21.こいつ…動くぞ!
「…5164?」
カジモドは5164が歩いているのを見かけた。
5164から示してもらう座標に向かっているにもかかわらず、前から歩いて来る。
こんなところにいるはずがないので、恐らく同位体だろう。
普段は座標版の傍に埋もれているので、滅多に動くことはない。
珍しいと思い試しに話しかけても、同位体は無反応のまま、こちらに気が付く様子もなく歩いている。
やはり5164本体の意識がなければ、ただの自動人形だった。
同位体はただ、がしゃり、がしゃり、と、カジモドが歩いてきた方向を逆行するように向かっている。
道中、そういった5164の同位体が、ぽつり、ぽつりと現れては通り過ぎていくのを何度も確認した。
意識のない機械人形は、機械的に、無駄なく、最低限の動作で歩いていく。
フードの下は何も映さない。
どの同位体も、カジモドのすぐ横を通り過ぎても何の反応もなければ、予備動作すら起こさない。
繰り返し歩く。
歩く。
歩く。
歩く。
「…ふふ」
思わず笑ってしまう。
今の自分と、あの同位体と、いったい何が違うというのだろうか。
かつて、自分はこの状態になることを望んだことがある。
「傍から見ると、だいぶ不気味で滑稽だな…」
独り言ちて歩き出す。
他でもない5164が示した座標だ。間違いがあるわけがない。
道中、どれだけ鐘をついただろう。
どれだけ歩いたかも覚えていない。
頭の中で、生三の言葉が何度も繰り返される。
『とにかくきれい。私が今まで聞いた中で、一番きれいな音!』
何度も何度も反芻する。
あの時の生三の目は、とてもきれいに輝いていた。
あの時の顔は、言葉は、忘れない。
嬉しかった。
嬉しかったという表現では足りなかったように思う。
なくなっていた歯車が補填されたような。
あちらこちらに飛び跳ねたヒゲぜんまいが、きれいに渦を描いて戻ってきたかのような。
許された、と思った。
そういえば、鐘を鳴らすことに躊躇いがなくなっている。
寧ろ、聞かせたいと思っている。
自分はここだと、気が付いてほしい。
彼女に…橘生三そのひとに。
彼女が"不朽"だったのなら、不朽は…白金は、約束を果たしてくれたのだ。
転生を繰り返してでも。
俺自身が納得のいく形で、俺に新しい解釈を、意味を、持たせてくれた。
前を向いて歩く。
気が付けば、指定された座標に到達したようだった。
この辺りは初めて来たはずだが、しかし、妙に見覚えのある懐かしい場所だった。
座標軸の中心に、ぽつん、と、作りかけの機械人形が砂に埋もれて、上半身だけ飛び出している。
それ以外には何もなかった。
「…まさか、これが…レトログラード…?」
どう見ても、くずにもなれない残骸だった。
灰色のローブ…というより、ただの灰色の布が申し訳程度に巻かれている。タイツは着ていない。
布の切れ目から見えた体はまともに作られておらず、回路がはみ出している。
顔は同じような灰色の布が袋のようになって無造作に被さっているだけ。
これほどまでに無残な機械人形は、長い管理職の中でも見たことがなかった。
「…レトログラード?」
体を揺さぶってみる。
反応はない。
ぜんまいが切れているようにも見える。
懐からぜんまいを取り出し、穴に差し込んで回してみた。
いくら回しても際限がない。
一定の所まで回すと、バチン、と中で空回りしてまた0に戻ってしまう。
途中で止めても、動かない。
「…違うのか?それとも、」
壊れているのか。
周囲を見渡しても、これ以外には砂しかない。
「…どうしたらいいんだ…」
途方にくれ、座標軸周辺を見て回ろうとその場を離れた時だった。
「戻るか?」
背中から聞きなれない声がした。
振り返ると、埋まっていたはずの機械人形が音もなく直立していた。
「戻るって、どこに?」
「戻るか?」
「…俺は生三を助けるためにここへ来た。お前がレトログラードなんだろう?」
「戻るか?」
「戻らない」
「戻るか?」
「戻れない」
「戻るか?」
「…」
「戻るか?」
答えても無駄だと悟り、背中を向けて黙り込む。
これ以上聞いてくるなら、鐘を鳴らしてやろうか、とすら考える。
以前は何があっても、自発的に鳴らそうとはついぞ思わなかったというのに。
変われば変われるものだ。
「…戻ったところで、俺にはどうすることもできない…」
そう呟いて俯くと、眼下に、
先ほどまで後ろで直立していたはずの機械人形がこちらを見上げていた。
下半身が埋まっている。
「うわっ!?」
思わず後ろに飛びのく。
「な、なんだ、これ…」
どういうことだ。
一体、なんなんだこいつは。
「お前は誰だ?…見覚えがある…いや、なかったか…?」
突然、別方向から違う声が聞こえた。
声のする方を見ると、ぶくぶくに太った、不格好で不細工な、小さいくずが現れた。
「くず…?」
「わたしをくずだと?生意気な。お前の歯車を抜いてそこのがらくたに付け足してやる」
いらいらとした言動だが、ただのくずではありえない受け答えをしている。
カジモドの中で思考の電極がつながった。
「…まさか、…創造主でいらっしゃいますか?」
「おう、おう、わたしを創造主と呼ぶのはわたしの作ったがらくたどもだ」
くずがぶよぶよと揺れる。
「…レギュレーター…創造主、あなたが…」
「名前を言ってみろ。お前の個体はなんだ?」
「カジ…いえ、タンタルです。あなたに作られたリピーターです」
