18.おみちゃん、わかれる
「ごめん。めっちゃシリアスなところ申し訳ないんだけど、アンチモニーって?私が知ってる"クロノグラフ"と違うんだけど」
"不朽"の昔話を聞いていて、一番気になっていたことを突っ込む。
<ああ、あのベリリウムという子ね。私も知らなかった…代替わりしていたのね>
これは傍から見れば自問自答なのだろうけど、相手は私の知らない私なのだ。
これは対話と言っていいと思う。
「代替わり?」
<…あなたをここに連れてきた星の夢…姿かたちは少し違っているけれど、あの子のあの信号はアンチモニーそのもの。あの子が星の夢になったのなら、あのベリリウムという子は、いなくなってしまったアンチモニー・クロノグラフの代替なのでしょう>
「ほう」
つまり2代目クロノグラフ、ってことか。
改めて思うけど管理者…機械人形も、星の夢になれるのね。
「じゃあ、どうしてあなた…ええと、私なんだろうけど、私は星の夢になったの?…どうしてそのことを覚えていないの?…どうして、梶本くんには私が"不朽"だって解らなかったの?」
そう。
聞いている限り、一番の疑問はそれだ。
私が"くちなし"であるなら…永久カレンダーだったのなら、梶本くんが気付かないわけがないのだ。
知っていて黙っていたようには思えない。
<彼があなたに気が付かなかったのは、わたしの今の姿が、永久カレンダーだった私の姿と全く別のものだからよ。信号も、何もかも…私が今あなたと同じ顔をしているのは、私があなたの姿から模ってできたものだからにすぎないの>
つまり、今は鏡とにらめっこしているだけだと。
私の記憶には永久カレンダーの記憶も、星の夢の記憶もない。
ないものを再現できるはずがないので私は私を通しているだけなのだそうだ。
「…あれ?」
でもさ、そうなるとさ。と疑問が浮かぶ。
「…信号も姿かたちも…何もかも違っていて解らないんだったら、私、やっぱり別人じゃない?」
だって、何もかも違うのなら、それは全くの別物ということになる。
そりゃあ、"不朽"の星の夢がこうして私の体から剥がれ落ちてきたってことは何かあるんだろうけど。
<わたしがあなたである以上、あなたの"信号"に私の"信号"が混ざっていた事も否定しないわ。だからこそ星の夢となったアンや、その後継機ベリリウム…"計測"に特化したクロノグラフには読み取れたのね。…何故後継機のあの子が私の信号を知っていたかはわからないけれど…>
確かに、ベリリウムちゃんは私を計測して、"くちなし"と呼んだ。
思い返せばあの時だ。
梶本くんが、それまで放置していたベリリウムちゃんの言動に、割って入ったのは。
<決定的にわたしがあなたであることを判別する方法があるの>
「ほう?」
<あなたを、"くずかご"に落とすこと>
はあ。
くずかごに落とす、と。
くずかごに落とすって。
「今じゃん!!」
こういう時漫画だったら、私の頭上に『ガーン!』のオノマトペなり、集中線がついていたりするのだろう。テレビだったら赤いテロップが画面下で、激しい感じの書体でべんっ!と貼られているのだ。きっと。
「…それで、どうして私だって判別するの?」
<今がそうでしょう?>
私の顔をした星の夢が首をかしげて笑う。
<現に、あなたは星の夢である私とこうして対峙している>
あ、なるほど。言われてみれば、そのとおり。
<あなたがくずかごに入ったことで、くずが私たちを飲み込んだ。くずは強い夢に惹きつけられ、星の夢になるために一つになっていく>
人間が入ると、どーん!と膨むのだとセレンちゃんは言っていた。
内側にいる私が現状、外がどうなっているかはわからない。
けれど、私は私としてここにいて。…同時に、私から剥がれた星の夢がいる。
これがまぎれもない証明。
<星の夢はくずかごにいても新たな星の夢にはならない。寧ろ、そのくずたちの願いを受け取って、より大きく強くなるでしょう>
それでも、と不朽の星の夢は続ける。
<星の夢にも、抱えられる願いの強さや量に限界があるわ。あんまり欲張って、沢山の願いを持ちすぎてしまうと破裂してしまうの>
「破裂?」
<耐え切れなくなって、天に上る前に弾けて交差点に降り注ぐ。それが、夢のかけら。この世界の…あなたが、創造主が、管理者が食べてきた、あの砂や雲になるのよ>
砂が集まってくずになる。
くずが集まって星の夢になる。
星の夢が天に昇って星になる。
星になれなかった星の夢は、交錯点の砂になる。
<叶う願いよりも、叶わない願いの方が圧倒的に多いもの。そうしてできた無念や焦燥が…祈りが、願望が、交錯点を作り上げる。>
「うん、交錯点についてはもうわかったよ。…それで?」
<今、あなたがくずかごに入った事であなたの中の私…私が"不朽"の星の夢であることが証明された。それと同時に、わたしがあなたではなくなったということよ>
「!?」
ど、どういうことだってばよ!?
