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祈りの空  作者: 桜野日向
62/62

祈りの空番外編 2



『Please dance with me the waltz. 』



 1



 世界には季節の概念という物がある。春があって、冬もある。温度差は北と南で変化が生じるが、極寒の地、なんて所に国はない。

 さて、夏から秋にかけてのある月に、『華王祭』という祭りがある。一般的に『レクトの月』と呼ばれている月の、一週間から、二週間前後、とんでもない寒波がやってくる。なぜ『レクトの月』などと呼ばれているかは定かではないが。

 南国のリージュでさえ例外ではない。レクトの月、華王祭の辺りは雪が舞うのだ。寒波は一、ニ週間すれば普通の気温に戻り、秋を迎える。

 レクトの月、である。



「仮面舞踏会ですって」


 レチュアがウットリと招待状を眺めた。さて、どうしていきなりそんなモンが届いたか、というのには理由がある。

 市場に買出しに行ったときであった。

 リージュの、王都からは離れた場所にある、ある屋敷で行われる『華王祭』のビッグイベント、と言えば仮面舞踏会だ。

 冬、という季節があまり実感できないリージュの人々は、雪がちらつく不思議な月は、思いきり羽を休めて、ゆっくりする。

 戦争が始まるかもしれない、という不安の中ではあったが、そんな時こそ。そういう機会があるのならば、休みたい、と思うのが人間の心理である。 所で市場では毎年、『仮面舞踏会』の名にちなんだ『武道会』が開かれる。

 仮面舞踏会に参加できる招待状をかけて、腕相撲大会が開かれるのだ。


「アホみたいだな」


 リュークは半眼した。


「でも、だって仮面舞踏会だよ!?」

「この前船上で同じようなものをしただろう」

「……」


 むっとしてレチュアまで半眼する。

 舞踏会はレチュアも飽きてしまった王宮行事だが、仮面舞踏会は別物だ。


「それにお前いくら髪を染めたからと言って、公の場に出ない方が良いんじゃないか?」

「…………」


 これまたむっとして眉を寄せる。


「もう良い。リュークなんか知らないっ見てなさい。お祭り好きな国の姫をなめんじゃないわよ!?」



 と、いうわけで。レチュアは腕相撲女性の部、ペア招待状を獲得してきたのである。アホみたいだ。


「さぁ、リューク行くわよ」

「……」

 しばらく閉口していたリュークだったが、ふとある事に気付いて首を傾げた。根っからなのか、無意識に含み笑いが出ている。


「お前ドレスはどうする? まさかそんな格好で行くのか?」


 レチュアはにいっと笑った。


「そう来たわね、嘲笑男! 話しなら付けてるわ! なんと市場のドレス屋さんから、紳士淑女、ドレスアップご優待券付きよっ」


 ふぅん、とリュークは一言。今回ばかりは勝った、と思っていたレチュアだったが、今のリュークの態度が気に食わない。

 負けました、なんて悔しそうな顔をしてくれるのをちょっとばかし待っていたのに、だ。


「ふぅん、って……」


 リュークは今度こそレチュアを突き落とすような事を言った。


「で? 紳士ってのは誰を指してる?」


 レチュアは閉口した。


「い……行かないの……?」

「誰が行く、なんて言った?」



 またレチュアの負けである。


「ちょっと待ってよリューク! 決勝戦でどれだけ私が泣きそうになりながら腕相撲したと思ってるの!?」

「知るか」


 いつもと同じクールな態度のままでリュークはレチュアを鼻で笑う。整った顔がいつもレチュアを腹立たせる。

 そういえば、とリュークは付け加えた。


「いつかお前『何でも言う事聞く』って言ってたよな?あの約束はどうなったんだ?」

 にっと笑うとレチュアはどうしようもなくなってきた。


「う……だってリュークってそんなに困る事ってないじゃない! そんなの死にそうになって初めて言いなさいよ!」

「なんだ、じゃああの約束は俺の保険か?」


 ははっと、今度は本当に笑った。レチュアはリュークのこういう顔に弱い。顔だけは良い、と思っていたのだが、この頃になっては顔だけじゃないかもしれない、位は思ってやることにしている。それにしたって、いつの約束だ!