「リピーター?ああ。リピーターは作った。確かに作った。だが、わたしはリピーターに完全な皮を用意したはずだ。なぜつけていない?自分ではがしたのか?」
「以前、くずかごの中で…皮はすべて、くずに飲み込まれました。」
「くずかごに入ったのか。お前では星の夢にはなれない」
「いえ、…星の夢になったのは、一緒に落ちた『永久カレンダー』の"プラチナ"です。」
「プラチナ…私の白金…」
「はい」
突然、目の前のくずがぶよぶよと体を震わせた。
「お前か。お前が私の白金を星の夢にしたのか!」
「…」
否定はできない。
彼女は俺を助けるためにくずかごに入り、…そして、星の夢になったのだから。
「白金ですら私の望む『一等星』には足りない。二等星の星屑だ、あれは偽物でしかない!」
くずがぶよぶよ動き回る。
「偽物…?」
「この交錯点中を書き換えるような…そう、かつて私の祈りを聞き届けた星の夢のように、強く輝き、気高く美しい星の夢をこの手で生み出すには、何もかも足りない!」
「…創造主、あなたが作った機械人形のうち、2体が星の夢になったことをご存知ですか」
「知っているとも。あの二等星どもだろう。白金と、あともう一体は…なんだったか。あれも所詮は二等星、私が一から組み上げ作り上げたというのに全て無駄にしおって」
ぶつぶつぶよぶよしているくずに、カジモドが首をかしげる。
「…創造主は、何故俺たちを作ったんですか?」
「何故、だと?」
「創造主は俺たちを作ってくださいました。けれど、何の為に作られたかもわからないまま貴方は消えた。後になって、貴方が星の夢を作るために俺たちを作ったと白金から聞かされた。けれど貴方は白金が星の夢になったあの時も、アンチモニーが星の夢になった時も…どちらにも表れなかった。貴方の仰る『一等星』とは、一体なんなのですか?」
くずはぶよぶよ揺れたまま、動かない。
「『一等星』とは、すべてを変える願いを抱えた星の夢だ。星の夢を100かき集めてもまだ足りない程の巨大な星の夢、それが一等星だ。すべてを飲み込み、すべてを消し去り、すべてを作り替える。」
そんなこと、と言いかけたが遮るようにくずが続ける。
「…そういえば、過去に1度だけ『一等星』になりかけた事例があった。くずかごの中で肥大化した巨大なくずが交錯点を飲み込む。あれは良い。あの巨大なくずが星の夢になれば、きっとそれは『一等星』になれたはずだ」
「…!!」
「あれは確か、そう、そうだ、人間だ。生身の人間がくずかごに入った時だ。あの時は結局、お前ら機械人形たちがどうにかしたのだったな。とどめを、お前がさしたんだろう?」
くずの顔が、カジモドを見つめる。
「…はい。」
かつて管理者たちが総出で、巨大なくずを食い止めた事がある。
全員が全員、手と手を取りあい一丸となってくずに対抗した。
体中の歯車が外れるくらいに長い間、戦った。
それでも結局手におえず、交錯点諸共すべてが壊れてしまうと諦めかけた時。
最後の最後、苦し紛れに鐘を鳴らした。
鐘の音が、くずを怯ませ、やがて溶かしていった。
管理者たちはその音に耐えられず動力が止まり、ただ自分だけが取り残された。
溶けたくずの肉は砂となり、交錯点に砂煙をまき散らし、核を残して消えていった。
満身創痍の中、探し当てたくずの核となった人間はすでに人の形を成しておらず。
何故自分がこのようになってしまったのか、と疑問にも思わなかっただろう。
ただただ、無念だった。
あの人間は確か、そう。
"不朽"の星の夢となった白金が消えたころ。
当時の『クロノグラフ』…アンチモニーがはじめに見つけたのだった。
「…今、それと全く同じことが起きています」
カジモドが改めてくずに向きなおる。
「おう、おう、ではとうとう『一等星』が拝めるというもの!止めをさすなよ、弱らせるだけにしておけ」
「…今回くずかごに入った人間は…元々白金だった星の夢が転生した人間です。俺は彼女を助けたい」
「わたしの白金が?…ほう、そうか!あいつはとうとうやり遂げたのだな!」
とたんに、くずがぶよぶよと高揚する。
「…は?」
「やはりわたしの白金。二等星なりに、己のすべきことを理解していたのだ!あれは身を挺してわたしの夢を叶えるために、人として転生したのだ!そうに違いない!」
「創造主…」
「いいぞ、ならばわたしもくずかごへ向かおう!とうとう我が悲願が達成される!急げ、リピーター。お前はわたしに道案内をするのだ!」
「…はい」
創造主の考えが理解できない。
しかし、もし、生三を助ける糸口が見つかるのなら。
目的は違えど、今はそれに縋るしかない。
戻ろうとしたとき、ふと、後ろを見る。
当初この地点に来た時と同じように、レトログラードが半身埋まっていた。
「あの、創造主、あれは…?」
「あれは『レトログラード』だ。…そういえば長らく名前を付けていなかったな」
ううん、とうなった後。
くずがぼよんと跳ねた。
「レトログラード…針を0に戻す機械ならば、わたしの回帰すべき始まりの故郷にちなんだ名をくれてやろう。お前はガリウムだ」
半身埋まった作りかけの機械人形…『レトログラード』の管理者ガリウムは、
名前を付けられても、埋もれたまま何のリアクションもないまま、動かない。
当然なのか、それとも意外なのか、ガリウムはそれきり動こうともせず、埋まっている。
見えなくなるまで振り返っても、初めて会った時と同じように埋もれていた。
ふと、ここまでの道中に出会った、沢山の、5164の同位体の姿がガリウムと重なった。