<あなたがくずに飲み込まれ、くずの中に混ざっていくなかで、貴女の中にあった星の夢である私の部分だけが分離したのよ>
"不朽"の星の夢が微笑む。私の顔で。
つまり私がくずかごの中に居ても何もなかったのは、
くずの中に飲み込まれても大丈夫だったのは、
目の前にいる私の"星の夢だった部分"のおかげ、ということらしい。
<くずかごに入った事で、私は私の"不朽"を思い出し、くずによって星の夢の部分だけがそぎ落とされた。…残ったあなたは星の夢ではない、人として生まれ、人として育った"人間"、橘生三なのよ>
安心して、と私の顔をした星の夢が微笑む。
<これであなたはもう、"不朽"でも"永久カレンダー"でもなくなったわ。貴女はもうただの"橘生三"よ>
…ただの、とか言うなよ。ただの人間だけど。
<タンタルはあなたの中の私の信号に、無意識に惹かれたのでしょう。だからこそ貴女を大切にしてくれたのだから、お礼を言わないとね?あの子にも…私にも>
「は?何それ」
梶本くんが私に優しくする理由は不朽の星の夢の部分だけだって言いたいの?
なんか妙に気が強くなったな、このひと。離れて浮かれてるのか?
<私はもう交錯点に戻るつもりはなかった。けれど、だめなのね>
「…?」
<私は私、"永久カレンダー"の管理者にして"不朽"の星の夢…ああ、思い出した。私は身を持って、"創造主"の願いをかなえるために役目を果たさねばならない。壊される前に、壊さねばならない!>
…壊す?
何を?
「え、え、ちょ、ちょまっ!?」
突然、不朽がしゅるしゅるとほどけていく。
それは私を連れてきた星の夢…アンチモニーが、星の形をとるようにしていくのと同じ光景。
<さようなら、橘生三。もしかしたらまた会えるかもしれないけれど、その時はもう完全に私たちは別々ね。折角だからあなたの見た目、私が貰ってあげる>
「え、やだよ!その顔は私のなんだから変えてよ!前のに…プラチナだっけ?その頃の顔に戻ればいいじゃん!」
<だめよ。その頃の顔はもうないんだもの。それに私はあなただったのだから、私の顔でもあるのよ。権利があるなら主張しておかないとね。今度こそ本当にさようなら>
そう言って、星の形をした不朽はどこかに飛んでいき、消えて行ってしまった。
「え、あれ…?」
また、ぽつんとひとり。
私が星の夢だったのは確かなんだろうけど、その星の夢成分が消えた今。
今度こそ本当に、なす術がなくなってしまった。
まさか自分に見捨てられるなんて思わなかったけど。
…なんか、あれを自分だと思いたくない。
梶本くんはあれのどこが良いんだろうか?…なんか、冷たくない?
まるで、…そう、まるで、私を連れてきた星の夢のような。
星の夢になると、あんなふうに身勝手で冷たくなるんだろうか。
それだったら、星の夢になんかなりたくないなあ。
どっと疲れたからか、また眠くなる。
今度こそ、このまま消えていくのかな。
もう一度梶本くんと一緒に歌いたかったな…
"白金"だった星の夢と、"タンタル"…梶本くんの間に何があったのかはしらないけど。
私がくちなしを交錯点に連れてくることがあの星の夢の目的で、あとはお払い箱ってやつなのかな。
何となく、嫌な気分。
心なしか、自分の中のなにかがぽっかりと消えた気がする。
きっと、星の夢が消えた所為だと思うけど。
どうでもいいや。
眠い。寝る。