 レチュアはチラリと目を上げる。 ん? と覗きこんでくるリュークの表情にはいつも余裕があった。レチュアは悔し気にぶすくれた表情でちらとリュークを見上げる。


「じゃあ……保険もう一個かける気ない?」

「またお前に守ってもらえ、と?」

「うん」


 リュークはふと考えた。しばらく考えて、一言言う。


「体で払うか?」



 ★



 困ったわね、と一人の老女が言った。華王祭で仮面舞踏会の会場となるレティスバーグ家の現領主である。号は伯爵だが、それは彼女の亡き夫が持っていた身分である。事実上は、彼女が領主なのだが。

 老女はメイドと思われる一人の女にため息をもらした。メイドも困った顔をしている。


「華王祭は皆が待ちに待ったイベントなのに……困った事です。いかがいたしましょう?」

「ハンターも首を振ってしまったわ。何もないのなら良いのだけど」

「奥様」

 老女は困りきった顔でもう一度ため息をもらす。


「魔獣がこんなに町に巣くっている、なんて始めてよ。リージュはどうしてしまったんでしょうね」


 リージュは本当にどうしてしまったのだろう、と二人は苦笑するしかない。

 溜め息をついて後、メイドは静かに呟いた。


「あまり害はなさそうな気がしますが……放っておくとどうなるか分からないですよね」



 2



 絢爛豪華なパーティーには着飾った人々が集まる。一人一人が、銀色や金色に輝く仮面をつけ、レクトの月の華王祭を楽しむためにやってくるのだ。

 贅沢な食事が中央より少し離れた所に置かれて、その周りに、何名かの男女のグループが輝かしいほどに美しいような、談笑をしている。貴族の御曹司や、娘達にとってこの日は他の誰よりも待ちに待った日になる。

 紳士淑女の恋の駆け引きが行われるのも、こういう特別な場所だった。


「いいなぁ、皆は……」


 一つの影がポツリと声を落とした。天井の、大きなシャンデリアに腰を下ろして、まだ開会はしていない、それでも人がまばらに集まりかけたホールを見ている。

 笑っている人の表情こそ見えないが、楽しそうな声が遠いこの天井までも聞こえてきそうだった。


「……美しい」


 あぁ、なんて美しいんだろう。

 影はゆっくりとシャンデリアの影に隠れた。そして、見えなくなった。



 仮面をつけなさい、とレチュアが言った。


「窮屈だ」

「仮面舞踏会の意味がないじゃない!」


 リュークはため息をつく。いつもの不機嫌に拍車をかけたような不機嫌ぶりである。クールぶっている表情――それこそ仮面の下には、焼けるほどの腹立ちを隠しているのだろうか。

 レチュアはため息をついた。

 リュークを連れてくる事には成功したのに、市場で彼女達の服を繕ってくれた店の主人に文句があるらしい彼は始終眉根を上げている。


「良いじゃない、誉められたんだから」

「……は」


 リュークは顔だけは誰もが認める美青年である。道を歩けば全員が振り向く、なんてはいかないが、半分は振り向いているかもしれない。レチュアもそれを助けているのだが。

 リュークが怒っているのは、その店の主人らしき『男』に、借りる服、黒い礼服なのだが、それを着せられたからだ。着せられた、と一言で言ってもいいのだが、実際は全く違うニュアンスを含む。まさぐり倒されたらしい。そういう趣味の男だったとか何とか。

 レチュアはそれはそれでちょっと面白くなかった。

『私には見向きもしなかったわよ、あのオヤジっ』

 レチュアの苛立ちを汲んでか(いや、まさか)リュークはしっかりと反撃に魔法をかけてきた。まぁ、ほらなんだ。そういう事が出来なくなるような魔法を。無期限で。


 世界中が認める実力のあるマンモス校、RHを首席で卒業した彼には可愛らしい魔法だったが、その可愛らしい魔法さえ解いてもらうのは何年後になるだろう。


「ほら、楽しもうよ~」


 レチュアはそっと背伸びをする。リュークの仮面を付けようとして、その手を掴まれた。


「ぉっ」

「良いか? 俺はムシャクシャしています。帰ったら覚えとけよ」

「?!」

 体で払う、なんて冗談だと思っていたレチュアは顔を真っ赤にさせた。どうせ彼の事だから適当に終わらせてくれるとも思っている。 ひんやり、以上に冷たいレクトの月の風が吹く。リュークに掴まれている右手だけがほのかな温かさを感じさせる。


