全な管理人形」
「!!」
不羈の星の夢とベリリウムを除いた、その場の全員が、息をのむ。
「あれ…言ってなかったっけ?」
ベリリウムは楽しそうに笑ったまま、剣を引き抜いて捨てた。
そのままウォルフラムに目もくれず、くずの元へ歩いていく。
くずはそのままうごうごとうねりながら、ベリリウムを飲み込んだ。
ベリリウムが最初に我々の前に姿を現したのは、いつ頃だったか?
不完全な"レトログラード"を除けば、白金…不朽の星の夢が交錯点を去った後に作られた人形は3体。
"トゥールビヨン"タングステン(ウォルフラム)。
"ムーンフェイズ"セレン。
"クロノグラフ"ベリリウム。
誰も疑わなかった。
何故なら、彼らを作った創造主はもうまともに顔を合わせることがなかったから。
それでも創造主が作った機械人形がぽつりぽつりと現れることで、
創造主が健在であることを確認していた。
ベリリウムが作られたのは、アンチモニーが星の夢となった後。
それについても、誰も疑問は持たなかった。
疑問を持てばよかったのだ。
何故創造主が大切にし、
昔に失った『永久カレンダー』よりも先に『クロノグラフ』の代替機が作られたのか?
何故代替機が作られるのなら、永久カレンダーの代替機はいまだに作られていないのか?
答えは明白だった。
レギュレーターは、『クロノグラフ』の代替機ベリリウムなど、作っていない。
<不羈…あなたが?>
不朽が、不羈を見つめる。
[ええ、その通りです。ベリリウムはあたくしが作りました]
不羈の星の夢が、にこにこ笑う。ベリリウムと同じような、無機質な笑みで。
[この交錯点を壊すための…あたくしの手足として]