「っそりゃぁ何でも言い付け下さい。掃除でも洗濯でも!」


 仮面を持った手を離そうとすると、リュークがレチュアの手ごと、その仮面を顔につけた。

『!!?』


 レチュアよりも背が高いので当たり前だが、リュークが屈む。サラ、とした髪の毛がレチュアの手にかかる。銀色の、口までは隠れない仮面を付け終わると、リュークはさらに彼女の手を近づけてこう言った。



「誰の妻になる気だ?」


 口元はいつもの嘲笑に見えた。だけれども、きっとこの仮面の下は、リュークが時々見せる、ちょっとだけ優しい表情をしているに違いない。


「っな……ただ掃除とか洗濯はリュークはしそうにないからっ」


 いつまでもいつまでも握られている手が、不思議なくらい心地良い。


「じゃあ、行くか」


 リュークは不機嫌そうだったが、それでもちゃんとレチュアの言う事は聞いてくれるのが少しだけ嬉しい。

 実はレチュアだって遊びに行くわけではない。私情は半分しか入っていない。


 船上のパーティーの時も思ったのだが、こういう社交的な、主に貴族達の開くパーティーは格好の情報収集の場所になる。今どういう事が周りで起こっているのか、考えや意見をそれとなく聞いてくるつもりであった。


『私情は半分です!』


 レチュアは自分に言い聞かせる様に言う。と。リュークの手が突然離れた。


「あ」


 そのままウンザリしたように会場に入ろうとする。

 レチュアは残念に思った。もう少し繋いでいて欲しかったような……


『れ! レクトのせいだから!! レクトが! ……レクトの月だから……寒かっただけよ』


 不思議な気分だった。変な、くすぐったいような。

 さて、そんな一部始終の光景を見ている者がいた。

「美しい……」

 影は言う。無意識の内に言葉を放っていた。

「あの人綺麗だった」


 心の底で感動を覚えるような、痺れるような甘い陶酔感。


「でも僕は美しくはないから……」


 寂しそうに目を伏せる。

 夢でも良いから、誰かと、あんな風に踊ってみたい。キラキラ輝くシャンデリアの下で、踊ってみたい。


「……」



 見たことはあるか、とレチュアが聞いた。


「さぁ……どこかで会ったかもしれないな」

「うん」


 一人の男性を指して話をしているのだった。二十歳をいくつか過ぎたくらいの青年である。この場に入場している事と、身なりと気品から、貴族であるという事はまず間違いなかった。 レチュアとリュークも腕相撲というアホみたいな競技のお陰で、この仮面舞踏会会場に足を踏み入れる事が出来たのだが。他にもたくさんの『そういう人』がいる中で、一人、レチュアが彼を見つめた。


「あの人ね、領地がとても王宮に近いの。ここまで舞踏会のためなんかに来ているんだから、きっと何かしら休暇で遊びに来ているんだと思うけど」

「……で?」


 リュークは青年を見やる。

 優雅な仕草と、端整な顔立ちで、女からモテるだろう、と見当がつく。仮面をしていても分かる。オーラ、だろうか? 話し方も洗練されていて、どこか優しい。


「…………お前、ああいうのが好きなのか?」

「まさか。いきなり何なのよ」


 レチュアが慌てて首を振る。好きな人に会うために腕相撲をして、ここまで来ました、何てアホらしいじゃないか。誤解されては困る。


「話をしたい、と思ってるの」

「無理だろう、怪しまれる」

「じゃあせめて近づきたいんだけどな……」


 レチュアはちょっと首を捻る。せっかく情報収集が出来る、こんな舞踏会会場にまでやってこれたのだ。何とかして、王都や、リージュの話を聞きたかった。半分は私情だけれども。


 レダの悪政の噂は何度も聞いた。税金が重い、だとか。戦争が起こるかもしれない、とか。でも、やはりレチュアには分からない事が多すぎる。小さな事柄でも良いから、何か聞きたい。「私、さりげなく行ってこようかしら」

「……」

「ちょっとリューク?」


 レチュアが振りかえる。

 と。

 リュークの指が頬に触れた。細くて長い、男に特有の少し筋張った手である。


「リュ……」


 レチュアは目を見開いた。何、が起こっているのか分からない。


「レチュア……」


 そのまま頬から降りてきた指が、レチュアの手の平を取る。白いパーティードレスとお揃いの、白い手袋をしている手は、リュークの体温をまたしても感じ取る。


「な、なに!?」


 ドキドキしながらリュークを覗きこむ。


「踊ろうか」

「はぁ!?」



 ★



 リュークじゃない。絶対。

 レチュアは二度目となるワルツを踊りながら思った。前に一度踊った事があるのだが、何と言うか。

 リードが下手になった気がする。それは置いといても。

 体が密着する。ワルツは大抵がそういう踊り方をするので当たり前と言えば当たり前なのだが。時々耳元に息がかかる。


「……綺麗だ」


 ……。


「……すごく綺麗だ」


 …………。


 レチュアは蒼白になった。真っ赤になるどころか。もう、蒼白だった。


「……リューク?」

「あぁ、綺麗だ」


 レチュアは顔を上げる。ふと、瞬間に耳を舐められた。


「きゃっ!?」 レチュアは口を開いた。ちょっと待って! 今何した!?


「どうした、ちゃんと踊れ」


 悪びれない様子で、声をかけられる。仮面で表情は見えないが、いつもの笑い方とは違うような気がする。

 違うも何も、別人だった。

 舐められた耳が熱い。こんな事をするとは思わなかった。体で、なんて。本当にそういう風になってしまうみたいじゃないか。


『……っ何よっちょっと待って』


 キス、なんかするのだろうか。唇をリュークとつける? 想像が出来ない。それに、こいつの事だから、舌をねじ込んだりして……


『きゃぁぁ! ダメっレチュア目を覚ましなさい!!』


 気が気じゃない。なぜかって、『綺麗』だなんて言われたのは初めてである。

 ありえない。どうしよう。どうしようか。


 華やかな光が照らし出される。少しずつ照明が落ちてきているのは、そういうムードを盛り上げようとしている、演出だ。


「……休憩室に、行くか?」

「え……?」


 今度こそ。もう腰が抜けるかと思った。低くて甘い声だ。いつもはそんな風に意識した事がなかったから、よほどの事がないと声に気を取られたりしない。

 でも。リュークだ。目の前にいるのは誰でもなくて。リュークだった。

 仮面を付けているからだろうか。こんな風にワルツなんか踊ったからだろうか。レチュアはぼんやりとしてしまう。


「気分、悪いの……?」

「座っていれば治る」

「……じゃあ、行く……?」


 休憩室は、ベッドも置いてある小さな個室である。

 屋敷の広さにも寄るが、最低十は部屋があるのだ。そういう、ちょっとだけ甘い雰囲気になってしまった男女のための個室。


『……だってリュークが気分が悪いから』


 華王祭の影響だろうか。寒いから?

 レチュアはそっと列から抜ける。と、眼の端に、先ほどまで眺めていた貴族の青年が止まった。何やら真剣な表情をしている。


『あれ?』


 何の、話をしているのだろう。


「おい、レチュア? ぐっ!!」

「え? ちょ、リューク!?」

「……っ……クソがっ」

「はぁ?」


 リュークが、二人になった。

 いや、語弊がある。リュークと、今までいなかった所に一人の青年が現れた。レチュアは目を見開く。あれ。と思った。


「あんたっまた乗り移られてたの!?」


 リュークが不機嫌そうに眉を上げる。


「うるさい、今まで気付かない上に、ぽやーとしていただろう? どこに連れこまれる予定だったんだ?」


 と、床に倒れていた青年はがばっと顔を隠してうずくまった。周囲が湧き出す。ざわざわとした人の声を聞いて、青年は泣き声をあげた。


「悪かった!!ごめんなさいっ、つい……」


つい、で済むか、と恥ずかしくてたまらないレチュアは真っ赤な顔のまま『リュークの中にいた人』に近付く。

「ご、ごめんなさいっ謝るから僕の顔を見ないで!!」


 顔? レチュアが眉を上げる。展開の早さについていけない。

 リュークは隣りにいて、リュークから出て来たのは、歳も若い青年だ。


「ちょっと待って、何なのよ?」

「コイツが、俺の中に入っていたから追い出した。……大体、気付かないのか? お前はアホか!?」


 さっきまで不機嫌だった上に、またまた不機嫌になって、リュークはがばりと仮面を剥ぎとって、レチュアを睨みつけている。


「あっ」


 一人のハウスメイドが、騒ぎ出していたホールの人の波をぬって、リュークの方へと近づいてきた。


「この人!」



 3



 世界はきらきらと美しく輝く。老いも若きも全ての人々が美しく、きらきらして見える。

 それなのに醜く醜悪な自分は、いつだって奇異の瞳を向ける人々に囲まれて、最後は顔を隠すようになった。


「実は魔獣が住み着くようになりましてね、……まさかこんな人だとは思ってなかったのですが……」


 メイドは心底驚いて、青年を見た。

 ずっと前から、何かしら良くない『影』が周りにいる、と言われ、それが魔獣であると教えられた。

 魔獣、と一般的に呼ばれるのはドール契約を結ばない、魔力を持った人外だ。だが、人以外でも人間に酷似した魔獣もいる。

よって、人々が魔獣と聞いて想像するはるかに人間より大きな獣、ではない事のギャップに少なからず驚くのだ。

 今回の感嘆には、彼が美形であった事も含まれる。


「どうしてこちらにいたの?」


 レティスバーグ婦人は、青年に問い掛けた。膨らませないスカートの裾を押さえ、優雅に隣りで中腰の体勢になる。


「良かったら理由をお聞かせくれないかしら?」


 あきらかに青年に悪意がない事はみてとれる。


「…………僕は……」


落ち込んでいる様は見ていて痛い。レチュアは次第に自身が悪いことをしてしまったように感じ始めた。


「あの、良いのよ。別に顔を見たいわけじゃあないの」


「いや……違うんです。僕は醜く、世界は……とても美しい」

「え?」


 醜い?

 レチュアは疑問を顔に出す。

 レチュアの疑問こそが、彼にとっての疑問である。


「だってそうでしょう、僕のこの顔はとても醜い……」

「……」


 レチュアは微妙な顔をして、しばらく沈黙する。

 青年はしばらく困ったように震え、あたりは少し静寂に包まれた。


「顔見せてよ」

「嫌です、あなたはこんなに綺麗な方だ、僕の顔を見たら幻滅するに違いない……そこの美形の青年に勝てるわけがない……」


 どこの?

 レチュアは思わず半眼。まさかとは思うがリュークの事を指してるんじゃないでしょうね。

 醜い、と綺麗の定義はなんだろう。

 顔立ちが華やかなこと? 目が大きい、バランスが取れていて、鼻が高いこと?

 あるいは、口が大きくて、腫れぼったい瞼、顔の輪郭が真ん丸であるとか?


 それを定義付けて確定するのは誰だろう。


「ちょっと、リュークは顔こそ綺麗かもしれないけど、醜いところだってあるのよ?」

「へぇ、どこだ」

「人を人とも思わないところだってあるんだから」

「……後で覚えとけよ」


 レチュアは青年の横にしゃがみこむ。

 無理に顔を見ようとはせず、ただとつとつと話を続ける。


「私だって醜いところがある。あなたから綺麗って言われてとても嬉しいけれど、あなた私の顔だけ見てそう言ったの?」

「……」


 レチュアにだって、ある。醜くてドロドロした、嫌なところが。計算したり、人を信じられなかったり。


「良いじゃない、顔が嫌いなだけで。私なんて嫌なことをあげると結構あるわよ。でも仕方ないでしょう、向き合ってかなきゃ」


 例えば雰囲気や、性格なら少しずつ改善できる。醜くて嫌いなのが顔ならば、他で補える。


「火傷の痕でもあるの?」

「いえ……。でも父も母も僕を醜いと罵った。なんて醜い子であろうと哂った」


 青年はゆっくりと顔を覆っていた手を下ろす。

 見てもいいのかな、とレチュアは一瞬躊躇するが目をやる。


「僕はこんなだから」


 レチュアは息を飲んだ。


「なにこの美形!!!!」


 そして叫ぶ。


「え、どこどこ」


 メイドまで慌てて青年の顔を見やった。同時に叫ぶように悲鳴をあげる。


「かっこいい……っ」


 リュークは急展開に半眼。


「ちょ、あんたのパパとママがどれだけ美醜に疎い方かは知らないけれど、自信持ちなさいよ、こりゃ世界を狙えるわよ」


 レチュアはほっとしたのか豪快に笑った。彼の思い違いは、両親によって形成されている。


「……馬鹿ね。一番醜いのは顔なんかじゃないわ」

 レチュアは苦笑する。


「自分は醜いと考えて殻に引きこもってしまってる貴方、あんまり格好よくない」


 世界は美しくて、自分は醜い。

 線引きをして、卑屈になって、それのどこが楽しいだろう。


「両親はどこかの貴族の方?」


 レチュアは自分で持っていた手鏡を彼に渡す。


「怨念か幽霊ってところなの? 魔獣っていうからには人方の魔物だと考えていいのかしら?」


 手鏡を恐る恐る見た彼は、一瞬躊躇しておもむろに覗き込む。


 基準を知らないのかもしれないが、青年はしばらく黙って鏡に見惚けていた。――鏡を見た事がなかったからだ。


「そうね、ワルツでも踊りましょう!」

「……え?」


「ワルツよ、ワルツ。踊った事ない?」


 レチュアは上機嫌で青年の手を取った。幽霊のように実態がない魔獣ではなかったらしい。するりとすりぬけたりはしないで、レチュアの手は彼の暖かな手に触れる事が出来た。


「体を揺らすだけでも良いわ、それが終わったら謝ってみる?」

「……シャンデリアに、……それこそワルツを踊る人。……とても綺麗で」

「だからこの家にいたの?」


 青年は静かにうなずいた。大変申し訳ないと後悔している顔で。


「どう? 皆貴方に夢中だわ」


 にひっ、と笑顔でレチュアは上機嫌にワルツを踊る。くるりくるり、くるくるり。

 実はそうワルツが得意なわけではないが、なかなか様になっているはずだ。

とても、楽しい。



 ★



「あー足痛いーっ」


 ダンスは終わり、青年は屋敷に正式に雇われて、パーティーはお開きで、レチュア達は宿屋に帰ってきた。

 いろいろあったが、レチュアは大満足である。


「今日はありがとーこれで私もしばらくは歩き通しでも構わないわけですよ」

「息抜き、少しは出来たのか?」


 リュークにしては珍しく、今の言葉は嫌味ではない。


「はい、バッチリ!」


 良い男とダンスを踊るのは、やっぱり女性なら幸せだ。


「ただ今回は何にも出来なかったなぁ。…………私が勝手に楽しんだだけ」

「食ったし遊んだし踊ったしな」


ふ、と嘲笑され、レチュアは反論しようと試みたが諦める。


「……はい、面目ない」

「なんだ、しおらしいな。まあ良いだろう、困ってるやつを助けるのも王の仕事だ」


あまりにリュークが優しいのでレチュアは逆に怖い。


「あ、ありがとう」

「いえいえ。さて……じゃあ何してもらおうか」

「え? ……ゲッ」

 リュークはにいっと口の端をあげた。まさかとは思ったが、どうやら何かしらさせられるようである。


「リュークの馬鹿あっ鬼っ甘党っ」

「甘党はお前だろ」

「私あまり食べないもんっ」

「今日は会場でめちゃくちゃ食べてたみたいだから、運動でもするか」

「運動ー?」


 何するのよ、とレチュアが眉をあげれば、それがよほど楽しいのかリュークは酷く愉快そうに笑う。


「何って……セッ」

「いやああああああ!! あんた今何言おうとしてた!? 何破廉恥な事言おうとした!?」


「? せっかくだからダンスの型を叩きこんでやろうと思ったんだが……他に何かしてほしい事があったか」


 リュークはにやり。

 この男はこれだから!


「ワルツは得意ですよーだっ」


 レチュアはべ、と舌を出してリュークから背を向ける。


「リュークは好き?」


 それからワルツのターンをするようにくるりと回り、フォーマルなドレスの裾のフリルが回るのを見て、レチュアは笑顔になる。


「嫌いじゃない」

「リュークそればっかり!」


 一、二、三……一、二、三。軽やかなステップ、浮き足立つ心。

 ――懐かしいワルツ。


「私、ワルツが大好きよ、とても!」


お久しぶりです。


まだなかなか書けてないでいるので書いていた番外編を投稿します。

いつもちょこちょこ書いては悩んでますが、なぜかこれだけ時間がたってもアクセスがある事に驚き、感謝しています。


どうか感想をお聞かせください、頑張ります。


ラブラブさせたかっただけの番外編なので息抜きにどうぞ~

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